▼ すべては君と、僕のため(新八+松平先生+神威くん)
「失礼します」
職員室を訪れた新八は真っ直ぐ担任の元へと急ぐ。禁煙の職員室で堂々と煙草をふかしている担任に白い目を向けつつ朝の挨拶を口にした。
「おう、早かったな」
一介の教師のくせに態度は校長より大きい。担任は新八を認めると、煙草を指に挟んだまま手をあげた。
「今日は何の用ですか、松平先生」
めんどくさがりな担任に雑用を押し付けられるのはいつものことで、今回も半ば諦めの表情で職員室を訪れたのだ。
「おいおい、そんな堅苦しい呼び方すんなよ。いつもみてえに栗ちゃんって呼んでくれ」
「呼んだことありません」
見た目は完全にその筋の人な担任の素顔はサングラスに隠れているせいで分かりにくいが、確実に栗ちゃんではない。
「で、なんですか?」
さすがに職員室は居心地が悪い。新八が急かすように尋ねると、担任は煙草を灰皿に押し潰した。
「今日からうちの組に留学生が来んだよ。おめぇ、世話してやれ」
「ああ、留学生が。こんな時期に珍しいですね……って留学生ィィ!?」
「日本語は喋れるっていうし、問題ねえだろ」
「ありますよ!」
担任の言葉にすかさず反論する。留学生が来ることは別に良い。異文化交流万歳だ。ただ、なぜ自分が留学生のお世話係に勝手に任命されているのかが疑問だった。面倒な事この上ない。
「それに今日からって。授業の受け方とか机の準備とか色々あるのに……あ、それよりその留学生は今どこにいるんですか?」
「そこ、いんだろ」
いまさら何を言ってんだとばかりに担任の指先が新八の隣を差す。途端に気配を感じる左半身。勢いよく横を向くと、そこに変わった色の髪を一つに結った男の子がニコニコと笑いながら立っていた。
「おはよ」
「お、はよう…」
目線は新八と変わらない。体つきは華奢で顔立ちも幼い。だがどことなく圧倒されてしまう雰囲気をもっていた。
「そいつが留学生だよ。とぼけた顔してんだろ。名前は…あー、名前なんだ?」
「神威。ねえ、眼鏡くん」
自分の名前をそっけなく答えながら視線は新八に向けられている。眼鏡くんとは新八のことだろう。安易だが的確なあだ名だ。
そんな神威が笑顔のまま口をひらく。
「オネーサン紹介してよ」
新八はオネーサン?と小さく繰り返した。もしもオネーサンがお姉さんの事なら新八の知るオネーサンは一人だけしか存在しない。
「僕……の?」
「そうだよ」
クラスメイトや担任から色々と言われ慣れてはいるのだが、まさか今日編入してきたばかりの留学生から姉の話しがでるとは、新八も全く思ってなかった。
眼鏡の奥にある大きな目をパチパチさせて、新八は留学生を見つめ続ける。
「退屈だったから遊んでたんだ。そしたら偶然面白いコ見つけてさ、でも逃がしちゃって。どうしよっかなって思ってたらそこの人に話し掛けられて」
「朝から乱闘騒ぎなんてよお、俺の若けぇ頃を思い出しちまったよ」
しみじみと呟く松平。気になる単語はあるが突っ込みたくはないと新八は思う。
「平気な顔で急所を狙って回し蹴りをしてくるような女の子はいるか?って聞かれたからさ、そんなの志村姉ぐらいだろって教えてやったわけよ」
「この人が、自分の組に弟がいるから紹介してもらえって」
悪怯れた様子もなく説明をする二人。神威の世話係に新八が選ばれた理由がなんとなく分かる。つまり、新八の姉が目的なのだ。
「だめだめだめ!そんな、だめだよ紹介なんて!」
「いいじゃねえか、姉の一人や二人」
「姉は一人です先生。それに僕は先生とクラスの奴らに無理やり賭けをやらされたのを許した覚えはないですからね」
ふん、と鼻をならす。
一ヶ月ほど前、担任とクラスメイトから強引に課せられた賭け。
『一週間日直を続けられなければ、姉の妙をみんなに紹介する』
反対したが多勢に無勢。無理やりに参加させられたことを新八はまだ根にもっていた。
「おめぇ、済んだ話しを蒸し返してたらモテねえぞ」
「僕は一人だけに好かれたいタイプですから」
「欲がねえなあ。いい女をはべらして酒を飲むのは男の浪漫だろ」
「それは先生の好きなことです!とにかく僕はそんな勝負はやりません」
「じゃあ、オネーサンに何があっても怒らないでね」
「なな何がって何が!!」
さすがの新八も姉のピンチにキレたらしい。得体の知れない留学生に大声をあげながら詰め寄っていた。
職員室中の視線は二人に釘付けだが誰も注意はしない。校長よりも態度のデカい男が傍にいるからだ。
「じゃあこうしろ」
担任が再び煙草をふかしながら二人を交互に見る。
「明日、志村が教室までたどり着けたら志村の勝ち。それを阻止できたら留学生の勝ち。スタートは6時に校門。7時までに教室に着かないとタイムオーバー。どうだ?」
ぐっ、と親指を立てニヤリと笑う担任、松平片栗虎。サングラスに隠れた目がキラキラしているのが嫌でも分かる。
「そ、そんな条件」
「面白そー」
「はい?」
無邪気に微笑む留学生の言葉に、新八の顔色は真っ青となる。
「俺が勝ったらオネーサン紹介してね」
担任の無責任な一言で、新八と神威の勝負は始まったのだ。
早朝の校内。
もう数時間もすれば人で溢れるこの場所も今だけは静寂を保っている。
そんな中、人影のない廊下を走り抜ける人物が一人。
場所を熟知しているのか、勢いを殺さないまま角を曲がり階段を登っていく。
彼の脳裏には昨日の出来事と、悪魔のような笑顔が繰り返し映し出されていた。
何度死にかけたか。
数々のトラップに容赦ない攻撃。それらを幸運と奇跡によってかわした新八は、ようやくたどり着いた教室を見て安堵する。しかし、それに浸っている暇はない。ゴールはこの先だ。
「おはようございます!!!!」
開け放たれた扉に手をかけたまま、ゼイゼイと肩で息をする。
ずり落ちていた眼鏡を元の場所に戻せば視界がクリアになった。
「着いたね、眼鏡くん」
教室の窓枠に腰かけていた神威がニッコリと笑う。
「良かった……」
一気に力が抜けたのか、新八は崩れるように座りこんだ。
「終わった」
新八は感極まって泣きそうになり目頭を押さえる。胸に手をあてながら乱れた呼吸を整えた。担任の余計な提案で始まったこの悪夢のようなゲームは終わったのだ。
「負けちゃったね。残念」
「僕は嬉しいよ」
地味で平凡な眼鏡もやるときはやるんだと唇が弧をえがく。
「俺も結構楽しかった」
もしかしたら神威は元々勝つ気はなかったなかもしれない。神威が本気であれば新八など一瞬でどうにかできてしまいそうだったからだ。数々の邪魔も本気というより遊んでいるように思えてならなかった。
何を考えいるのか分からないが笑顔を絶やすことなく新八を見ている神威。その視線はまるで値踏みをしているようだ。
いい知れない不安を抱き、新八は眉を寄せる。しかしはっきりさせなければと、眼鏡を整えてゆっくりと立ち上がる。ぎゅう、と握り締めた手は震えを隠すためなのかもしれない。窓枠に腰かけたままの神威を真っ直ぐ見つめた。
「何回勝負しても同じだから。僕は絶対に姉さんを紹介しないし、何回でも勝つよ」
多少の動揺はあるものの、はっきりと言い切る。これもすべては姉の笑顔と自身の平穏を護るため。そう思えば笑顔が零れた。
「へえ……」
そんな新八に神威は惚けたような表情を見せる。新八の行動に虚をつかれたようで、つくられたような笑顔とは違い、純粋に驚いているような表情だ。そんな顔は新八と同年代ぽくて、元の可愛らしい外見のせいもあり思わず親しみを感じてしまった。
「なんだ。結構面白いコなんだね。嬉しいな」
沈黙のあと、神威の顔に満面の笑みが浮かぶ。
「見た目はただの眼鏡なのに意外。でも、いいね」
どことなく引っ掛かる言葉だが、誉めていることは分かる。神威から放たれていた刃のような気配はすっかり消え、なんだか親しげなオーラを醸し出している。新八もつられて笑顔がもれた。
「じゃあ、この勝負で最後……」
「なおさらオネーサンに会いたくなっちゃった」
問題は何も解決していなかった。むしろ悪化中。
「早く会いたいな」
「いや、もうそれは…」
「そうだ。代わりに俺の妹を紹介するよ。口煩い子どもだけど君とは話が合うと思うな。甘いところがそっくりだ」
「別に神威くんの妹さんを紹介してもらわなくてもいいんだけど……」
「いつにする?」
ニコニコと悪意の欠片も感じられない神威の笑顔に引きずられそうになる。
しかし騙されてはいけないのだ。新八はゴクリと喉を鳴らす。この天使みたいな悪魔に弱味を見せてはいけないのだ。
ひょい、と音もなく降りた神威が新八の傍まで来ると肩に手を置いた。
「だからさ。オネーサン、紹介してね」
まるで陽だまりのような笑顔を浮かべる神威。
それだけは絶対に嫌だと、新八は深く息を吐いた。
すべては君と、僕のため
2008.12.20
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神威くんと片栗虎先生の登場です。楽しいけど難しいですね!偽者くさいですがあえてスルーの方向でお願いします。
神威兄妹がヅラパートに入居したら面白いとか思いました。志村姉弟と仲良くなってさ、可愛い四人に山崎あたりがデレデレしてると思います(笑)。可愛いもの好き設定ですので。四人と山崎で買い物行ったりしたら楽しそう。山崎パパは大変だけど、やっぱりデレデレしてそうです。「可愛いなー!!」とか四人を眺めながら言ってそう。ただのオッサンですから。
神威くんを新八と同級生にしましたが、なんか、年下っていいなーと思って。可愛いくて強引な年下男の子に迫られる妙ちゃんを想像したらえらい萌える(笑)。
松平先生は私の趣味です!校長より態度のデカい教師ですから。楽しかった!
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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