▼ 洗濯(神威と妙)
鬱々とした湿った空気が爽やかに澄んでいる。
鮮やかな青色、とまではいかないが、気持ちの良い青空がひろがっていた。
久しぶりの洗濯日和だ。
「よいしょ、っと」
山盛りの洗濯カゴを乾いた地面に置き、妙はふう、と息を吐いた。ほんのり滲んだ額の汗を拭う。
最近の雨で随分と洗濯物がたまってしまっていた。乾燥機など持っていないし、コインランドリーも近くにあるが、やはりお日さまにあてたい。
「ちょっと量が多かったかな」
念願の晴れ間に、朝から嬉々として洗濯機を回したものの多すぎた。新八にも呆れられてしまったのを思い出し苦笑する。
「オネーサン」
頭上から声がした。上、というのは空ではない。アパートの庭に居るのだから、必然と後ろにある建物からになるだろう。その二階。
妙がアパートを見上げると、二階のベランダの柵の上に座った神威と目が合った。足をぶらぶらとさせ、手を振っている。
「またそんな所に座って。危ないよ」
「大丈夫。ねえ、そこに干すの?」
神威は振っていた手で洗濯物を指差す。
「ここの方が日当たり良くて好きなの」
「パンツ泥棒に狙われるかもよ」
真面目な顔で神威が言う。最近テレビか何かで見たのかもしれない。
「そのときは神威くんが捕まえてくれるでしょ」
これまた真面目な顔で、妙が答えた。
「ええっ?」
思わず吹き出した神威は声を上げて笑う。
「はー、オネーサンには敵わないな。いいよ、捕まえてあげる」
ひとしきり笑ったところで、神威は妙を指差した。
「まずはオネーサンから捕まえよっかな」
そう言って、にっと笑う。そして、身体を前に倒すとそのまま空中でくるりと回り、音も無くふわっと着地した。
「か、神威くん!」
我に返った妙が神威に駆け寄り肩に手を置く。神威ならばこれくらい造作もないこと。知ってはいるが、いきなり目の前でやられるのは心臓に悪い。
「前に言ったでしょ?下に降りたいときは階段を使うの。どこからでもポンポン飛んじゃだめ」
「えーめんどくさいー」
神威と神楽は二人とも肌が弱いらしく、外に出る時はいつも日傘を差している。今はちょうど日陰に居るので大丈夫そうだが、ここ以外は日傘がいるだろう。そういうのも含めて面倒だったようだ。
「たーえ」
神威は自分の肩を擦る妙の手を取り、ぎゅっと握りしめる。
「はい、捕まえた」
「え?」
「どうしよっかな」
握った手を指で擦るように触る。妙はその手を見た。しっかりと繋がれている手と手。
「このままだと洗濯が終わらないんだけど」
「そっか。じゃあ、終わったらもう一回捕まえていい?」
「捕まえてどうするの?」
妙が目をぱちぱちさせる。
「んーキスとか?」
「だめ」
「えーじゃあ、ほっぺた舐めたい」
「こら」
くすくすと笑いながら妙は神威の額を指で弾く。妙は神威の台詞を冗談だと思っているのだ。神威はそのことに気付いているが、敢えて訂正はしない。妙のためではない。そう思われているほうが都合が良いから。自分のためだ。
「じゃあこれ、手伝うからさ」
妙の手を握ったまま、片方の手で洗濯物を指す。
「終わったらデートしようよ。二人で、恋人っぽく」
繋いだ手を顔の高さまで持ち上げ、見せつけるように振る。
あまりにも無邪気に言われたので、妙は言葉の意味を深く考えず、つられるように笑って頷いた。
「じゃあこれ、お願いね」
「タオルか・・・オネーサンのパンツとかないの?」
「ないの」
2012/7/13
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