「あら」
と、妙が葉書を見入る。
「姉上、どうしたんですか」
「結婚するんですって」
ほら、と見せられた葉書には幸せそうに笑う男女。女性の方に少し見覚えがあった。
「前にすまいるに居た娘よ。田舎に帰るからって辞めたの」
「ああ、だから見覚えがあるんだ」
「新ちゃんは一回は会ったことがあるわよね。私と買い物に行ってた時に」
多分、偶然町で会った時のことだ。その時の彼女はもう少し違う印象だった気がする。
そう妙に告げると、妙が「そうね」と笑った。
「田舎に帰って苦労もあったかもしれないけど、元気そうで良かったわ」
新八は一度しか会っていないが、妙にとっては元同僚だ。結婚の報告の葉書を送ってくるぐらいだから仲良くしていたのかもしれない。
「こんなに幸せそうに笑ってるんですもの。相手の方はきっと良い人ね。羨ましいわ」
「そうですね」
新八も素直にそう思う。葉書の彼女は本当に幸せそうで、新八も幸せな気持ちになった。
「私もいつか結婚するのかしら」
結婚、という単語に反応し、妙を見てしまった。
「姉上、結婚するんですか」
「いつかするのかって話よ」
「たとえ話ですか」
なんだ、と安堵する。新八の中ではまだ姉の結婚など考えられないからだ。シスコンと揶揄されようが構わない。
「姉上が結婚かー。正直考えられないというか、考えたくないです」
「じゃあ私が結婚したいって言ったら反対する?」
「僕は反対しませんよ」
新八がきっぱりと言い切る。
「姉上が笑っているなら反対しません。あの葉書の二人みたいに笑っててくれるなら。寂しくても反対しません」
新八にとって妙が誰と結婚するかよりも、それで妙は幸せに笑っているかの方が大事なのだ。それはもちろん妙も同じで。
「私も反対しないな。寂しいけど、新ちゃんがその人といて、とっても幸せなら」
大切な人は他にもたくさんいるけれど、妙も新八もお互いが特別で、とても大切だった。ずっと二人の世界で生きてきたから。
「でも、少し前なら姉上に結婚してほしくなかっただろうな」
少し前。それはまだ世界が閉じていた時。
「あの時銀さんと出会ってなければ、僕は姉上の結婚なんて喜べない人間のままだったから」
あの出会いが全てを変えた。今ある幸福は全てあの出会いから始まったのだ。
「私もきっとそうね。銀さんと会わなければ、道場の事だけ考えてる頭の固い女のままだったわ」
妙は葉書を見つめ、そっと微笑む。
「こんな素敵な報告も貰えなかった」
何が変わったとははっきり分からない。でも何かが確実に変わった。だから今、妙と新八の周りには笑顔が溢れているのだ。
「私、今がすごく幸せよ」
新八の目に妙の笑った顔が映った。
「でもね、新ちゃんと二人で頑張ってたあの時も、私は幸せだったの」
閉ざされた二人だけの世界。その中で懸命にもがいて、そして疲れてしまっていたあの頃。
「僕は、姉上に迷惑ばかりかけてたから・・・」
「そうね」
「だから、あの頃のことを僕が言う資格なんてないかもしれないけど」
誰も自分を分かってくれないと拗ねて、全てに投げやりになっていた。
そんな時でも手放したくなかったものがある。それが姉だ。
「色々あったけど・・・僕も幸せでした」
あの頃に戻りたいと言えば嘘になる。戻りたくはない。
ただ、二人だけで生きていたあの時間を否定したくはなかった。
二人手を取り合って過ごしたあの日々を。
『二人の幸せ』
2015/10/17