ヅラパート | ナノ


 僕の求めている日常(山崎+桂+妙)

「じゃあ、おつかれ」

いつもの週末。同僚からの飲みの誘いを断り、山崎は家路を急いでいた。特に用事はないのだが、手掛けていた仕事が一段落した今日くらいは家でゆっくりしたかったのだ。
明日は休み。呼び出される心配も(今のところ)はない。この解放感に自然と足取りも軽くなった。
とりあえず明日は目覚ましに起こされることなく寝ていたい。それとも少し早く起きて溜まった家事を片付けてしまおうか。ビールでも飲みながら録りっぱなしになっているDVDを観るのもいい──
そんなふうに休日に思いを馳せていると、腹の虫が騒ぎ始めた。疲れからかあまり食欲がなく、今日も昼を軽めに済ませていたのだが、どうやら胃の調子も正常に戻りつつあるようだ。
山崎は家の食材を思い浮かべる。冷蔵庫には水と缶ビールくらいしかなく米もない。買い置きのラーメンは昨日の夕食で最後。あとは夏の残りの素麺があるくらいだ。
通勤で使う駅の横に大きめのスーパーがある。いつも利用している近所の小さなスーパーより多少価格は高いが品揃えが豊富だ。たまには目新しいものでも食べようか。そう山崎が結論付けたとき、ポケットの中の携帯が震え始めた。歩きながら取り出して見ると、ディスプレイには「桂(管理人)」という文字。珍しいな、と思いつつ携帯を耳にあてた。

「はい」
『今は話して大丈夫か』
「大丈夫ですよ。珍しいですね、電話」
『普段は電話するよりベランダの下から呼んだ方が早いからな』
「はは、そうですね」
『それよりも明日は暇か』
「明日?まあ暇といえば暇ですけど」
『じゃあお前は豚を頼む』

携帯の向こうから、いつもの天然っぷりに磨きをかけた言葉が投げつけられた。

「・・・はい?」
『お前は豚だ』
「いや、山崎ですけど」
『そんなことは知っている。だからお前は豚を頼む』
「はい?豚?え、誰が?」
『俺は桂だ。豚はお前だ』
「ちょっと桂さんが何を言ってるのか全く分かんないんですけど」

混乱する山崎と違い、桂はいたって冷静に淡々と会話を続けた。
桂が冷静な分、動揺している自分の方がおかしいのかもしれないと考えてみる山崎だが、やはりどう考えてもあっちがおかしいのだ。
元々マイペースで何を考えているのか分かりにくい管理人だが、今回は特に分かりにくい。
混乱したまま「いやー」とか「そのー」とか言い連ねていると、なにやら向こうの様子が変わった。ガチャガチャという音がして、そして声がする。

『山崎さんですか?お疲れさまです』

若い女の子の声。そして聞き覚えのある声。その声に山崎の肩から力が抜けた。

「妙ちゃんもお疲れさま」

眉間に寄ったシワが伸びていく。やはり女の子は良いもんだと山崎はしみじみ思う。

『あっ私って分かりました?』
「声で分かるよ。それで、どうしたの?」
『山崎さんに話が伝わらないから代わってくれって。桂さんに受話器を渡されました』

受話器、ということは桂の部屋に居るのだろう。遠くから騒がしい声も聞こえるので他の住人も居るようだ。その賑やかであろう様子を想像した山崎が小さく笑う。胸の中心がふわっと温かくなった。

「妙ちゃん。さっき桂さんに「お前は豚を頼む」って言われたんだけど」
『豚を頼むですか?・・・それだけ?』
「それだけ」
『それじゃあ伝わるはずないですよね・・・』
「いーよいーよ。気にしないで」

桂のマイペースっぷりはいつものことなので慣れたものだ。
ただ、気になっていることはあるのでそれは確認したい。

「それより妙ちゃん、結局豚ってなんだったの?」
『あ、はい。豚は豚肉のことです』
「豚肉?」
『カレーの・・・』

山崎が「あー」と頷いた。

話はこうだ。
明日からGWなので何かアパートでやりたいと神楽が桂に直談判。
そこに神威が加わる。
新八が二人を止める。
妙、お菓子を持って登場。
とりあえず桂の部屋でお茶会をする。
そこからなぜかカレーの話になり、カレーの具、特に肉の種類について意見が分かれる。
牛肉、豚肉、鶏肉、一歩もひけをとらず、そのせいでかなり揉めてしまった・・・
と、いうことらしい。

『とりあえず牛肉と豚肉と鶏肉でそれぞれカレーを作ってみて、みんなで試食して一番美味しいのはどのカレーか決めようって話になったんです』
「はあ・・・なるほどね」

山崎が大きく息を吐く。桂の電話の内容がやっと理解できた。
基本的にあのアパートで料理ができるのは桂と新八と、そして山崎。
味比べということだから、一人が一種類のカレーを担当するようにしたいのだろう。じゃないと勝負っぽくない。
カレーは三種類。
料理が出来るのは三人。
要するに「お前は豚を頼む」とは、
「お前は豚(肉でカレー)を頼む(から作ってくれ)」
ということだ。
もっと簡単にいうと、
「明日ポークカレーを作れ」
山崎がふっと笑う。なんだそんなことか。

「じゃあ俺も作ろっかな。桂さんの用事ってそういうことでしょ?いいよ、作るよ。休みで暇してるし」

これは本当だ。のんびりするつもりで予定らしい予定を入れてなかった。

『あの、いいんですか?せっかくのお休みなのに』
「休日にのんびりカレーを作るのもいいんじゃない?煮込んでいる間は手が離れるしさ」
『・・・すみません。ありがとうございます』

少しだけ落ちた声音。人に気を使う彼女は山崎の休日を潰してしまうことに申し訳なさを感じているのだろう。
「あ、そうだ」と山崎が言う。

「俺の分担を少なくするために、妙ちゃんに手伝ってもらおうかな。もちろんいいよね?」
『あ・・・はい!もちろんです』

本当は一人でも大丈夫。
でも、これでいい。
妙が嬉しそう笑った気配がして、山崎もつられて笑った。


しかし、一つ疑問もある。

「ええと、俺はポークカレーだけでいいの?」

山崎が豚なら、牛と鶏は桂と新八で作るのだろうか。
『はい。買い出しや準備、片付けは私や神楽ちゃんでやりますから』
「で、チキンとビーフは新八くんと桂さん?」
『いえ、チキンが新ちゃんでビーフが先輩さんです』
「へえ。チキンが新八くんで、ビーフがせんぱいさんかあ・・・せんぱいさん?」
『はい、先輩さんです。明日桂さんが用事で少し家を空けるらしくて、先輩さんが代わりに作ってくださるそうです。あ、でも夕方には桂さんも帰ってくるし、皆で一緒にカレーを食べましょうね!じゃあ私はこれで。後でお菓子を届けに行きますね』
「え、あ、妙ちゃん?」
『俺は妙ちゃんではない、桂だ』

山崎が戸惑っている間に、いつのまにか通話相手が桂に戻っていた。

「ちょっと桂さーん、まさかあの人に頼んだんですか?」
『GW初日に予定もなく料理のできる知り合いはお前とあの男くらいしか思いつかなかったからな。食事あり材料費なしで了承を得た』
「あー、あの人いつも金欠だから・・・」
『子どもらも懐いているようだしな。そういうわけだ。俺の留守中、しっかり番犬頼んだぞ』
「仕方ないっすね。分かりましたよ」
『ああそれと後で俺の部屋に来てくれ。子どもらが集まっているから夕食を大量に作りすぎた。明日に残したくない。お前も協力しろ』

要件を言い終えるがいなや、通話は潔く切れた。耳元で鳴る通話終了の合図。山崎は静かになった携帯を少し見つめ、それをポケットに戻した。
すっかり止まっていた足を動かし始める。
変わる景色、変わる音。変わる色。日常に彩られた世界を泳ぐように進んでいく。ほんの数分前まで想像していた明日と違う明日がその先にあった。色とりどりのクレヨンでぐちゃぐちゃに塗られたような、様々な音が共鳴し鳴り響くような、そんな騒がしい日常という名の未来。
自然と笑みが浮かび、それを手のひらで隠す。また胸の中心が温かくなって、それが喉までせり上がり、笑い声が漏れそうになった。
それが何か分からなかったけれど。
いいな、と思った。



「僕の求めている日常」
title/DOGOD69
2012.05.15
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