ヅラパート | ナノ


 僕と彼女と隣人さん(新八編)

新八は慣れた手つきで鍋を火にかけた。
小さいながらも綺麗に整理された台所に立ち、小さな窓から差し込む朝日を浴びながら味噌汁を作る。
今日の具は豆腐とワカメ。
だし汁に浸した具材に火が通るのを待つ間、冷蔵庫から玉子を二個取り出した。
それを割って味付けする。玉子の割り方も手慣れたものだ。
泡立たないように菜箸で混ぜ合わせ、油をひいたフライパンへと流し入れる。
ジュウっという音が部屋中に広がった時、玄関の方から物音が聞こえた。

「お帰り、姉さん」

新八が玄関に向かって声をかける。

「ただいま。新ちゃん」

空の洗濯カゴを抱えたまま、姉の妙が微笑んだ。

この家の住人は二人しかいない。
妙と新八の両親が他界したのは三年前だった。
当初は遠くに住む親戚の家にお世話になる…という話しもでたが、姉弟が住み慣れた土地を離れたくないと主張した為、親戚の知り合いが経営しているというアパートに住むこととなった。
学校や生活の手続きなども全て遠縁の叔父(便宜上そう呼んでいるが実際の関係は分からない)が代わりにやってくれ、普段は管理人の桂が保護者代わりとなっているおかげで、特に問題なく暮している。
両親が残してくれた貯金もあり、二人はつつましいながらも平穏な生活を続けていた。


「桂さんから美味しいお茶の葉をいただいたのよ。今日は夕食を御馳走になるし…」

洗濯カゴを脱衣所に置きながら、妙が独り言のように呟く。

「桂さんも新ちゃんも上手いから私も頑張って練習しないと……」

妙は興味深げに新八が手にしているフライパンを横から覗き込んだ。
二歳違い差が大きいのか、妙の方が新八より少しだけ背が高い。
妙はフライパンの中身を確認すると、何故か拗ねたような表情を浮かべた。

「卵焼き…作ったのね。私の得意料理なんだけど」

理由が分かり、新八から苦笑いが漏れる。

「すみません。先に作っちゃいました」
「上手ね、新ちゃん」
「姉さんの為に作りましたからね」
「そう?それなら私、新ちゃんのお嫁さんになりたいわ」
「それだと毎日主食が卵焼きになりますよ」
「卵焼きご飯に卵焼きサラダに卵焼きカレーに…」
「卵焼きアイスとか?」
「それは美味しいかも」

少しの間の後、妙と新八は顔を見合わせて笑った。

妙が得意料理だと言い張るのが卵焼きだ。
しかし本人も自分の料理ベタを自覚している為、料理の担当は新八で、それ以外の家事が妙の担当となっていた。

「もうすぐ出来ますよ」

黄色い玉子を巻きながら、新八は妙に声をかける。

「じゃあ私は、お弁当の準備をするわね」

そう言って、冷蔵庫から昨夜のメインであった鯖の味噌煮を取り出した。
ラップに包まれたそれを電子レンジの中に置けば、後はチンするだけで温まる。
本当に便利な世の中だ。

庫内に灯りがつき、クルクルとお皿が回っているのを確認した妙は、小さめの可愛らしいお弁当箱と一回り大きなお弁当箱をテーブルに並べた。
そして戸棚からタッパーを一つ取出し、それも横へと並べる。

「どうするんですか、それ?」

新八が焼き上がった卵焼きをまな板の上へ置きながら尋ねる。

「山崎さんの分よ」

お弁当箱にご飯をつめながら、妙は当たり前のように答えた。


『俺、鯖の味噌煮が好きなんだよねー』

先週の日曜日、山崎と偶然近所のスーパーで会った。
山崎とはここの隣、203号室に住む隣人さんだ。
人当たりの良さと優しい顔立ちは、感じが良くて親しみやすい。
二人にとって、理想の兄のような存在だった。

「昨日、山崎さんに食べてもらえなかったでしょ」
「帰りが遅かったみたいですからね。忙しいんだろうな…」
「だからね、お弁当にしたら何時でも食べられるかなあって」

妙は卵焼きを均等に切り分けて、それぞれのお弁当箱につめていく。
料理を作る以外の手際は良く、徐々にお弁当が形を為していった。

「それだと朝、昼、晩、何時でも食べられていいですね」
「でしょ?」
「僕の味噌煮、山崎さんの口に合うといいなー」

だし汁に味噌を溶きながら、新八が笑顔を浮かべる。

「私も卵焼きを作って、山崎さんに手料理を食べてもらいたかったなー」

温められた鯖の味噌煮をお弁当箱につめながら、妙は思い出したように呟く。
妙の前には同じようなお弁当が三つ並んでいた。

「こっちも出来ましたよ」

一度煮立たせたら火を止めて、味噌汁をお椀に注ぐ。
質素だが美味しい朝御飯の出来上がりだ。



「「いただきます」」

二人は並べられた朝食の前で手を合わせる。
亡き両親の言葉を今も忠実に守っていた。


準備を済ませてから両親に朝の挨拶をすませる。
写真の中は時が止まったままで、変わらぬ笑顔を二人に見せていた。


「今日は早く帰って来ますから、姉さんも遅くならないで下さいね」

玄関を出たところで新八は振り返る。
姉はしっかりものだが、どこか世間知らずな一面もあるのだ。
新八の周りには妙に興味をもつ者もいるし、山崎の先輩なども姉に好意を抱いているように見える。
しかし妙はそれに全く気が付いていないのだから、新八の心労も溜まる一方だ。

「ええ。じゃあ、気を付けて。いってらっしゃい」

新八の心労を知ってか知らずか、妙はいつものようにニッコリと笑う。

「いってきます」

新八は少し困ったように微笑み、そのまま通路先にある階段へと向かった。

隣部屋の前を通る時、優しげな面差しの隣人を思い浮かべた。朝寝坊な彼はまだ寝ているのかもしれない。
確か面白い目覚まし時計を持ってるとか言ってたな…そんな事を考えつつ、新八は階段を駆け降りた。


「おはようございます!」
「おはよう、新八くん」

アパート前を掃いていた桂に挨拶をする。これも毎朝の日課になっていた。

「今日は姉とお邪魔させていただきますね」
「ああ。ついでに山崎にも声をかけようと思うのだが…」

桂がうかがうように新八を見つめた。
綺麗な顔立ちと無表情とが相まって近寄りがたさを感じてしまいそうになる。
だがそれは感情をあまりださないだけであり、この管理人が世話焼きで親切なのは充分知っていた。
山崎が優しいお兄さんなら桂は頼れるお兄さんという存在で、妙も新八も多大な信頼を桂によせているのだ。

「山崎さん、魚が好きだって言ってましたよ」
「そうか…。魚といえば、新八くんの味噌煮は美味かったな」
「いやあ、まだまだですよ」

照れたように頭を掻く新八だが、いきなり「あ!!」と声を大きくする。

「やばい、遅刻だ!すみません、学校に行かなきゃ」

新八が焦ったように走りだす。

「いってきます!」
「いってらっしゃい。気を付けてな」

桂が僅かに口元を緩めた。


狭い門を通り抜け、アパートの敷地を勢いよく飛び出した新八の視界の端に見慣れた姿が映る。

「いってらっしゃい!!」

大きく手を振る様子に自然と笑みが零れた。
まるで新婚家庭みたいだなんて思ってしまい、表情が緩んでしまう。

「いってきまーす!!」

大きく手を振り返した先にある笑顔が新八の帰る場所だった。


両親が他界して姉弟二人きりになり、この世に姉以外いないのだと思っていた頃も確かにあった。
淋しさに涙が止まらない日もあった。
しかし、あのアパートで桂や山崎と出会い、自分の隣には誰かが居るのだと感じられた時、新八は泣くことをやめた。
いつか巣立つ時がきたとしても、あの優しい人達と過ごしたことは忘れないと思う。
ただ、そんな未来のことなんて新八には分からないし考えるには早い。
今はまだ、このままで良いのだ。
優しい人達に囲まれて過ごす日常こそ新八が望む未来なのかもしれない。

新八は大きく息を吐く。
とりあえず今は、

『一週間日直を続けられなければ、姉の妙をみんなに紹介する』

という、担任やクラスメイトと交わした理不尽な賭けに勝つことが新八の最大の望みだった。

(姉さんに彼氏はまだまだ早いんだ!)

新八は少しずつ落ちてきた眼鏡を押し上げながら、踏み出す足に力を込めた。



「僕と彼女と隣人さん」
2008.11.9




修正し始めたら止まらなくなった。間に合って良かった……!!
志村姉弟は隣人山崎が大好きです(脳内設定)。
そこそこ男前で優しくて人当たりが良くてちょっと可愛いところもある隣人山崎が大好きです。理想の兄!みたいな。
それ以上に管理人さんが大好きです。
二人が優しい人達に囲まれてて欲しいなあ…という気持ちがでてしまってますね。
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