「最初見たときからヤバイって思ってたのよね」
「私も猿飛さんを初めて見たときヤバイって思いましたよ」
「あら、そうなの?」
「ええ、頭が」
「そんな話してんじゃないわよ!!アンタも立派に頭ヤバイじゃない!!」
どんっと机を叩くと、湯呑の中のお茶が揺れた。
「あ、ごめんなさい」
「大丈夫、溢れてませんよ」
にこりと笑った妙に毒気を抜かれたのか、あやめは腰を落ち着けると湯呑に手を伸ばした。
「いい?お妙さん。私が言いたいのはね、女としての本能のことよ」
「本能?」
「そう、本能。女の勘ね」
「それで、その勘がどうしたんですか」
「女の勘が私に告げたのよ。こいつはヤバイって」
「それは訊きました」
「もう!だからね、ライバルになるんじゃないかって思ったのよ」
「私と猿飛さんが?なんのライバルですか」
「それはもちろん銀さんを巡る恋のライバルよ!」
そう高らかに宣言すれば、妙は心底うんざりした表情を浮かべた。
このやり取りも何度目だろうか。最初こそ丁寧に応対していたが、何度言っても通じないのでそれもしなくなってしまった。すると余計に勘ぐられる始末。妙がうんざりするのも仕方がない。
「あらお妙さん、否定しないのね」
「しましたよ、今までずっと。猿飛さんが信じてくれないだけです」
「だって、ねえ?」
「なんですか」
「銀さんにお妙って呼ばれてるじゃない」
はあ?と呆れた表情を浮かべる妙に構わず、あやめは素知らぬ顔でお茶を啜る。
「あのねえ・・・そんなの誰だって言ってるでしょ?あなただって私をお妙さんって呼んでるじゃない」
「でも、銀さん以外の男があなたをお妙って呼んでるの聴いたことないわ」
「それは・・・・そうだったかしら?」
「そうよ」
呼ばれ方など気にしたことはない。姉上にアネゴに姐さん、色んな呼ばれ方をしている。今更一人だけ自分を「お妙」と呼ぶ男が居たところでそれが何なのだろうか。そんなことで勘ぐられる銀時も迷惑だろう。
「あの人は誰でもそう呼びますよ。神楽ちゃんだってそう、九ちゃんもそうだわ」
事実を上げ連ねてみれば、あやめが押し黙る。やっと分かってくれたのかと内心安堵していると、
「でもやっぱり何か違うのよ」
と、あやめは自分の意見を変えるつもりはないらしい。この誤解を解くのは無理そうだ。
「言いたいことはそれだけですか?」
すっと、あやめを見据えれば、視線を受け取ったあやめが湯呑みを軽く揺らした。
「このお茶、すごく美味しい」
「それで?」
「これ・・・私が前に飲んでみたいって言ってたとこのお茶よね。人気がありすぎて手に入らないって言ってたのでしょ?」
そう言って、空になった湯呑みを丁寧に置く。
「ありがとう。飲めて良かったわ。美味しかった」
妙が表情を柔らかく崩した。
「・・・お客さんいただいたんですよ」
数日前、たまたま手に入れたもの。家に帰って弟と飲んでも良かったのに、そうはしなかった。
「猿飛さんが飲みたいって言ってたから、今日はそれを出したのに」
口を開けば銀さんがどうだとかお妙がどうだとか。
「猿飛さんは銀さんのことばかりで、このお茶に気付いてくれてないのかと思うと余計に腹が立ちましたよ」
銀時の存在を抜きにしても成立する関係だと思っている。簡単にいえば友人だと思っている。それも一緒にいて楽しいと思えるくらいの。
「一口飲んだ時から気付いてたわよ」
「それならそうと早く言ってくださいな」
「私が素直になるのは銀さんにだけだから」
「じゃあその銀さんと飲んだらどうですか」
これ、差し上げますから。と、茶筒を机の上に置いた。あやめはそれを見て、そして妙を見る。そしてまた茶筒を見て、それを手にとった。
「いくらお茶が良くたって、淹れ方が上手くないと美味しくならないわ」
先ほど飲んだお茶の味を思い出す。すごく美味しくて、心の中がほっとした。
「だからね、お妙さん。あなたじゃなきゃダメなのよ」
妙の前に茶筒を置いて、そっと瞳を揺らした。
「おかわり、してもいいかしら」
そしてまた、くだらない話でもしましょうか。
大きな目を細めた妙が「もちろんですよ」と微笑んだ。
『お茶会』
2015/10/09