Mystery Day
目が覚めたらそこは知らない場所で、身体が縮んでましたなんて何処の三流小説なんだと思ってしまった私をどうか責めないで欲しい。確かに私はハートの潜水艦に乗って、仲間たちと共に新世界の海を渡っていたはず。それなのに、どれだけ鼻を啜っても掠めることの無い潮の香り。海の中にいる筈なのに、陸地にいるかの様に全く揺れることのない床。おまけに布団の下にある私の身体は、鏡を見なくても分かるくらいに縮んでしまっている。私はそっと自分の右頬に手を伸ばし、ぎゅっと抓りあげた。…痛い。痛すぎて涙が出そうだ。だけど痛いということは夢ではなくて、現実だという証拠。もしかして他の海賊船、はたまた海軍の襲撃にでもあったのだろうか。だけど今晩の不寝番はペンギンだったはず。そう簡単に、襲撃を許すなんてことは考えられない。それだったら何故、私はこんな所に1人でいるのか。おまけに身体まで縮んで…。うーんと考えていれば、トントンとゆっくりとこの部屋へ向かってくる1つの気配にハッと顔をあげた。真っ直ぐに此方へ向かってくる足音に、私は布団から這い出して、ドアから離れた場所で攻撃体制を整えた。敵だったら一発で仕留める。私は、そのままドアの前でピタリと止まった足音に警戒を強め、何者かとギッ睨みつけた

「夢ちゃん、もう朝よ。そろそろ起きないと……って何してるの?」
「……へ?」

ドアからひょっこりと顔を覗かしたのはサラサラな黒髪を持った、普通の女の子だった。全く殺気など感じられず、寧ろ一般人なそれに私は拍子抜けしてしまい、「え?」「あれ?」とテンパるばかり

「もう夢ちゃん、どうしたの?まだ寝ぼけてるの?」
「…え、いや、寝ぼけてないけど…お姉さん、誰?」

その言葉にお姉さんはクスクスと笑みを零して、「やっぱりまだ寝ぼけてるじゃない。」とおかしそうに言う

「私は毛利蘭でしょ。貴女が今此処に住んでる家の娘。夢ちゃんは今、家で預かってる子よ。もう、大丈夫?」

毛利蘭と名乗った女の子は、またもクスクスと笑いながら「朝ご飯の支度はもう出来てるから、着替えたら早く来るのよ?」と言って、部屋を出ていってしまった

「…え、どういうこと…?預かってる…?え、一緒に住んでるってこと…え?」

何が何だかちんぷんかんぷんだ。だけど彼女が嘘を吐いている様には何だか思えない。私は未だこんがらがる頭のまま、部屋の中をキョロキョロと見渡した。そこで目に付いた、赤いフレームに収められた1枚の写真。そこには、先程の女の子と、小さい頃の私、小さな男の子と、背の高いおじさんが「毛利探偵事務所」と書かれた建物の前で笑っていた。間違える筈は無い、これは私だ。一体、何なんだ…。この写真を撮った覚えもないし、周りにいる彼らのことを私は知らない。だけどあの蘭と名乗った女の子は、私のことを知っていた

「あーもう!分からない!」

とりあえず私は布団の傍らに置かれていた服を手に取り、着ていた寝間着からそれに袖を通した。パステルなミントグリーンのパーカーに白っぽいシフォンスカートは、サイズもピッタリで妙にしっくりしている。私はとりあえず布団と寝間着を部屋の隅に畳んで置き、そっとドアを開けて顔を覗かせた

「…誰もいない…。」

廊下はシン…と静まり返っている…だけど少し先にあるドアの奥から僅かに人が動く気配がする。私はパタンと後ろ手に部屋のドアを閉めて、一歩一歩と気配のする方へと足を進めた。手持ちの武器は今、此処には無いけど体術には自信がある。もしそれでもダメなら、私には“奥の手”だってある。周りを警戒しながらも、私はその扉へと手をかけ、そっとドアノブを右に回した

「夢ちゃん、やっと来たわね。ほら、早く座って!ご飯にしましょ。」
「何ぼーっとしてんだ?さっさと食わねーと飯が冷めちまうぞ。」

そこには新聞片手に椅子に座っている、口髭を生やしたおじさんと。先程の蘭さんが、ほかほかのご飯をお茶碗によそい、テーブルに並べているところだった。じっと、おじさんのことを見すぎたせいか、「どうしたんだ?」とおじさんは眉根を寄せて此方を見てくる。私は慌てて「ううん、何でもない。」と言ってサっと空いている席に腰を下ろした。やっぱり間違いない。このおじさんも、あの写真に写っていた人だ

だけど一体、私の身に何が起きてるんだ!?身体が縮んでるのは追々、船長に見てもらえば良いとして。まずこの場にいる原因を見つけなくちゃいけない。明らかに警戒なんてしない2人を前に私はうーんと首を傾げた。彼らは敵じゃないと見て、此処は何処でどうして私は連れて来られたのか。私の仲間たちは何処にいるのか。居候してるとはどういう意味か。うんうん、と頭を捻っていれば後ろのドアがカチャリと開いて、そこからひょこりと眼鏡をかけた少年が顔を覗かせた。うん、間違いない。彼も一緒に写真に写っていた少年だ

「蘭姉ちゃん、おじさん、おはよう。」
「おはよう、コナンくん。今日はいつもより起きるの遅かったのね。」
「何だか昨日、なかなか寝付けなくて。」

あははと頭に手をやり、困った様に笑うコナンと呼ばれた少年。そんな彼をじっと観察していれば、バチっと彼のそれと私の視線がぶつかった。キョトンと目を丸くして私を見る彼に、私も負けじと視線をそのまま返せば、彼は隣にいた蘭さんに「ねぇ。」と声をかけた

「その子、お客さん?」

不思議そうに首を傾げる少年に、今度は私が首をかしげる番だった。彼は私のことを知らないのだろうか。てっきり、一緒にあの写真に写っていたものだから、私のことを蘭さんや、おじさん同様、知っているのだとばかり思っていたけど…そうでも無いらしい。どういうことだろう

「もう、コナンくんまでまだ寝ぼけてるの?夢ちゃんじゃない。」
「…夢?」

そう私の名前を復唱する少年に、今度はおじさんが「おいおい、どうしたんだ?」と新聞から視線を外してそう言った

「お前と同じで此処に居候してる夢だろ?」
「そうじゃないコナンくん。それに夢ちゃんは、コナンくんの従妹でしょ?」
「え、い、従妹!?」

驚いた様に目をパチくりと瞬かせる少年に、私も同じ様にパチパチと目を瞬かせた。あれ!?この少年は私の従妹なの!?いやいや、そんな筈はない!今はもう私には家族も親戚も誰もいない筈…。ましてやこんな小さな従弟がいるはずがないのに

「ほら、もうとにかく早くご飯食べちゃわないと!遅刻しちゃうよ!」

部屋の壁にかけられた時計に視線をやった蘭さんが、慌ててそう言えば、戸惑いながらも少年は私の前の席へと腰を下ろした。それから「いただきます。」の合図で、朝食が始まったのだけれども何だか私の心はもやもやしたまま。私は、未だに自分の身に起こったことをうんうん頭の中で考えながらも、しっかりと箸と口は動かしていた。ポリポリとお漬物を齧りながら正面に座った少年をこっそりと盗み見れば、またしてもバチりと彼の視線とぶつかった。すぐにふいと逸らされてしまったけど私は、その黒縁の眼鏡の奥で、少年の青色の瞳が訝しげに細められたのを、見逃しはしなかった



それから美味しいご飯でお腹を満たした訳なんだけど、どうやら私は小学1年生というものらしく、学校へ通っていると蘭さんとコナンくんの会話から情報を得た。学校は分かるけど小学1年生とは何なんだろう、というかこの赤いリュックサックみたいな物は何なんだろう。両肩に伸し掛かる様に巻き付く窮屈さに眉をしかめていれば、蘭さんは私たちと違う高校という学校へ通っているらしく、此処でお別れだと頭を撫でられた

「じゃあ、コナンくん、夢ちゃん。お勉強、頑張ってね。」
「はーい!蘭姉ちゃん!」
「…えっと、行ってきます。」

そう言って手を振れば、蘭さんは満足そうに笑って人ごみの中へと消えてしまった。さて、私たちはこれからその小学校とやらに行くのだろうか。隣にいるコナンくんに尋ねてみようとしたところ、彼は行き成り蘭さんへ向けて振られていた私の右手をガシリと掴み、そのまま引きずる様にして路地裏へと入っていく

「ちょ、な、何するの!?」

私の静止などお構いなしに、ずんずんと奥へ奥へと進んでいく彼に少しだけ苛立ちが募る。ギリギリと握り締められた右の手首が痛いと悲鳴を上げている。こんな小さな少年に大人気無いかなと思いながらもいい加減、一発お見舞いしてやろうかと思った時、彼は私の手をパッと離し、その鋭い視線を突き刺してきた

「オメー、何者だ。蘭やおっちゃんに何をした。」

カチャリと何か腕輪の様な物を、此方に向けて構えているコナンくんに一体何なんだと眉をしかめる。何者だなんて、それはこっちの台詞だと言うのに

「私は彼女たちに何かした覚えはないよ。寧ろ聞きたいのはこっちの方。」
「何かしてないなら、何で蘭やおっちゃんがオメーのことを居候だなんて言うんだよ。現に、俺は知らねえし、あの家に俺以外の居候がいなけりゃ、従妹もいない。」

「何をした。」そう言って睨み付ける様な鋭い視線をぶつけてくる少年に、私は「だから何もしてないよ。」とまた同じ言葉を繰り返した

「そもそも、何かしたのはそっちなんじゃないの?」

腕を組んで私も負けじと睨み付ければ一層、彼の警戒は増し、「何だと?」とドスの聞いた声が返ってきた。何なんだ最近の子供は。皆こんなにマセてるのか!?私は、あまりに可愛くない少年に溜息を一つ零して、「だから。」と私の言い分を述べる為に口を開いた

「何をしたなんて私が聞きたいよ。私、昨日はちゃんと潜水艦の中で眠ったんだよ。それなのに朝、目が覚めたら知らない場所にいるなんて、誰かが船に侵入してこっそり連れてきたか、私の夢遊病しか考えられないじゃない。いや、夢遊病じゃないけど。」

うーん、と考えながら私は目の前の少年に、次々と自分の疑問をぶつけていく。彼からは「は?何言ってんだコイツ?」みたいな視線を投げかけられているけど、あえて今は気づかないフリをしておいた

「しかも可笑しなことに私が今いるこの場所が海の中じゃなくて、まさかの陸地だってこと。うちの航海士の話じゃ、次の島はまだまだ先だから当分、上陸はしないって言ってたのに。だから昨日の今日で私が陸の上にいるなんてことはおかしいんだよね。」

「それに初対面の人があたかも私を知っているかの様に話しかけてくる。お尋ね者だから顔と名前が割れてるのは分かるとしても、海軍に突き出すそぶりすら見せない。その上に居候だとか従妹だとか…もう何が何だか意味不明。」

私はお手上げ状態だと言う風に肩を窄めた。それにまだまだ1番の大きな謎が1つ残っている。私は自分の両の掌を見つめて、コナンくんの前にずいっと突き出した

「なにより1番、問題なのが身体が小さくなってることだよね。これでも私、17歳なんだよ。」

私は手をぐっぱぐっぱしなながら、これは困ったと苦い笑みを浮かべた

「だからね、もし君たちが私に何かしたと言うなら、早いとこ仲間の元に返して欲しいんだよね。」

きっと突然、消えてしまった私を仲間たちは心配しているだろう。だから早く戻って安心させてあげたい。だからお願いと彼の顔を伺えば、少年は行き成りガッと私の両腕を正面から掴んだかと思えば、ぐいっと顔を近づけてきた

「な、何!?」
「もしかして、オメーもあの薬を飲んだのか!?」
「へ?薬!?」

「どうなんだ!」なんて詰め寄ってくるコナンくんの豹変っぷりに私は目を白黒させた瞬いた。何だ薬って!そんなの飲んでないよ!と思いっきり頭をぶんぶんと振れば、がっしりと掴んでいた私の腕をパッと離し、今度は「じゃあ、どうやって…。」なんてぶつぶつ言いだす始末。とりあえず薬とはどういう意味だろう。ここ最近で飲んだ記憶があるのは2か月くらい前か、船長に貰った風邪薬ぐらいだ。というか彼は一体、どうしたと言うのだ。とりあえず今、一番気になっている薬について尋ねようとすれば、またしても彼のキッと鋭い視線がぶつけられた

「じゃあ、まさかオメー組織の人間か。」

もう何なのこの子!本当に疑ったり詰めよってきたり忙しい子だね!もう何か面倒くさい!ただでさえ今日は朝から色々ありすぎて疲れてるって言うのに。私は何だか考えるのも面倒くさくなって、「組織っていうかハートの海賊団の一味だけどね。」とぺロっと薄情した。それに別段、正体をバラした所で私に何の支障もない。どうせ私の手配書は世界中に出回ってるし、きっと彼もハートの名くらいは聞いたことがあるだろう。そう思って言ったのに彼はあたかも今、知った様な驚いた顔で「は!?」と素っ頓狂な声をあげた。何この反応…まさか

「え、本当に知らなかったの?」

あれ?じゃあ、本当に私が此処に連れてこられたのに彼らは関係ないのかな…。て言うかそれよりも何よりもお前の頭、大丈夫かみたいなバカにした視線が腹立たしいんですけど!

「オメー何、言ってんだよ。海賊だとか海軍だとかお尋ね者だとか、頭大丈夫か?」
「あ、やっぱりバカにされてた。」

カチンときた。何と言うか彼は期待を裏切らないのだろうか。一気に探る様な鋭いものから呆れた様なバカにしたものに変わった彼の視線に、私は大人気なくも本当に一発ぶん殴ってやろうかと拳を握りしめたが。だけどダメだ幼児虐待これダメ絶対。私はフっと笑みを零し、掌の力を緩めた。そうだ身体はこんなにも小さくなってしまったが私は大人だ。それなのにこんな小さな子供に大人気ない。此処は1つ大人の余裕を見せてあげなくては…。私は未だに腹立たしい視線をぶつけてくる彼に笑みを向け、優しく説明してあげようと口を開いた

「あの海賊だもんね。君が怖くなっちゃうのは凄く分かるよ。だけどね、お姉さんは本当に海賊なんだよ。」
「は、お前だから本当、何言ってんだよ。」

「それにね。」

「そんな人をバカにした様な目してると、お姉さんうっかり手を滑らして君の頭に風穴開けちゃうかもしれないぞ。」

ドゴォォォン!

「ね?」

小さな子供を怖がらせない様に、とびきりの笑顔を浮かべながらも握りしめた拳でビルの壁を軽く粉砕してみせれば、その砕け落ちたコンクリート片にコナン君の口元がヒクりと震えた気がした


Mystery Day
(探り探る世界に探偵と海賊)
「あれ?コナンくん顔が真っ青だけどどうしたの?」
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