ヅラパート | ナノ


 ただいま入居者募集中(ヅラパート住人)

「だから、何度言ったら分かるんですか。絶対に貸しませんよ。どうせ甘いもの買うだけでしょ」

山崎の冷めた言葉に携帯の向こうから反論がくる。お決まりの台詞を聞き流すことにも慣れたものだ。

「はいはい。可愛げのない後輩ですみませんね。それなら給料日前にうちへ押し掛けて来るのやめて下さいね。後輩にたかるなんて恥ずかしいですよ、先輩」

わざと「先輩」という単語を強調して自分の立場を主張してみた。しかし、こんな嫌味が通じる相手ではない。あーだこーだと言い返してくるのは目に見えているのだ。休日の朝から何の電話かと呆れてしまう。

「俺より伊東さんにたかってみたらどうですか?俺の倍は貰ってますよ。多分」

とりあえず上司の名前を出して反応をみる。手強い相手が言われた通りにするとは思えないが、散々迷惑かけられているのだ。これくらいの憂さ晴しはさせてもらいたい。

「え?場所?場所は知らないですけど、なんかデカいマンションらしいっすよ」

意外にも山崎の提案に食い付いてきた電話の相手。矛先が伊東に向かうのを期待しつつ、上司の自宅を教える部下山崎。確かあの二人の力関係は先輩の方が上だったな……と、山崎の脳裏に見飽きた顔が2つ浮かんでいた。

「あー、代わりに眼鏡でも磨いてやったらどうですか?気がきくね、なんて言ってお駄賃くれるかもしれないですよ」

それはないと思うけど。と心の中だけで本音を漏らした山崎は、気分を変えるため携帯を耳にあてたまま窓に手をかける。多少の抵抗を感じつつ開け放たれた窓からひんやりとした気配が流れこんできた。ベランダに出て冷たい空気を吸い込むと気分も晴れてくる。山崎の視線が隣に動いた時、盛大な叫び声が聞こえてきた。







「ああああああああ!?」

集合住宅に住むもののマナーとして最悪な行動なことは百も承知だ。だがしかし、目の前に広がる光景に新八の理性も常識も吹っ飛んでいた。

「ななななななんで!?なんで!?なんで!?」

壊れたオルゴールのように同じ言葉を繰り返す新八。人差し指は膨らんだ布団に向けられている。しかもその膨らみは一つではない。

「なんで姉さんと一緒に寝てんだアアアアア!!!」

そう、ここは妙の部屋。本来ならば姉の妙だけが存在する空間だ。しかし、新八の目の前にある布団からは頭が三つ出ている。ちなみに真ん中が妙だ。

「うるさいネ、新八〜」

部屋の入口で立ち尽くしている新八に、眠たげに目をこすりながら右側の人物が声をかける。サラリと肩からおちる髪色は変わっているが、その白い肌に良く似合っている。普段は二つに分けて結ってある髪を下ろしていると、いつもより女の子らしくみえた。しかしそんな情緒に浸っている場合ではない。

「あああ、神楽ちゃんはいいんだよ!神楽ちゃんは!ゆっくり寝ててね。問題なのは君のお兄さんだけだから!!」

新八がなだめるように言えば神楽は一度だけ新八を瞳に映す。そしてゆっくりと立ち上がりベランダの窓を開けると、再び元の場所へと潜り込んだ。

「バカ兄貴ならそこの窓から捨てるといいアル…」

とんでもない言葉を平然と口にしつつ、再び眠りにおちる神楽。しっかりと妙の隣はキープしたままだ。

「そうできたらどんなにいいか……」

新八は苦渋に満ちた表情で呟いた。
まさか隣に越してくるとは思わなかった。この事実に担任が親指を立ててニヤリと笑っている姿が目に浮かぶ。しかし腹が立つだけなので無理やり消した。

「……神威くん。起きてるよね?」

何となく、そんな気がしていた。
新八は確認するかのように静かな口調で尋ねる。

「あれ?バレてたんだ」

クスクスという笑い声と共に神威が体を起こした。
やっぱりか…と、新八は不機嫌さを隠すことなく、笑顔を浮かべたままの神威を見つめる。

「今すぐ出ていってよ」
「えー、眼鏡くんが出て行きなヨ。そこからどーぞ」

そこ、とはベランダのことだろう。どうしてここの住人である自分が出て行かなければならないのか。新八の苛立ちは最高潮だが、相手は全く気にする素振りはない。逆に楽しそうですらあるのが憎たらしかった。
そんな新八から視線を外した神威は、隣にいる妙の寝顔を見ながら微笑んだりしている。

「オネーサン?」

額にかかる髪を触りながら妙に声をかける。しかし微かに睫毛が震えただけで、妙からの反応はない。

「かわいー。なんか、キスしたいなー」
「ちょっと待ったあああ!!」

聞き逃せない台詞に新八は待ったをかける。あまりにも神威の表情や言動が自然すぎて、止めるのが遅れてしまった。

「絶対にダメ!!」

今すぐにでも窓から叩き出したい衝動にかられるが、はっきりいって新八には無理だろう。

「姉さんに変なこと言うなって!!」
「変なこと?」

不思議そうに繰り返し、新八を瞳に映す。こういう時の表情は妹の神楽とよく似ていた。

「き、キスとか!そういうのは駄目!姉さんは寝起きはボーッとしてるから何言ってもあまり反応しないんだよ。だから、寝起きの姉さんに変なこと言うのは絶対にダメ!!」

キスなど言語道断だ。
新八が警戒心剥き出しで睨みつけていると、神威が僅かに目を見開いた。

「何言ってもなら、何やっても……てこと?」

問うような視線に新八は焦るが後の祭りだ。神威は妙の頬に手をかけると、甘いと評される笑顔を向けた。

「ねえ、オネーサン」

表情だけでなく、なんだか声も甘い。

「していいよね?」
「ん……なに」

うっすらと目を開ける妙。その瞼に神威は唇を寄せて囁く。

「二人でしたら楽しいことだよ」

ちゅ、と軽い口付けをおとして微笑んだ。

「何やってんだああああああああ!!!」

間髪入れず、キレる新八。
その声はベランダの外へと飛び出して、アパート中に響き渡っていた。







「今朝も元気だな」

庭で仁王立ちしながら歯を磨く桂。二階のベランダから聞こえてきた声に、感想を述べてみたらしい。

「しかし、問題もあるか」

何やら考えこむように歯ブラシを持ったまま立ち尽くしていた桂だが、不意に視線を上に向ける。

「山崎。お前も聞いただろう」
「聞こえましたよ。窓開いてるし」

二階のベランダの柵に寄りかかり携帯を見ていた山崎は、桂の問いかけに答えた。

「まさかと思うが、あれを利用しようとは考えていないだろうな」

あれ、とは先ほど聞こえてきた言葉だろう。

「俺、寝起きの女の子を襲う趣味はないですから」

パタンと携帯を閉じ、桂の方へ向き直る山崎。

「分かっている。確認しただけだ」

やはり親代わりとなれば心配もするのだろう。

「奴には絶対に知られないようにしなければ…」

徐々に増えていく眉間のシワ。頭に浮かぶのはあの男だ。出入り禁止にしてはいるが、神出鬼没な男だ。油断ならない。

「俺の方もいるんですよね。要注意人物が」
「お互い、友人に恵まれんな」

溜め息と共に吐かれた言葉に、山崎が笑った。

「あ、今日の歓迎会。俺と妙ちゃんが買い出し担当で、桂さんが新八くんと料理担当でしたよね」

思い出したように山崎が今日の予定を話す。こうやって二階のベランダと庭とで会話を交わしている間も、隣からは派手な音と大きな声が聞こえている。しかしそれは、あの兄妹が入居してからはよくあることなので山崎や桂も慣れてしまっていた。

「結構楽しみなんですよねー。久しぶりの入居者だし可愛いし」
「まあ、久しぶりではあるな」
「そうそう。桂さんと新八くんの手料理が食べられますし。それに…」
「客が来たようだ」

桂はアパートの入り口に目を遣りながら山崎の言葉を遮る。言い掛けた言葉は止まったままだが、桂のマイペースは今に始まったことではないので山崎も別段気にはならない。

「また後でな」

そう言って玄関へ向かおうとする桂。そんな桂を慌てて呼び止めた。

「桂さん。顔が酷いですよ。口をゆすいでから行った方が…」

真顔の美形に白い泡。
歯みがきをしながら喋っていたらこうなるだろう。はっきりいって不気味だ。

「ヤバいですよ、それ」

山崎が口元を指し示す。しかし無表情のまま口元を触った桂は「分かった」とだけ言い、そのまま歩き始めた。
しっかりしているようで、どこか抜けている管理人。
そんな桂の奇行にもすっかり慣れていた。それだけここに馴染んでいるのだと思うと、山崎はなんとも不思議な気持ちになるのだった。


桂の姿が消え、山崎が柵から体を起した時、タイミングよく携帯が鳴った。どうせ万年金欠なあの人からだろうと、確認せずに電話にでる。

「はいはい何ですか……………は?い、伊東さん!?」

山崎の声が裏返る。一気に冷や汗がふきだした。こんなのんびりとした休日には似合わない声が確かに聞こえる。

「それで、あの、どうしたんですか。え……来てる?ここに来てる!?」

衝撃の一言。
桂が出迎えに行った客とはこの上司のことなのだろうか。そして追い討ちをかけるような事実。

「ああ、先輩と一緒に……。仲いーですね……」

もう驚く元気もない。
山崎が力なく携帯をきり大きなため息を吐いた時、隣のベランダから視線を感じて顔をあげた。
いつもの黒髪をおろし、寝起きなのか少しぼんやりとした顔。

「おはようございます。朝から騒いですみません」

妙が申し訳なさそうに頭をさげる。

「気にしなくていいよ。賑やかなのは好きだから」

山崎が本音をもらせば、妙の表情が和らいだ。

「神楽ちゃんは隣で寝てるし、新ちゃんと神威くんは追いかけっこしてるし……。私が寝てる間に何があったのか不思議なんです」
「でも楽しそうだし、いいんじゃない?俺も妙ちゃんの隣で寝たかったなー」

軽い感じで言えば、妙が可笑しそうに笑う。冗談だとでも思っているのだろう。山崎本人は結構本気だったのは秘密だ。

「今日の歓迎会、楽しみですね」

入居者が増えたことを祝う歓迎会。出席者はもちろん入居者全員だ。本当に嬉しそうな妙の表情に山崎もつられて微笑んでしまう。

「神威くんも神楽ちゃんも仲良くなれたし、新ちゃんと桂さんの手料理が食べられるし、それに」
「妙ちゃんとデートできるし、ね?」

先ほどは桂に邪魔をされ言えなかった台詞を口にだしてみる。山崎の冗談めかした言葉に妙がまた笑った。

楽しいことはたくさんあった方がいい。そして、それは好きな人達と共有することができたらもっといい。

これから対峙する邪魔者をどうやって追い返すか。鳴り響くインターフォンを無視しつつ、山崎はじっくりと考えていた。




ただいま入居者募集中
2008.12.25



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「神威が入居したら…」や「神威妙が好き…」という素敵メッセージに便乗して書いてしまいました。あまり神威妙にならず、しかも山崎が目立っているという結果になってしまいましたすみません。

先輩の存在を匂わせてしまいました!先輩をこれ以上書くか分かりませんが、もし書いたら恐ろしいくらいグダグダになりそうな予感はしてます(笑)。

あのアパートは桂が認めないと入居できません。よって、なかなか入居者が増えません。でも、こんな仲良しアパートなら住んでみたいです。私も(笑)。

神威は楽しいですねー。無邪気攻めは書いててニヤニヤしました。神威が妙ちゃんと二人で何をしようとしていたのか……私にも想像がつかないです(笑)

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
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