タエさんとギンさん
※タエさんとシンパチさんの続き。
タエさんとギンさん
「新八の様子がおかしいって?」
私の質問に彼は眉を顰めました。
彼はシンパチさんの雇用主にあたる方です。
初めてお会いしたとき、シンパチさんが紹介してくれました。
「ギンさまは何かご存知ではないでしょうか」
「さあね。ご存知ねえけど」
彼は私が手土産にした甘い食べ物に手を伸ばし、それを口に運びます。
「ギンさま」
「なに」
「それはお口に合いませんでしたか」
「これ?いや別に。甘けりゃなんでもいーし。なんで?」
「あまり美味しそうに食べられていませんから」
甘いものは好物だと言いながら、彼は無表情の中に何かしらの感情を滲ませたまま口を動かしていました。
ご自分では気付いていないのでしょうか。
「俺はいつもこんな顔だろ」
しかし彼は特に気にする様子もなく、また一つと手を伸ばしました。
その時、ワタシは理解します。
「そうですね。いつもと同じ顔ですね」
彼は、ワタシを初めて見たときからずっと同じ顔でした。
「ワタシはギンさまに嫌われているのでしょうか」
好き嫌いという感情を知りました。
とても難しいものです。
しかしとても簡単なものでもあります。
「ギンさまは甘いものがお好きです。漫画がお好きです。シンパチさんをお好きです。カグラさまをお好きです。オトセさまをお好きです。他にもたくさんありますが、ワタシはその中に入っていないようです」
彼はじっとワタシを見ました。
初めてかもしれません。
シンパチさんとは違う、不思議な目の色。
「お前はさ・・・」
彼の瞳が揺らぎました。それには覚えがあります。
シンパチさんがワタシを見るとき、時折同じように瞳が揺らぐのです。
いえ、シンパチさんだけではありません。シンパチさんの傍にいる方々は皆、ワタシを見ると最初に瞳を揺らがせます。
「お前は、知りたいか」
何を、と問わなくても伝わりました。
「シンパチさんのことが分かるのなら、ワタシは知りたいです」
シンパチさんの瞳を滲ませるものが何か。
それはワタシが拭えるものなのか。
シンパチさんは何も教えてくれません。
ただ優しく微笑んで、ワタシの名を呼んでくれるのです。タエさん、と。
「一番奥の部屋、あんだろ。新八の隣の。入れねえようにしてる部屋」
「はい。シンパチさんの家族のお部屋ですね」
「お前、あの部屋に入ってみろ」
意外な言葉にワタシは彼を見つめました。
シンパチさんが唯一ワタシに求めたこと。それがあの部屋への立ち入り禁止でした。
それはワタシとシンパチさんとの約束でもあります。
「あとはお前に任せる。このまま素知らぬふりをしててもいい。それがお前の選択ならな」
そう言いながら、彼はお茶に手を伸ばしました。
「あいつは多分もう、色々と限界なんだろうよ」
その声音からシンパチさんを気遣う気持ちが伝わります。
シンパチさんに家族はいません。
ですが、シンパチさんを大切に思う方々はたくさんいました。
「つーかいい加減さま付け止めてくんない?慣れねえから痒くてしょうがねーや」
帰り際、鍵を閉めるついでだからと玄関まで送ってくれた彼がワタシに言いました。
ワタシは彼を「ギンさん」と紹介されたので、それ以外の呼び方は知りません。
「では、ギンさん。ですね、ありがとうございます」
微かな笑みを浮かべ、ワタシは彼を見ました。
そして後悔したのです。
そこにあったのはシンパチさんと同じ、滲んだ瞳だったから。
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