いつも集合は明るい日が射し込むカフェが多いのに、今日指定されたのは地下にある薄暗いカフェバーだった。カウンターに並んでお酒を飲んでいると、

「やっぱり今度もダメかもしれない」

 名前は涙声で言った。今日ここを指定したのは、泣き腫らした顔をあまり見られたくなかったのかもしれない。

「もしかしてりんどうさん? 何かあったの?」
「そろそろ先のこと考えたいんだけどって言ったら何て言ったと思う? 『今、疲れてるからまた今度にして』だよ。信じらんない」
「まぁ、仕事で疲れてたんじゃない? また今度聞いてくれるならいいじゃない」
「でもさ、そこからどんどん話が逸れてケンカみたいなっちゃって。家飛び出してきたんだ。いい歳して情けないよね」

 しょんぼりしながら強いお酒をあおり続ける名前に、それくらいにしておきなよと水を差し出した。
 ……うーん。今度はうまくいってると思っていたんだけどなぁ。私もカクテルグラスを傾けながら、なんと言ってあげるのが正解かを考える。恋愛なんてお互いの気持ちに常につり合いが取れてる時の方が少ないんじゃないかと思う。上手く長続きさせるにも相応の努力が必要だし、ままならないことだらけだ。ままならない恋愛だらけの私だって大したアドバイスなんて持ち合わせているわけもなく、こうして話を聞くことしかできない。
 次第にお酒に呑まれていった名前はりんどうさんへの恨みつらみ時々惚気をぶつぶつ呟きながら遂にカウンターへ突っ伏してしまった。


 私は酔いつぶれた名前をタクシーに押し込んで自宅へ運び込んだ。大学の頃から酔いつぶれた名前を介抱して自宅へ連れ帰るのはだいたい私の役目だった。ベッドに横たえて布団をかける。
 そういえば、先月二人でアフタヌーンティーに行ったときには、

「この前りんどうがね、旅行連れてってくれたの」
「りんどうがね、記念日に花束くれて」

 なんて幸せいっぱいに語っていたのに。それは単なる惚気だったけれど、名前があまりにも温かいオーラを振り撒いているから私は微笑ましい気持ちで耳を傾けた。
 ”りんどうさん”とはたしか付き合って二年ほどだったっけ。以前の名前は全くといっていいほど男運が無かった。お金を盗まれて逃げられたとか実は奥さんがいただとか。名前がこの上なくどん底みたいな声で連絡を寄越してくる度に私はなにかと話をきいて宥めてきた。そんな名前が順調にお付き合いを続け、どんどん笑顔も増えていったものだから私は勝手にりんどうさんへ感謝をしていたくらいだ。なにやら怪しい仕事をしているということだけは気がかりだけれど願わくば、このまま二人がずっと幸せでいられますように。そう、思っていたのに。
 すると突然、名前の携帯が鳴りだした。画面には『灰谷竜胆』の文字が並んでいる。
 噂のりんどうさんだ! そう思ったけれど、私は勝手に出るのも憚られてしばらく画面を眺めていた。しかし、いつまで経ってもコールが切れる兆しがない。名前も深い眠りの中だ。あまりにも長い間鳴り続けるので私は画面をスワイプした。

「もしもし」
「あれ? 名前じゃなくね?」

 りんどうさんの声を聞いて、私はちょっとだけ悪いことを思いついてしまった。

「私、名前の友達なんですけど、ちょっと大変なことになってて急いで来てくれませんか? 名前も一緒にいます」

 出来るだけ切羽詰まった風を装った。りんどうさんは途端に焦った様子になり住所を伝えると直ぐに電話は切れた。我ながら大女優だと思う。

「名前。りんどうさんが迎えに来てくれるよ」

 名前の頬には黒い線が二筋ずつ。こんな顔りんどうさんに見せたらダメかなと思って、ティッシュで涙の痕を拭ってやった。ほんとうならば、この涙を拭うのはりんどうさんの役目のはずだ。たいへん余計なお世話かもしれないけれど、大切な友達を傷つけられて私からも一言言ってやろうか、なんて。

 しばらくするとインターホンが鳴って玄関のドアを開ける。りんどうさんは急いで来たのか息を切らせて前髪がおでこにはりついていた。本物のりんどうさんは私の想像からはかけ離れていて、綺麗な色のくらげみたいな頭にとても端正なお顔立ちの方だった。

「名前っ、大丈夫ですか!?」

 まだ、息の整わない様子で血の気がひいたような顔をしている。

「とりあえず中へどうぞ」

 妙に落ち着き払っている私に訝し気な顔を見せながらもリビングへと上がりこむ。ベッドに近づいて私は言った。

「実は、酔いつぶれちゃってこの調子なんです」
「え? あ? そういうことか。なんだよ、マジか……よかった……」

 名前の横に腰を下ろすと、心底ほっとした表情で髪をゆったりと撫でた。その拍子にとさりと床に落ちた黒い小さなショップ袋。それを見て、一言言ってやろうなんて息巻いていた気持ちもたちまち消えていってしまった。
 なんだ。名前、しっかり愛されてるじゃない。
 『ハリー・ウィンストン』なんて、とってもいい彼氏捕まえたね。
 次に会うときは結婚報告になりそうだ。明るい日が射し込む教会で、名前のドレス姿はさぞかし綺麗だろう。
 二人の気の早い結婚式を想像して私まで嬉しくなった。

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