妙が大きな買い物袋を難なく持ち上げて見せた時、伊東は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「本当に持てるんだね」
「だから言ったじゃないですか。手伝いますって」
「重くないかい?」
「そうですね、重いのは重いですけど」
「大丈夫?」
「大丈夫です」
よいしょ、と持ち直す姿も無理をしているようではない。
「買い出しですか?」
「いや、帰る途中で近藤さんの知り合いとやらに貰ったんだ。差し入れみたいだね」
断る暇もなく置いていかれた大きな買い物袋が二つ。勢いに気圧されて呆然としていた伊東に声をかけたのが、たまたま通りかかった妙だった。
「まさか妙さんに手伝ってもらうことになるとはね」
残った荷物を抱え上げる。やはり重たい。これを二つ。持てるには持てるが、持ち帰るには時間がかかっただろう。だからといって妙に手伝ってもらうつもりはなかったのだけれど。
「あら、女だからって甘く見てません?これでも道場の娘ですから。鍛錬はそれなりに積んできてるんですよ」
口元は微笑んだまま、からかうような視線が伊東に注がれる。
「妙さんが女だから甘く見てるわけではないんだけどね」
歩いていても腕に感じる重さ。これを妙に持たせていると思うと単純に申し訳なかった。
「男の意地ってやつかな。女性の手を煩わせたくはなかった」
「ふふ、可愛らしい意地ですね」
「そうだね。僕もそう思うよ」
素直に助けを求めることのできる性格ではない。意地を張って、虚勢を張って、そうやって生きてきた。
「でも私、男の意地って好きです。心の中に芯が通ってるってことだから」
ゆっくりと並んで歩く。誰かと並んで歩くことなどあっただろうか。
「私の父がそうでした。心に芯のある、真っ直ぐな人」
頑固で厳しかったですけどね、と何かを思い出すように笑った妙を見やる。
「じゃあキミは、父親似なんだね」
え、と妙が視線を向けた。
「キミも芯のある真っ直ぐな人だから」
だからあんなにも慕われているのだろう。自分とは大違いだ。伊東は微かに笑って、視線を前に戻す。
「僕は少し違うかな。そんなふうになれたらいいけどね」
自分のことは自分が一番分かっている。最初は真っ直ぐだったかもしれないそれは、すっかり折り曲ってしまった。
「───ああ、ここでいいよ」
屯所まであと少しといった所で伊東が立ち止まった。
「ここですか?屯所までまだありますけど」
「ここまでくればもう大丈夫だから。手は痛くないかい?手伝ってくれてありがとう」
荷物を置いて一息つく。最初より慣れたとはいえ重いものは重い。
「手は大丈夫です。家事と鍛錬で使い込んでますから」
「はは、また甘く見てるってキミに怒られそうだね」
「怒ったりしませんよ。心配してくださったんでしょ?」
向けられた手のひらはやっぱり赤くなっていた。痛そうだ。なのに妙はそれを気にしておらず、ふふっと笑う。
「嬉しいもんですね。心配してもらえるって」
思ってもみない言葉に伊東は戸惑ってしまった。なんと返していいか分からない。
「私はいつも心配する側だから、こっちの立場は新鮮で嬉しいです」
真っ直ぐに向けられた笑顔が眩しかった。
誰かに手を差し伸べてもらえることが嬉しい。
誰かに喜んでもらえることが嬉しい。
そんなこと、自分にはない思っていたから。
こんな笑顔を向けてもらえる人間ではないのだ。
折れ曲がってしまった心では上手く返せなくて、小さな声で「僕も嬉しいよ」としか言えなかった。
『心の中』
2015/10/14