私 最強計画
海賊をやって海を航海していれば、敵船からの襲撃なんて日常茶飯事な訳で、今日も今日とてハートの海賊団は、敵の海賊団からの襲撃にあっていた。一応、この船のクルーとして乗船している私も、戦わなければいけないかと言われれば答えはNOだ。ほんの一月前までか弱い女子高生だった私が血気盛んな海賊共に立ち向かっていける筈もなく、私はいつも食堂の片隅で膝を抱えて待機していた。もちろん今日だって例外なく、船長の「終わったぞ。」という言葉を聞くまで、そこでひっそりこっそりと息を潜めていたのだ。そしてそんな今日も快勝というくらい見事に敵を叩き潰したハートの海賊団は、今は敵船から食料やらお宝やらを移している最中なわけで、私も何かお金になる物は無いかと、クルー達が持ってきた荷物を船長に見つからない様、がさがさと漁っていた

「船長!今、敵船の積荷を漁ってきたんですが、これ見てください!」

そんな時、ドタバタと喧しい足音を鳴らしながら、ハートの甲板へと駆け込んできたのがシャチだった。相変わらず騒がしい奴だなおい、と思いながらも視線を向ければ、彼は何やら慌てた様子で小さな宝箱を船長へと差し出していた。何だ何だ。もちろん、その中身が気になる私も、船長の背後からこっそりと忍び寄って、船長が持つ宝箱の中身を覗き込んだ

「…悪魔の実か。」

シャチがゴクリと息を飲んだのが分かった。いつの間にかクルーたちも周りに集まっていて、船長の持つその悪魔の実とやらを凝視している。はて、悪魔の実とは何だったっけ…。船長の持つ宝箱の中には、変なぐるぐる模様が付いた果物が1つ鎮座していた。明らかに私、美味しくないよ猛毒持ってるよ!と言っている様などぎつい水色をしている。何これ不味そう

「ねぇ、ペンギンさん。悪魔の実って何だっけ?」

タイミング良く隣にいた、ペンギンさんの服の裾をこれでもかというくらいに引っ張って尋ねてみれば、少し嫌そうな顔をしながらも丁寧に教えてくれた

「悪魔の実は「海の悪魔の化身」と言われる果実で、その実を一口でも食べた者は特殊な能力が身に付くんだ。だけど、一口食べてしまえば、後の実はただの果実となる。ま、その実の恩恵を受けた分、能力者は海に嫌われてカナヅチになるんだがな…。」

「前に説明しただろ。」なんてペンギンさんの嫌味は右から左にスルースキル発動だ。私はへぇ。なんて相槌を打ちながらも重大なことに気が付いてしまった。ちょっと待てよ。確か、船長も悪魔の実の能力者だったよね。そしてこの船には船長しか能力者はいなかったはず…。もしも私がこの悪魔の実を食べて、超人的な能力を手に入れたら船長をぎゃふんと言わせることが出来るんじゃないか!?いつもの理不尽な暴力やバラバラ事件になんて怯えなくていいんじゃないか!?はたまた、私がこの船をのっとってワンピースを手に入れて、海賊王になれちゃったりするんじゃないの!?

「…ふ、ふふっ、ふふふ。」
「…夢どうしたの?」

ヤバい、想像しただけでニヤニヤが止まんねぇ。不思議そうに私の顔を覗きこんでくるべポの言葉すらも、今じゃもう「やっちまえ!お前なら出来る!海賊王になれるよ!」なんていうエールにしか聞こえない。遂に私の時代がきたのだ!船長を跪かせるその時が!私は込み上げてくる笑いをぐっと押し込めて、至極真剣な顔をしたまま、ビシっと空に指を向けて声を張り上げた

「あーっ!あんな所に宇宙人がっ!!」

思惑通り、私の声と指差した方向に全員の視線が向いた。ぷーくすくすアホ共め!私は一瞬で船長の手の中にあった悪魔の実を横からかっ攫い、すぐに彼らとの距離を開けた。そんな私の行動に呆けていたかと思えば、すぐに「あーっ!おま、何やってんだよ!」なんていうシャチの声が飛んできた。ええい黙れシャチよ!私はそんな彼をはんっと、鼻で笑い飛ばして、手に入れた悪魔の実を高々と頭上に掲げた

「はーっはっは!悪魔の実は私が貰ったぁぁ!」
「は!?お前、何考えてんだよ!」
「何って、私が悪魔の実を食べるってんだよ!」

話が通じてないのかぎゃーぎゃーと、未だ喚き散らすシャチを「うるせいやい。」とあしらっていれば、何やら不穏な空気が辺り一体を包み込んでいることに気が付いた

「…どういうつもりだ、夢…。」
「うぇ、怖い…。」

明らかにお怒りモードのオーラを纏った船長が、軽く人を殺してしまいそうなくらいの視線で、此方を睨み付けていた。…やべ、しぬ。いやいやいや、だけど負けるな私。今、私の手の中には悪魔の実があるのだ。これがあれば、船長をけちょんけちょんにして、「夢様、申し訳ありませんでしたー!」と跪かせることだって出来るのだ。強気だ!此処は強気で返すのだ私

「ど、どうもこうも、これで船長の恐怖政治ともおさらばって訳ですよ!」
「…んだと?」

ギロリ。更に増したお怒りモードオーラに縮み上がる。っく、自分のか弱いこのラビットハートが憎いぜ!私はじりじりと船長たちと距離を開ける様に後退しながらも、禍々しい色をしたその悪魔の実をぐっと口元に寄せた。一口、そう思ってその実に齧りつこうとした時、足元に転がる何かに足を滑らせて私は、見事にずでーんという大きな音と共に顔面から、床へと激突した。痛い!そう思ったのも束の間、ぐしゃあ何ていう生々しい音と共に酷い鈍痛が額に走った

「ひげぶっ!」

痛いいいいい!額を抑えながらゴロンゴロンと甲板を転げまわるが、どんなに暴れまわっても痛みは引かないどころか更に増している気がする

「ぎゃあああ!」
「な、おい!夢、大丈夫か!?」
「わああ!夢ーっ!」

遠くからシャチとべポの焦った声が聞こえる。心配するなら助けろ!額がこれ、割れてる!絶対に割れてる!だって額がびちゃびちゃだもん!と思いながら、恐る恐る、額から片手を離してびちゃびちゃなその手を見る。だけど、あれ。赤くない…透明…

「血が透明いいいい!」

ぎゃあああ!とその液体を見て悲鳴をあげる私に、シャチが「血じゃねえよ!」とツッコミを入れている。血じゃなかったら何だっていうんだよ!そう思って言い返そうとした時に、ふと視界の端に見覚えのある水色のそれが映った。あれ、あれって…悪魔の実…。ぐっちゃぐちゃに粉砕された悪魔の実が、無惨にも床の上に散らばっていた。あれ、これあれ。私はそっと額の液体を掬って、くんくんと嗅いでみた。くっせ!これ、くっせ!むせ返る様な臭いに、ごほごほと咳き込めば、それとは別にジワリと瞳に涙が浮かぶ。どうも私の可愛い額が、見事に悪魔の実を粉砕してしまった様だ

「…ダーリンんんん!」

ぐちゃぐちゃの汁まみれになったそれを、両手で掬い上げて私はしくしくと涙を流した。さながら、愛する恋人を失った悲劇のヒロインの様だ。私はそれらをぎゅっと胸に抱きしめて、「ごめんね。」と言葉を零した。だけど粉砕してしまったからと言って、食べれなくなった訳ではない。床掃除はちゃんと毎日やってるから、別に落ちた物だからって気にしませんよ私は。そのまま胸に抱きしめた実を、口に入れようとした時、チューチューなんていう鳴き声が下から聞こえた

「何だよチューチューってうっさ、…。」

その音につられて下を向いた瞬間、私の中の思考回路は機能を停止した様で。一瞬、何が起こったのか全く理解が出来なかった。あれ?ネズミさん、何食べてるの…。それお菓子じゃないよ。悪魔の実だよ。あれ…

「チューチュ、ぶふっ!」

もしゃもしゃとその砕けた実を食べたネズミは、噂通りの酷い味だったのだろう。思いっきり食べた実を噴出して、バタンとその場に倒れてしまった。漸く働き出した私の思考回路は、やっと状況を理解した様で、それと同時に走馬灯の様にペンギンさんの言葉が思い出された

「だけど、一口食べてしまえば、後の実はただの果実となる。」

「ぎゃああああ!おま、おま!何してくれとんじゃぁぁあ!」

倒れたネズミを鷲掴んで、吐けよ!オラ吐けよ!と前後に降り続けていれば後ろから「やめてぇぇ!ネズミさんは悪くないんだぁぁ!」なんて言われながらべポに取り押さえられた。酷いよこんなのってあんまりだよ!今までしおらしくお淑やかに世界の平和の為に生きてきたのに、こんな仕打ちなんてあんまりじゃないか!神様のバカぁぁ!

「わああん!私の最強計画がああ!」
「あわわ夢、泣かないで!」
「ちょ、マジで落ち着け。今ならきっと船長も半殺しくらいで許してくれるから!な!」
「わあああん!半殺しってもう半分死んでるじゃないか!シャチのバカぁぁ!」

ぽかすか、シャチのキャスケット目がけて拳を八つ当たりの如く振り下ろせば、「おま、止めろ!」なんて特大の拳骨をいただいた。わああ!痛い酷いシャチのバカ!

「女の子に手をあげるなんて最低よ!もう2度と、私の前に顔を見せないで!」

ハンカチで涙を拭きながら、船内へと走り去る様に駆けていけば当然の如く船長に首根っこ掴まれて止められました。脱走計画失敗の様です。詰んだ…

私 最強計画
「おい、ペンギン…。」
「はい…。」
「首に縄つけて海に沈めとけ。」
「わかりました。」
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