01/21 傘(銀八→妙)
「しーむらー」
いくら怒っていようとも、呼べばちゃんと振り返ってくれる。そういう真面目さが志村にはある。それが、教師のくせに生徒に言い寄っている男であってもだ。
「もうちょっとだけ俺の話きいてよ」
「嫌です」
きっぱりはっきりは慣れた。いつもこんなだから、これ以外知らない。
「別に損しねえからいーだろ」
「私の時間を損しますけど?」
「志村って冷たいね」
「これが精一杯の優しさです」
「だろうな」
銀八は苦笑いで首の後ろを掻く。
「できればスルーしたいのが普通だもんな」
「はい」
「担任から告白されたって困るしかないしなー」
「よくご存じですね」
「そりゃあ俺だって負い目を感じてますから」
「負い目?そういうもの感じてらしたんですか」
「まあねえ。褒められたもんじゃねえし」
先生と生徒という関係は学校というシステムの中で成り立っている。この感情はそのシステムから逸脱するものだ。最悪全てを失ってしまう。職も信用も安定もなにもかも。それくらい分かっている。
「色々とやばいのよ。生徒相手ってそれでなくてもめんどーだし」
そんな面倒なことやりたいとも思ってない。正直、今でも。
今まで返事をしてくれていた志村は、ただ溜め息をついた。僅かに伏せた睫毛が長くて、つい凝視してしまう。傘みたいだ。降りかかる雨粒を避けるように、ああやって降りかかる恋情を遮断しているのかもしれない。酷いな。見てもくれないなんて。
「・・・なんですか」
「・・・なんでしょう」
伸ばした手が空をきる。触れる寸前で傘は上がり、少しばかり距離をとられた。
一瞬絡んだ視線は一方的に外されて、また少し下に降りる。
「話ってなんですか」
「あー」
空っぽの手のひらを眺めながら言葉を濁した。何をどこまで伝えればいいのか。究極な話付き合いたいんだけど、向こうにその気があったところで今は無理だって分かってる。分かってる。分かってるけど。
「やっぱ好きなんだよね」
擦り合わせた指先がチョークの粉で白くなっていた。よく見ればネクタイも。やっぱり俺って教師だよなあって思った。思ったら笑えた。クズ教師って俺の事だなって。
「俺以外と付き合ってほしくねーのよ。卒業まで我慢とかできそうにねえし」
「本音がダダ漏れですよ」
「普通に付き合いたいしキスもセックスもしたい」
「はい?」
パッと視線があがる。あの黒い傘は、大きな目を縁取る飾りになった。遮るもののないそれに映った銀八の姿は、水溜りに浮かぶ景色のようで。そこに在ることに満足する。雨上がりの空みたいな晴れやかな気分になった。つられて饒舌になる。
「卒業まで待つとか言ってさ、その間にお前が誰かのもんになったらイヤなんだよね。キスもセックスも俺としてよ。大人なら卒業まで待てるって?待てるわけねーだろ、惚れてんだから。余裕もねえよ。血迷って生徒に告白してしまうくらい焦ってんだよ」
水溜りに映る白。雲みたいに流れて、気付けば瞳いっぱいに。
「だからさ、一回流されてみない?」
赤い頬をそろりと撫ぜて、震える唇をちろりと舐めて、誰もいない場所で。
おわり