ヅラパート | ナノ


 七夕ラプソディー

日本人は祭り好きらしい。日付に意味を持たせたりイベントにしてみたりと、あの手この手で祝っている。クリスマスにバレンタインデー。数え始めたらきりがないが、それはそれで良いものかもしれない。

「桂さんて意外とミーハーですね」
「ミーハー?」
「だって七夕ですよ?小さな子がいるならまだしも、うちの一番下は中学生ですし」

山崎は大きな木桶に炊きたての白飯を移し、そこに手製のすし酢を回しかける。甘酸っぱい匂いが白い湯気とともに広がった。

「わざわざ飾り付けたりそれ用に料理作ったり。七夕のお祝いを家でする人ってあまりいないですよ」

熱々の白米を木製のしゃもじで切るように混ぜ合わせ、うちわで扇いで冷ましていく。手際が良いのは日頃の自炊の成果と高校時代の部活動のおかげだろう。

「他所でやらなくともここはやる。それだけだ。別にミーハーとやらではない」

整理整頓された台所に立ち、心地良いリズムで具材を切っている桂ははっきりと言い切った。




「皆で七夕を祝うぞ」

立派な笹を肩に担いだ桂に山崎が呼びとめられたのは数日前のことだ。仕事帰りの気の抜けた状態で言われたものだからすぐに反応できず、「え?」と発したまま固まってしまった。
聞けば知り合いに大きな笹をわけてもらったらしく、それを見た子ども達が七夕パーティーをしたいと言いだしたのだとか。無愛想だが子ども達には優しい管理人はその願いを叶えるべく手伝い要員として山崎を誘ったようだが、山崎に断る理由はなかった。



「あーうまそー」
「できたのか」
「もうちょっとですね。そっちはどうですか?」
「ああ順調だ。切るだけのものが多いからな」

大きな皿に色とりどりの具材が並べられていく。

「山崎、ここにあった砂糖知らないか?」

玉子を焼く準備をしていた桂が辺りを見回す。

「あっ、俺が使いました」
「あれ全部入れたのか?少し甘くしすぎやしないか」

桂が山崎を振り返る。

「大丈夫ですって。それに俺、酢飯はちょっと甘いくらいが好きなんですよ」
「お前の好みなど聞いておらん」
「妙ちゃんも甘いの好きですよ」
「それは知っている」
「神楽ちゃんはすっぱい系も好きだけど、酢飯は甘い方が好きですよ多分」
「・・・もう分かった。お前に任せる」

子ども達を例に出されたら桂は負けるしかない。諦めるように小さく息を吐き、再び包丁を動かし始めた。
そんな桂とは対照的な山崎は、「桂さんはあの子達に甘いですよね」と愉しげに笑った。





「・・・雨がアメになりますように?」

新八は紅色の短冊に書いてあった文字を一言一句確かめるように呟いた。

「そうアル!それならみんなが喜ぶネ!」

神楽が期待に満ちた目で新八を見る。これはなんだ。叶えてあげないと駄目なのか。どうにか期待に応えてあげたいのだが新八に気象を操る術などなく、早々に諦めた。

「雨がアメだなんて、そんなの神さまにだって出来ないよ」
「じゃあ新八が降らせるよろし」
「エエエッ!?無理だよ!というより神楽ちゃん、雨が降らないと困るんじゃないかな」
「なにが?」
「ほら、あれだよ・・・ええと、あれ?」
「困らないみたいネ」
「いや困る!絶対困る!ちょっと待って今思い出すから」

あまりの突拍子のなさに混乱していた。普段ならスラスラ解ける問題が分からなくなった気分だ。神楽の夢を壊さず、しかもアメより雨が良いと思わせる理由が浮かばない。焦れば焦るほど見当違いなことばかり頭を過っていった。
七夕の飾りを作るため、新八の部屋で作業中の二人。折り畳みのテーブルに様々な形の色紙が広がっており、何気なく視線を動かした先に折り紙でつくった白いウサギがあった。あっ、と新八が声をあげる。

「そうだ、姉さんが迎えに来なくなるよ!」

今度は神楽があっ、と声をあげた。
ウサギ柄の傘は妙が愛用しているお気に入りだ。神威と神楽は肌が弱いらしく常に傘を携帯しているため、突然の雨にも濡れることはない。妙もそれは知っている。なのに妙は神楽が外にいるときに雨が降ると、必ず傘をさして迎えに行くのだ。

「アネゴが来てくれないのは寂しいアル」

神楽は短冊を眺める。雨なんて濡れるだけでつまらないと思っていた。傘ならいつもさしてる。空は隙間から眺めるだけ。だから、変わればいいと書いたのに。

「アネゴに傘をさして欲しいアル」

ウサギ柄の傘をくるりと回して、「神楽ちゃん。迎えに来たよ」と微笑む妙が好きだ。

「雨も必要だよね?」
「・・・必要アル」

短冊を眺めていた神楽は素直に頷き、マジックで言葉を付け足し始めた。そんな姿に新八は目を細める。

「あーあ疲れた。新八ィ、ノドが渇いたアル。牛乳みたいなのが飲みたいネ」
「牛乳みたいなのって牛乳でしょ?」

プッと笑った新八が冷蔵庫の中を思い浮かべる。少し高めの値段設定と今時珍しくビン入りなのが特徴の牛乳は妙のお気に入りで、もちろん新八も気に入っていた。

「やっぱり牛乳は駅前のビン牛乳が一番美味いアル」
「ここら辺じゃあそこのスーパーにしか置いてないからね」
「アネゴも好きだって言ってたアル。ついでにバカ兄貴も。みんなお揃いネ。これもお揃いアル。みんな同じこと書いてるネ」

ニシシ、と笑う神楽がヒラヒラとさせた短冊を見て、新八は優しく目尻を下げた。が、何故か急激に嫌な予感がしてバタバタと冷蔵庫へと駆け寄る。

「・・・ああやっぱり!今朝買った牛乳が一つ空になってる!急にあの牛乳の話なんてし始めたからおかしいと思ったんだよ!珍しく安売りしてたから早起きして買いに行ったのに!!」

冷蔵庫の前でゴソゴソしていた姿を思い出して、あのときか!と振り返る。

「神楽ちゃん!飲んでもいいけど僕にちゃんと言ってよ!!」
「新八、1ビン飲ませてもらったネ」
「それ飲み過ぎだから!!」

腹をさする神楽に愚痴りつつも、嬉しそうにニシシと笑われたら何も言えなくなってしまった。そんな自分に新八は苦笑してしまう。仕方ない。この事を姉に伝えたとしても、結局は新八と同じように笑って許してしまうに決まってる。それに、わざわざ早起きしてまで買いに行った理由なら姉が喜ぶというだけでなく、きっとこの笑顔も含まれているから。


◇◇


「神威くん、そっち」
「ここね」

神威は妙から受け取った飾りを笹に飾りつけていく。大きな笹はかなりの高さがあり、上の方はベランダの手すりに立ってやっと届くくらいだ。

「気をつけてね」
「はーい」

心配そうに見上げてくる妙に軽く返す。この会話を何回交わしただろう。今は建物の影になっており傘がなくても大丈夫。だから両手を使えるし、自分にとって二階の柵に立つことなど造作もない。二階から飛び降りて出かけることすらある。それを妙は知っているはずなのに何度も何度も「気をつけて」「危ないと思ったら止めてね」と繰り返すのだ。

「オネーサン、次のちょーだい」
「あ、うん。・・・はい」
「ありがと」
「気をつけてね」
「・・・それ何回目?」
「え?」

神威は手すりの上でしゃがみ込み、じっと妙を見つめた。いつもはほとんど差のない目線が、今では神威の方が上にある。自然と妙は少し上目遣いになるように神威を見返した。

「たえ」

神威が飾りを持っていない方の手で妙の前髪を摘む。

「オレが心配?」
「だって危ないから」
「平気だよ。落ちたところでなんともない」
「でも、なにかあるかもしれない」
「なにかって?」
「・・・怪我するかも」
「ケガしたら泣いちゃう?」

目尻を指の腹で擦ると、妙はくすぐったそうに目を細めた。

「たえが泣くの、見てみたいかも」
「神威くん」
「でも見たくないかも」

じいっと妙を見つめたまま淡々と話す。神威は何を考えているのかよく分からない。無表情というわけではなく、掴み所がないのだ。
沖田に似ているな、と妙は唐突に思った。

「なに考えてるのかなー」

反応のなさに痺れを切らしたのか、神威は顔を僅かに傾けてのぞきこんでくる。
距離が近い。

「沖田くんと似てるかもって思っただけよ」

無意識の防衛本能か、妙は顎を引いて距離をとろうとする。しかしすぐに顎を掴まれ、ぐっと上に向かされた。

「たえって意外と鬼畜。口説いてる最中に他の男の名前だしちゃったらオレの立場ないじゃん」
「鬼畜って・・・どこでそんな日本語覚えたの」

目を丸くした妙を見つめて、神威はぱちぱちと瞬きをする。確かに自分は留学生だが気にするのはそこなのか。こんなふうに顔を寄せて、口説いていると宣言までしたのに。

「わざとかと思ってたけど本当に気付いてないんだ。結構ガキ臭いんだね、オネーサン」

つん、と妙の鼻先を突いて、しゃがんだ脚の上に肘を置き頬杖をつく。

「もう少しだけ待っててあげるよ。でもずっとは無理かな。そんな時間はないし」
「時間がないって・・・」

神威と神楽は留学生だ。父親の仕事の都合で日本に来ているが、また違う場所に行くことも考えられる。国内ならまだしも、海外ならば滅多に逢うこともなくなるだろう。

「そんな顔されるとたまんないね」
「え?」

目が合って、恥ずかしくなった。情けない顔をしてしまったのかもしれない。家族のように一緒にいた人から間接的にでも別れを予告されたから。
何も言えなくて困ったように笑うと、神威は愉しげに妙の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。

「いつかの話だよ。神楽だってまだこっちに居たいだろうし。それよりもオネーサン、今はこっちじゃない?」

そう言って、神威は飾りをヒラヒラと振ってみせる。妙が笑ったのを目の端に映してから、神威はひょいっと立ち上がって飾りを付け始めた。次第に色が増えていく七夕飾り。

「オネーサン」
「なあに?」

色合いを考えながら飾りを選んでいた妙は手を止めて神威を見上げる。

「またみんなでお祝いできたらいーね」

どこに居ても同じだと思っていたけれど、神威にとってここでの日々は確実に違うものだと言える。こんなにも退屈で楽しくて、こんなにも新鮮な毎日があっただろうか。未来は分からないし、来年も自分がここにいるのか分からないけど。それは妙も同じだけれど。

「こうやってさ、みんなでやると楽しいから」
「そうだね。また来年やろうよ」
「オレがいなくなってたらどうする?」
「いなくても同じ。逢えばいいだけじゃない」

ふわりと目を細めた妙にもう戸惑いはなかった。いなくなる事ばかり考えたって仕方がない。もうそうだとしても、それが何なのだろうか。逢えないわけじゃない。今よりも逢いにくくなるだけ。なら逢える努力をすればいい。

「星だって1年に1回は逢えるのよ。逢おうと思えば逢えるから」

柔らかく言いきった声が神威の動きを止めさせる。甘い考え方だと思った。でもそういう妙が良いのだと思った。

「じゃあ約束ね、オネーサン」

妙の肩に手を置き、掠めるような感触を柔らかな頬に残す。それがキスだと妙が気付いたときには、神威にするりと頬擦りをされていた。

「ちょっと待ったあああああ!!!」

突然の大声。ビシャン!!と開いた窓から顔を真っ赤にした新八が飛び出してきた。すかさず神威と妙の間に身体を挟み込む。

「かかか神威くん!!姉さんに手をだすなって言ったよね!!」
「手は出してないよ。口は出したけど」
「はあああ!!??」
「挨拶みたいなもんだよ。日本人って堅苦しいね」
「ここは日本だよ!!挨拶でき、き、キスはしないから!!」
「なに興奮してるの?メガネくんってドーテー?」
「うあああああ!!!姉さんと神楽ちゃんの前でそんなことっ!!!」

狭いベランダで白熱する攻防(主に新八)。あらあらと微笑ましく眺めていた妙の肘を誰かがちょんとつついた。

「アネゴー、お腹すいたアル」
「あら神楽ちゃん、お疲れさま!」

甘えるように触れてくる可愛い妹分に妙は顔を綻ばせる。

「お腹すいちゃったの?じゃあこれが終わったら食べに行きましょうか」
「うん!それと、これ全部できたアル」
「わあ素敵ね。たくさん作ってくれたのね。ありがとう」
「オネーサン、オレもお腹すいたー。神楽ばっか可愛がらないでオレも可愛がってよ」
「バカ兄貴はふざけてないでこれ飾るよろし」
「メガネくーん、これオレの妹が頑張ったやつだから責任もって一番上に飾ってね」
「ぼ、僕が!?なんでだよ!!!」

賑やかな声が一気に溢れ、咲き誇っていく。色鮮やかな飾りを付けた笹が、笑い声と共に風を泳いでいた。


◇◇


「聞いたか山崎」
「聞こえましたよ、真上ですから」

庭に面した側の窓を開け広げ、そこにテーブルを寄せた。外側にも椅子が置かれている。外で夜空を眺めながら食べやすいようにだ。

「山崎、急げ。そろそろ降りて来る」
「後はマヨネーズと和えるだけなんで!桂さん、お皿は?」
「ここだ。またマヨネーズ和えか」
「ツナマヨとエビマヨだけですよ。味は変えてるし、どっちも味付けバッチリです。手巻きの具にしやすいし。というより部活で料理するときに必ずマヨ料理があったから癖になってんですかね」
「美味いなら構わん。それよりも早く終わらせないと───」

桂の台詞に被るようにチャイムが鳴り響いた。思わず顔を見合わせる山崎と桂。

「俺は呼び入れるから、お前はそこを頼む」
「了解です」

まさかこんなに早いとは。一人残された山崎は手際よく盛り付け始めた。各自で作る手巻き寿司なので取りやすいようにと気を付ける。皿の置く場所を探して目線を動かせば、そこに落ちている短冊を見つけた。上から落ちた短冊が風で飛ばされてここまで入ってきたようだ。

「これ渡しておかないと」

そう言って手にとって山崎の動きが止まった。
願い事はいくつも書いた。自分も。みんなも。誰が何を書いたかは知らないのに、なのにどうしてだろう。

「同じとこに住んでると同じこと考えるんだな」

ふっと囁くように笑ってしまった。

「山崎」
「うわああああ!!!」

一声で一気に現実に戻される。振り返れば若干険しい顔の美形が立っていた。まずい。

「先程とあまり変わっていないようだが」
「今すぐやります!!」

慌ててテーブルに置かれた短冊がハラリと落ちていく。それに気付かずに準備のため席を立った山崎を見送り、桂は落ちた短冊に目を止めた。拾い上げ、視線を文字に流す。

「なるほど。考えることは皆大体同じだな」

切れ長な目が、いつもより柔らかく緩んだ。


(またみんなと一緒に星を見れますように!)


七夕ラプソディー
2013/09/24
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