妙誕カウントダウン!! | ナノ
17、伊東と妙



妙が大きな買い物袋を難なく持ち上げて見せた時、伊東は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「本当に持てるんだね」
「だから言ったじゃないですか。手伝いますって」
「重くないかい?」
「そうですね、重いのは重いですけど」
「大丈夫?」
「大丈夫です」

よいしょ、と持ち直す姿も無理をしているようではない。

「買い出しですか?」
「いや、帰る途中で近藤さんの知り合いとやらに貰ったんだ。差し入れみたいだね」

断る暇もなく置いていかれた大きな買い物袋が二つ。勢いに気圧されて呆然としていた伊東に声をかけたのが、たまたま通りかかった妙だった。

「まさか妙さんに手伝ってもらうことになるとはね」

残った荷物を抱え上げる。やはり重たい。これを二つ。持てるには持てるが、持ち帰るには時間がかかっただろう。だからといって妙に手伝ってもらうつもりはなかったのだけれど。

「あら、女だからって甘く見てません?これでも道場の娘ですから。鍛錬はそれなりに積んできてるんですよ」

口元は微笑んだまま、からかうような視線が伊東に注がれる。

「妙さんが女だから甘く見てるわけではないんだけどね」

歩いていても腕に感じる重さ。これを妙に持たせていると思うと単純に申し訳なかった。

「男の意地ってやつかな。女性の手を煩わせたくはなかった」
「ふふ、可愛らしい意地ですね」
「そうだね。僕もそう思うよ」
 
素直に助けを求めることのできる性格ではない。意地を張って、虚勢を張って、そうやって生きてきた。

「でも私、男の意地って好きです。心の中に芯が通ってるってことだから」

ゆっくりと並んで歩く。誰かと並んで歩くことなどあっただろうか。

「私の父がそうでした。心に芯のある、真っ直ぐな人」

頑固で厳しかったですけどね、と何かを思い出すように笑った妙を見やる。

「じゃあキミは、父親似なんだね」

え、と妙が視線を向けた。

「キミも芯のある真っ直ぐな人だから」

だからあんなにも慕われているのだろう。自分とは大違いだ。伊東は微かに笑って、視線を前に戻す。

「僕は少し違うかな。そんなふうになれたらいいけどね」

自分のことは自分が一番分かっている。最初は真っ直ぐだったかもしれないそれは、すっかり折り曲ってしまった。





「───ああ、ここでいいよ」

屯所まであと少しといった所で伊東が立ち止まった。

「ここですか?屯所までまだありますけど」
「ここまでくればもう大丈夫だから。手は痛くないかい?手伝ってくれてありがとう」

荷物を置いて一息つく。最初より慣れたとはいえ重いものは重い。

「手は大丈夫です。家事と鍛錬で使い込んでますから」
「はは、また甘く見てるってキミに怒られそうだね」
「怒ったりしませんよ。心配してくださったんでしょ?」

向けられた手のひらはやっぱり赤くなっていた。痛そうだ。なのに妙はそれを気にしておらず、ふふっと笑う。

「嬉しいもんですね。心配してもらえるって」

思ってもみない言葉に伊東は戸惑ってしまった。なんと返していいか分からない。

「私はいつも心配する側だから、こっちの立場は新鮮で嬉しいです」

真っ直ぐに向けられた笑顔が眩しかった。
誰かに手を差し伸べてもらえることが嬉しい。
誰かに喜んでもらえることが嬉しい。
そんなこと、自分にはない思っていたから。
こんな笑顔を向けてもらえる人間ではないのだ。
折れ曲がってしまった心では上手く返せなくて、小さな声で「僕も嬉しいよ」としか言えなかった。



『心の中』
2015/10/14
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