日記妄想つめあわせ | ナノ

 03/16 お妙さんのあいらぶゆう


お妙さんのあいらぶゆう






◇◇◇◇◇

私は、笑顔を絶やさず涙は呑み込み淋しさは気のせいだと気付かぬふりをするような女でした。
それは貴方に対しても同じで、徐々に小さくなる貴方の背中をいつものように見つめるだけで終わるはずだったのです。
貴方の名前を呼んだのは、衝動に近かったのかもしれません。
まるで溜りきった水が溢れだしたかのように、貴方の名前がぼたりと零れ落ちたのです。
静寂の空間に染み渡るような声は貴方に届き、貴方はその薄暗い瞳に私を映しこみました。
張り詰めた空気とは違う、しかし恐ろしいほどの静けさが二人を包み込みます。
呼び止めたのは私です。
どうにか言葉を繋げたくて何度も声をだそうとしましたが、喉が張り合わせたように塞がり、私はただ貴方を見つめることしかできませんでした。
感情のまま貴方に駆け寄り嗅ぎ慣れた着物に顔を埋め、泣きながら縋りつけたらどんなに良いかと何度も何度も思いました。
伝えたい言葉はたくさんあるのに、ありすぎて何も言えなくなっていたのです。

時間さえも存在していないような空間に取り残されていたのは、ほんの数分、いえ数秒だったのかもしれません。
貴方が息を吐けば取り巻く景色が揺らぎ、貴方が瞬きをすれば姿の見えない恐怖に襲われました。
触れるような視線は私の感情を絡めとり内面を見透かされているようで羞恥心がわき起こります。
そんな私を見つめたまま、貴方はゆっくりと表情を変えていきました。
僅かに寄せられた眉は困っているような。
細められた両目は怒っているような。
控えめに上がった口元はからかっているような。
それは初めて見る、貴方らしくない、泣いているような笑い顔でした。
貴方も私と同じだったのでしょうか。
伝えたい言葉はたくさんあるのに、ありすぎて何も伝えられず、その苦しさゆえに全てを呑み込んでいたのでしょうか。
私たちは今、初めて素直に向き合えたのでしょうか。

私に触れる指先は氷のように冷たくて、ゾクリと震えが這いました。
貴方の匂いが鼻先をくすぐります。
貴方から伝わる熱に、私の目も髪も唇も溶けていきました。
私の内側を支配していた何かを、貴方は容易く壊してしまったようです。
私が吐息を漏らせば、貴方がまた笑います。
貴方の笑顔を抱きしめながら、これ以上望むものはないのだと、私はもう泣いてしまいそうでした。



---------------
「月がきれいだねバトン」


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -