「なあ、お嬢ちゃん」
と、前に立ち塞がれば怪訝な顔をされた。
「ちょっとだけ目を閉じてくんねえか」
胡散臭いオッサンの頼みなんて訊いてもらえるわけもなく、綺麗な眉根を顰められただけだった。そりゃそうだろう。
「三秒でいい。俺の命がかかってるんでね」
夜とはいえ、まだまだ人が出歩いている町中で何やってんだかと思うが、時間がないから仕方がない。場所なんか選べるわけがない。
「・・・どういう事情ですか」
正直ちょろいな、と思った。上手くことが運んでいることに笑いそうになって必死で我慢する。ここで笑ったらオシマイだ。
「説明すると長くなるんだが、とにかくお嬢ちゃんにしかできねえことなんだ」
「目を閉じることがですか?」
「そう。それだけ」
あからさまにおかしな頼みごと。だが、考えさせる間を与えないように阿伏兎は話を続ける。
「俺は天人だから、地球人には理解できねえしきたりとかあるんだよ。あんたにとっちゃ怪訝なことかもしれねえが、俺たちにとっちゃ大事なことだってあるわけさ」
「・・・それはそうですね」
ああ、もうひと押しだ。情の深い女は扱いやすい。
「それに、こんな町中であんたに何かできるわけないだろ?しかも三秒だけ目を閉じてる間に」
ダメ押しとばかりに続ければ、その綺麗な眉間からシワが消え、溜息と共に微かな笑みがこぼれた。
「仕方ないですね・・・じゃあ、三秒だけ」
女は申し訳なさそうな阿伏兎を暫し見つめ、「閉じますよ」と瞼を下ろした。
「───三秒ありゃ充分だ」
その瞬間、身体が宙に浮く。
いち、と数える間などない。
驚き目を開けると、先ほどまで居た場所が遠くなっていた。
しかも肩に担がれている。
「えっ、なっ、え」
「三秒もいらなかったな。素直な女はモテるぜ、嬢ちゃん」
女の身体は軽かった。これなら速度を落とすことなく跳べる。
「暴れねえでくれよ。傷はつけたくねえんだ、できれば穏便に攫わせてくれ」
「これはどういうこと?」
「時間がねえんだ。説明は着いてからでいいか?」
「じゃあもういいわ、下ろして!」
「今、下ろしたら死ぬぜ?」
くくっと笑う顔に罪悪感などない。当たり前だ、これは命令なのだから。それに従うまで。もっとも、阿伏兎に罪悪感など元からなかったが。
「まあ、あんたも巻き込まれちまって可哀想だとは思うよ。運が悪かったともいうが」
「そんなのはどうでもいいから元いた場所に返して」
「悪いな、そりゃ無理だ」
「・・・悪いと思ってないでしょ」
ぽつりと呟かれた台詞に、阿伏兎は「確かにな」と愉しげに笑った。
『頼みごと』
2015/10/13