脅えてみせて
私は尾浜くんが恐ろしくて堪らない。だけどそれ以上に彼の目が怖い。分かりやすく言ってしまえば、私を見る彼の目が怖いのだ。捕らわれてはいけない。捕らえられてしまえば最後。きっと私は永遠に彼に逃がしてはもらえなくなるだろう



皆がすっかり寝静まったであろう、子の刻の時間。今宵の月はすっかり雲で覆われており、辺りは闇に覆われている。手持ちの蝋燭が、生温く流れる風に吹かれゆらゆらと揺れていた

すっかり遅くなってしまった。会計委員会の活動も一段落を着き、やっと自室に戻ることが出来たのだ。早く床に就き明日に備えて眠ってしまおう。それは込み上げてくる欠伸を噛み殺し、私が自室の戸に手をかけた時だった


「こんばんは、日乃さん。」


唐突に後ろからかけられた声に、私は小さく悲鳴をあげてしまった。ぞくっと背筋を駆け抜ける悪寒。振り向かなくても分かった


「あ、…尾浜くん…。」
「そうだよ。」


私は彼に背を向け戸に手をかけたまま、ぐっと息を詰まらせる。カタカタ音を立てる戸から、今の私が小刻みに震えていることが見てとれた


「こんな時間まで委員会活動、お疲れ様。」
「あ、ありがとう…。あの、私…明日早いからもう寝るね。お、やすみ…。」


これ以上、彼と言葉を交わすことが怖くて、私は早々に自室に入ろうと戸を引く手に力をいれた


「つれないなぁ。まだ顔も見てないのに。」
「っひ!?」


だけどそれは、上から尾浜くんに手を握り込まれることで失敗に終わってしまった。私はその手の冷たさと恐怖から、悲鳴を上げながらその手を振り払った


「相変わらず酷いな。そんなに俺のこと嫌い?」


必然的に振り返り、私は不意に尾浜くんの顔を真正面から見てしまう。尾浜くんは私が振り払った手をひらひらと振りながら、酷く愉快そうな笑顔を浮かべている


「あぁ、違うか。嫌いなんじゃないんだよね。」


にこにこにこにこ。音が着きそうなくらいの笑顔。私は彼のこの笑顔が嫌いだ この目が嫌いだ この声が嫌いだ


「夢さんは、俺が怖いんだよね?」


それが何よりも私に恐怖を与えるから


「ねぇ、どうして日乃さんは俺を脅えた目で見るの?」


ねぇ、俺の何が怖いの?何がキミをそんなに脅えせせるの?何がキミにそんな顔をさせるの?


「ねぇ、教えてよ。」


まるで私の脅える反応が、嬉しいのかと言う様に彼は笑みを絶やさない。そんな彼に私はただ脅えるだけ


「…あ、やだ……誰かっ…助け、」
「クスクスクス、助けなんて求めても無駄だよ?」
「っひ!?」


彼の指によって消された蝋燭の灯。一瞬にして全てが闇に覆われ、心の蔵が早鐘の様に音をたてる。私の顔は恐怖に引き攣り、情けなくも目からはボロボロと涙が零れ落ちた


「駄目だよそんな顔しちゃあ。そんなことしたらさぁ…」


彼は今までに無いくらいの笑みを私に向けたかと思うと私の耳元に口を寄せ、小さく囁いた


「欲情しちゃうでしょ。」


私が悲鳴を上げようとしたのを察したのか、尾浜くんは私の口を手で塞ぎ、空いた方の手で私の肩を強く押し部屋の中に押し込んだ。私は畳の上に滑る様にして倒れこみ、打ちつけた身体の痛さに小さな呻き声をもらす。尾浜くんは、それを上から見下ろして片手で静かに戸を閉めた


「その痛みに歪む顔もそそるよね。」

尾浜くんは舌舐めずりをしながら、至極楽しそうに、逃げれるものならば逃げてみれば?とでも言うかの様にゆっくりとした動作で倒れる私の上に跨った


「ねぇ、#name1…#何して遊ぼうか?」


まだ闇に慣れないこの目は、ただ彼のギラついた目だけを視界に収めるだけ。いっそのこと涙で覆われ、何も見えなくなってしまえばいいのに。溢れる涙はその役目を果たすことなく、頬を流れ畳に染みを残すだけだった


脅えてみせて
(ねぇ、もっと俺に見せてよ
 キミの泣いて、脅えて、悲鳴をあげるその姿を)

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