お菓子売りの少女
森の奥深くにひっそりと佇む小さな一軒家。誰も訪れることはない静かで寂しいその場所は唯一、私が私でいられる場所だった


「アップルパイはいかがですか?」

週に4回。私は町の通りで手作りのお菓子を売っている。昔からお菓子を作ることは大好きだった。それに唯一、お母さんが褒めてくれた私の特技だったから

「アップルパイはいかがですか?」

通りを歩く2人の男女に声をかける。「今日はとびきり上手にできたんですよ。」そう言って差し出したアップルパイは、バシンっという乾いた音と共に男の人の手によって叩き落されてしまった

「魔女の子が穢らわしいわ。」
「お前の作った物を食べる奴なんていねーよ。」

“魔女の子”

それが私がこの町の人たちから呼ばれている名前。この長い白髪の髪の毛に赤い瞳はあまりにも異端で、私は皆から忌み嫌われていた。仕方ない。何度もその言葉で諦めてきた。仕方ないよ、私は気持ち悪いんだもん。そうだよ仕方ないよ。そうやって全てを諦めてきた

「どうしてお前みたいな魔女がまだこの町にいるんだ」
「さっさと出ていけばいいのに!」

島を出ていこう。そうすれば彼らに罵られ、嘲り笑われることもなくなるだろう。何度思いついては考えても結局、行動に移せない私はただただこの町の通りで、売れることのないお菓子を売り続けた。仕方ないよ、そう自分に言い訳をしながら

だけど本当は怖かったのかもしれない。私は異端だ。気持ち悪い魔女だ。この容姿はきっと他の島の人たちをも不快にするのだろう。そう考えれば私はこの島から出ていくことなんて出来なかったのだ

「何とか言ったらどうなんだ!」
「本当に気持ち悪い魔女だわ!」

ドンッ

「お前なんて消えてしまえばいい。」去り際にその罵声と共に押された肩。私はバランスを崩してその場に勢いよく転けてしまった。そのお蔭で無残にもカゴから飛び出し、地面に転がるパイ。それはもう砂を被り到底、食べれる様な物ではなくなっていた

「…汚い…な…。」

そうだ私みたいだ。私は汚い…。きっとこのパイの様に誰からも必要とされない…。きっと、このまま忘れられていく存在

「…私なんて…、いらない…。」

じわりと視界の端が涙で滲む。地面に転がるパイを歪む視界の中で見ていれば、突然現れた誰かの手がひょいとそれを掴み上げ、パクリと口にした

「なかなか旨いじゃねぇか。」

パッと顔を上げれば大きな刀を持った男の人が、その砂の被ったパイを1つペロリと平らげてしまっていた

「…な、何して!それ、汚いのに…っ!」
「本当だ!僕、こんなに美味しいアップルパイ、初めて食べたよ!」
「焼き具合も丁度良いし、味も良い。」
「口煩いペンギンからお墨付きを貰うなんて、本当に菓子作り上手なんだな!お、確かに美味い!」

視線を彼の横へと向ければ、大きな白くまと白いつなぎを着た男の人が2人、またしてもそのパイをもぐもぐと口にしていた

「…どう、して…。そんなに汚い、パイ…。誰も必要としないのに…。」

茫然と座り込んだまま、そんな彼らを見上げる私。彼らは気持ち悪いと思わないのだろうか。汚いと思わないのだろうか。必要ないと…思わないのだろうか。ぐらぐらと定まらない視線に、心臓がドキドキと早鐘を打っている。大きな刀を持った男性は、そんな私の前にしゃがみ込むと、スっとその右手を此方に向けて差し出してきた

「お前がいらねぇなら、俺が必要としてやるよ。」

「周りがいらねぇっつうんなら、俺らが必要としてやるよ。」

そんな彼は真っ直ぐに私の瞳を見ている。ちゃんと私を見てくれている。私という存在を認めてくれている、そんな瞳で…

「…貴方は…。」
「トラファルガー・ローだ。」

ニヤリと笑むその彼の横で、楽しそうにキラキラと笑う彼らに、私は一瞬、眩暈がした。またしてもじわりと滲む視界で、私はそのキラキラとした世界をいっぱい目に焼きつけ、差し出されたその手をぎゅっと握りしめたのだ


お菓子売りの少女
(初めて、私を必要としてくれた人)
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