11/29 抱きしめたいの(妙と新八)
真面目な顔で何を言うかと思えば。
「新ちゃんどう思う?」
姉の顔に笑顔はない。冗談ではないようだ。
「僕の訊き間違えかな・・・」
もうそれしか考えられない。
「姉上。あの、もう一度いいですか」
「あら、聞えなかったの?」
「まあそんな感じです」
新八の頼みに妙はほわんとした笑みを返す。
「あのね。昨日お店で逢った人が抱きしめてほしいって言ってきたの。だから無理ですよって言ったら、私の条件に全部従うのでお願いしますって頭を下げられたから困っちゃって。急に抱きしめてほしいなんて言うからあれだけど、悪い人じゃなさそうなのよね。何か事情がありそうだし。でもいきなり抱きしめるなんて怖いじゃない?だから私ね、先に弟が抱きしめて確かめてからなら良いですよって言っちゃった」
「だからなんで僕がでてくるんですか!!」
「だって」
「だってじゃない!」
どん、と机を叩いてみるが、置いてある湯呑に遠慮してしまう自分が憎い。
「だいたい、姉上に抱きしめてもらおうとする事が間違ってるんですよ」
「じゃあやっぱり新ちゃんが抱きしめる?」
「そうじゃない!抱きしめない!」
「でも抱きしめてほしいだけなのよ?」
「だからそこがおかしいんですって。なんで姉上はわりと受け入れちゃってるんですか」
そうだ、この話は前提からしておかしいのだ。なのに妙は変わらずほわんと微笑む。
「だって、よく新ちゃんを抱きしめてたじゃない」
「え・・・」
「私だって、抱きしめさせてなら絶対に嫌よ?でも抱きしめてあげるのは慣れてるというか、その人の顔がね、ちょっと新ちゃんに似てたの」
「僕に」
「なんだか昔を思い出しちゃって。今はもう新ちゃんを抱きしめることなんてないから、なんか寂しかったのかも。新ちゃんが大人になちゃったなーって」
そうやってほわんほわんと笑っているのは、昔を思い出しているからなのだろうか。そうだった、この人はいつだって家族のことしか考えてなかった。新八はぎゅっと手を握りしめる。
「わかりました。でもやっぱりその人との約束は断ってください」
「そうね。そうする」
「それでまた寂しくなったときは、姉上は僕を抱きしめたらいい。というか、そうしてください」
「うん、分かった」
「他の人を僕の代わりにしないで」
「うん」
「・・・今とか、いいですよ」
握りしめた拳をひらいて、少しだけ両手をひろげてみる。驚いた顔に恥ずかしくなって俯けば、「新ちゃんありがとう」という囁きとともに懐かしい温もりに包まれた。
おわり