ヅラパート | ナノ


 キミの左隣と右隣(沖田くん+妙+神威くん)

「オネーサン、遊ぼー」
「遊ばねェ。帰れ」

放課後の廊下には行き交う生徒がたくさん居て、友人とお喋りするもの、部活に向かうもの、課題に取り組むもの、その他にも様々な光景が見受けられた。
その中でも一際異彩を放ち目立っているのが、廊下の真ん中で志村妙を挟んで対峙するこの二人ではないだろうか。
一人は和やかな表情で妙を誘い、一人は無表情でそれを止める。
それぞれ異なる行動と態度だが、その手が妙の腕を掴んでいることだけは同じだった。

「俺はオネーサンと話してるんだけど」
「妙の代わりに話してやってんだ。先輩の親切が分からねえかィ?」
「親切じゃなくて邪魔だよね。やっぱり目障りだな」
「その言葉、そっくりそのままのし付けて叩き返してやらァ」

淡々と、声を荒げることもなく続けられる会話。
その間も妙の腕はしっかりと掴んだままで、互いに目障りな相手を払い除ける隙を伺っていた。

「ねえ」

終始無言を保っていた妙が問い掛けるような視線を二人に向ける。
弾かれたように妙を見る沖田と神威。

「私、図書室に用があるんだけど……」
「じゃあ俺が一緒に行ってあげる」

神威は妙の腕を引き、覗き込むように顔を近付けた。
その柔和な顔立ちは妙に警戒心を抱かせないようで、いとも容易く二人の距離は縮まる。

「ね、俺と行こーよ」
「神威くんと?」
「うん。一緒に居たいし、それにオネーサンの顔を見てたら我慢できないんだ」
「神威くんが我慢?」

変なの、と笑う妙に神威がより一層近寄る。

「ひどいなー、俺だって我慢くらいはするよ……今はしないけど」

意味深な発言に妙の笑い声は止まる。
弧を描いたままの唇に、神威の顔がそっと重なっていった。

「――近付くんじゃねェ」

触れる寸前で遠ざかった淡い色。その場所には鼻先をくすぐる甘い香りだけ残り、神威に喪失感を与える。
あと少しで手に入るはずだったその匂いの主を追い求めれば、視線の先に妙が居て。そしてその後ろには撥ね付けるような沖田の瞳があった。
寸前で横取りされた獲物。

「うーん……」

神威は目を伏せ、前髪を掻き上げる。その隙間から漏れた鋭い視線。しかしそれは瞬時に消えて。

「やっぱり邪魔だなー、センパイって」

前髪がはらりと落ち、神威はにこりと微笑んだ。

冷たく重い空気がその場を支配していく。
賑やかだった廊下に人影はなく、今や三人のみとなっていた。皆、巻き込まれたくないと避難したらしい。

「どうしよっかなー。ねえ、センパイはどうしたい?」

軽い言い回しにこめられた意味合いは決して軽いものではない。

「お前に消えてもらいてェな」

沖田の表情は変わらないものの、妙を掴む手に力がこめられる。
一触即発、張り詰めた空気が二人の間に満ち溢れ緊張感は最高潮となり、

『ピンポンパンポーン』

一気にしぼんでいった。
これ以上ないほど気の抜けた音階が校内に響き渡る。
続けてガチャガチャと耳障りな機械音。

『おい、これもう聞こえてんのか?試しに放送禁止用語言っても』
『駄目ですっ!!先生は用件だけ伝えて下さい!!』
『冷てえなぁ。これだから眼鏡は』
『アンタもサングラスでしょうが!!』

どこか聞き覚えのある声に神威と沖田、そして妙もスピーカーに顔を向けて聞き入っている。

『えーとなんだ。ああ、おい留学生。校門に今時珍しいヤンキー兄ちゃん達が群がってるけどよぉ、あれ全部オメェの遊び相手だろ。オメェが問題起こすと担任の俺に迷惑かかっから、バレる前にとっとと遊んで証拠隠滅してこい。分かったな。これ、栗ちゃん命令だよ』

言いたいことだけ言ってブツリと途切れた放送。
始まりと同じく軽快な音階を響かせて、校内放送ならぬ栗ちゃん命令とやらは終わった。
静まり返る廊下。
色々とツッコミどころの多い校内放送だったが、とりあえず分かることは一つ。

「今の、松平先生と新ちゃんよね。先生の言ってた留学生って」
「俺のことになるかなー」

妙と目を見合わせた神威が首を傾げた。
新八の担任が松平なら新八と同じ組である神威の担任も必然的に松平となる。それに問題児の留学生などそうはいない。
妙が頷いて肯定すると、神威は面倒そうに肩をすくめた。

「あーあ。一時休戦だねセンパイ。今日だけ特別、オネーサンの隣はセンパイに譲ってあげる」

先ほどまでの殺伐とした雰囲気はどこへやら、神威は随分と親しげな様子で沖田に声をかける。

「オネーサンも一緒に遊ばない?」

準備運動代わりに屈伸をする神威。不満ながらも、すっかり遊ぶ気満々らしい。

「いやよ。遊ぶって、喧嘩じゃない」
「違うよ、ただの遊び。アイツら弱いから遊ぶの面倒なんだけど、栗ちゃん命令一回きいたら単位もらえるんだよね」

栗ちゃん命令とは、名前のふざけた感とは反対に絶大な効果があるらしい。
色々と問題はありそうだが、松平はそうやって問題児である神威を上手く扱っているのだろう。栗ちゃん命令万歳だ。

腕をブンブンと振り回しながら神威は外を見やる。何やら声らしきものが聞こえるのだが、きっとあれが今日の遊び相手達だ。

「それよりさー、しょうこいんめつ、ってどういう意味なんだろ」
「いつも通り遊んでこいって意味だろィ」
「そーなんだ」

すっかり毒気を抜かれたのか、沖田の雰囲気も随分と柔らかくなっていた。
何気ない会話を二、三交わした神威は窓枠に手をかける。下を覗いて誰かしらに声をかけてから、

「あ、そうそう――」

と振り返った。
そこには沖田と妙が並んで立ち、どうしたのかと神威を見ている。どことなく似ている二人はどちらも整った顔立ちをしていた。
神威はそんな二人を見比べるようにしばし眺めて。

「今度また一緒に寝ようね、妙」

妙ではなく沖田を見やり、憎らしいほどの笑みを浮かべたのだった。


窓から勢いよく飛び降りた神威の姿はもう見えない。
校舎の向こうから男達の怒声が微かに聞こえ、神威が校門に到着したことが分かるだけだった。

「――どういう意味?」

いつもより沈んだ沖田の声に反応した妙の視線が沖田の視線とかち合った。

「また一緒に寝ようって、どういう意味」

妙を見据えながら淡々と話す沖田は、一見普段と同じように見えたが、その口調や表情からは苛立ちに似たものが感じられる。

「たまにね朝起きたら横で寝てるの。神威くんと神楽ちゃん。あ、神楽ちゃんって神威くんの妹で」
「知ってる。チャイナだろィ。じゃなくて、なんでアイツまで妙と寝てやがんでさァ」

明らかに不機嫌な声音。
怒っているとも苛立っているとも言えるが、一番近い表現は嫉妬ではないだろか。
そのことは妙にも伝わってくるのだが、沖田が何に嫉妬しているのかまでは分からず押し黙ってしまう。
沖田は短く息を吐いた。

「俺も妙と寝る」
「――え?」

真面目くさった顔ではっきりと言い切ったのは意外な内容。唐突すぎる沖田の言葉に妙は目を見開いた。

「寝るって……ここ、学校だよ」

一番の問題はそこではないのだが、思いもよらぬ発言に少々動揺して的外れな質問をしてしまう妙。

「学校でもどこでもいい。俺も妙と一緒に寝やすぜ」

風が動くたびに香るのは傍らに居る妙の匂い。
この甘い匂いを神威も嗅いだのかと思えば、沖田の眉間に皺が寄る。
こういった表情も、沖田にしては珍しいものだった。
そんな沖田をじっと見つめる妙の目は真剣で、恋愛感情に疎い妙がようやく自分の気持ちに気付いてくれたのかと沖田は秘かに期待を抱いてしまう。

「そんなに誰かと一緒に寝たいなら、うちに泊まればいいじゃない」
「――は?」

今度は沖田が驚く番だった。
妙は何を言っているのだろうか。
思考が停止した沖田は、ただただ呆然とするばかり。

「うん、それがいいわ。いつがいいかな……うーん、来週末とかどう?」
「…………夕方からなら……」
「じゃあ決まりね」

反応の鈍い沖田を気にすることもなく、妙がパチンと両手を鳴らした。
トントン拍子で決まった沖田の志村家お泊り。
あーだこーだと予定をたてる妙の声など、沖田は半分も聞いていなかった。
妙と寝たいと言ったはずなのに、どうやら違う解釈をされたらしい。
妙と寝たい。は誰かと一緒じゃないと寝られないという意味とでも思ったのだろう。
俺は一体どこの甘えん坊だ、と沖田は一人心の中で呻いた。

「そうだ、図書室!」

妙は慌てて時計を確認する。

「やだ、急がないと…じゃあ、私行くから!」

何度か時計と沖田を見比べ、パタパタと廊下を足早に歩き始めた。

遠くなる華奢な背中を見つめる沖田は溜め息を一つ。
妙から他愛も無いことのように告げられた提案。
それが沖田をどんな気持ちにさせるのか、きっと妙は分かっていないのだろう。
お互いがお互いに好意をもっていたとしても、その意識は大きく違っていた。
その違いは日増しに大きく深くなっているようで、些細な意識の食い違いが起きてしまう。
そんな時に現れた神威という存在。
妙に対する好意を隠そうともしない、妙の隣の部屋に住む年下の男。
沖田が神威を邪険に扱ってしまうのは仕方のないことかもしれなかった。

この状況はいつまで続くのだろうか。
いつか、何かが変わるのだろうか。
何よりも自分は妙の近くに居すぎたのかもしれない。
そんな思いを滲ませながら、沖田はその場に立ちすくんでいた。

そのまま小さくなるはずだった妙の背中が不意に反転する。
不思議そうに黒茶の瞳をクルクルとさせながら、まるで沖田が隣に居ないことが不自然であるかのように。

「一緒に行くんでしょ?」

約束したわけじゃないけれど、それでもそうすることが当たり前なのだと、隣に沖田が居るのは当然のことなのだと、そんな思いがこめられている言葉だった。

「一緒に行くのよね」

沖田の中で何かが動く。
固くなっていたものが温い液体になったような、そんな優しい感覚が沸き起こった。

「行くよ。一緒にいきやしょう」

沖田は応えるように笑う。
柔らかな色合いが浮かぶ、年相応の笑顔だ。
つられて微笑む妙が時計を確認して慌てる。

「沖田くん!」

手招きして呼ぶ妙の隣を目指し、沖田はトンと廊下を蹴った。


「キミの左隣と右隣」
2009.10.05
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