狂気的独占欲
「ただいま。」

いつもより遅くなってしまた帰宅時間。皆、心配しているかな。私は走って帰ってきたせいで額に浮かんでしまった汗を手拭いで拭い、万事屋の玄関扉を開いた。だけど、いつもだったらすぐに聞こえてくる「お帰りなさい。」の言葉が聞こえてこないどころか、室内は明かりが消されていて真っ暗だった。普段、この時間だったら部屋の明かりは灯されていて、家主たちの明るい声でいっぱいのはずなのに。だけど、途端に咽返る様な酷い鉄の匂いが、激しく私の鼻を突き刺した。鼻を押さえていないと倒れてしまいそうな程の濃い匂いに、頭がくらくらする。真っ暗で確認出来ないけど嫌な予感が頭を支配する

「…ぎ、銀ちゃ…ん…、神楽、ちゃん……新八…くん?」

不安になり呼びかけるも、物音一つしない万事屋にじわりと嫌な汗が頬を伝う。私は恐る恐る、廊下の電気を灯した。パっと明かりに照らされる廊下、いつも見慣れた場所なのに、私はその光景を見て小さく悲鳴をあげた

居間に入る扉の障子が真赤に染まっていたのだ。絵の具じゃない…まるで血の様な赤に

「…な、何が……皆…い、いないの…?」

だらしなくも声が震える。身体が震える。今にも倒れてしまいそうだ。口の中がからからに乾いてしまい、僅かに残った唾液を飲み込めばごくりと静かな廊下に響き渡った。私は震える手をギュッと片方の手で押さえつけて、居間へ続く扉を開いた。ぶわっと生暖かい空気と、更に強くなる臭いに私は耐え切れずに膝をついてしまった。

「…ごほっ、ごほ…っ。」

苦しい程の空気に自然と目尻に涙が浮かぶ。手拭いで鼻を覆い、私はゆっくりと中を覗いた。だけど居間の中はやっぱり赤で、漠然と血の海だという言葉が1番相応しいとさえ思った。だけどそんな中で見慣れた色を1つ見つけた。廊下から差し込む光で微かに光る銀色の髪

「…銀、…ちゃん」

部屋が一面、赤の中でその色は異様に際立っていて不自然だった。それに彼の手元には、いっぱいの赤をその刃につけてぎらぎら光る一本の刀。そして彼の足元には転がる大切な人たち

「…か、神楽ちゃん!新八くんっ!」

いつも笑っていた2人なんかじゃなくて、ただ赤に染まって、光を失った2人の姿

「夢、お帰り。遅かったな。」

その中でいつもの笑顔を顔につけて笑う彼に、初めて私は彼に対しての恐怖を感じた。私は、こんな彼を知らない…

「ん、どした?そんな脅えた顔して…ああ、これ?別に大したことじゃねぇんだよ。」

そう言いながら彼は、転がる新八くんの身体を蹴り上げて仰向けにする。その反動で水たまりになった血がべちゃべちゃと嫌な音を奏でる

「何かこいつらがさ今日、お前が他の男と2人で歩いてたのを見かけたって言うんだよ。んで遂にお前が俺に愛想尽かして、俺を捨てたんじゃねぇかって。俺、何か腹たっちゃってさ。」

「夢が浮気なんて、んなことするわけねぇのにな。」

手元の刀をカチャカチャと弄びながら彼は、刀みたいにぎらりと光る、その紅色の瞳を私に向けた

「そうだろ………夢?」

こんなの狂ってる。こんなの銀ちゃんじゃない

「夢は俺のこと愛してるもんな。」
「…銀、ちゃん…あたし…。」

じゃあこの人は誰なの、銀ちゃんは何処にいったの?

「…私、…今の銀ちゃんは……好きじゃない。」
「……そう。」

彼は私の愛した坂田銀時じゃない。私の愛した彼はもういない。もう戻ってはこない…

「じゃぁ、夢ももう、……いらねぇや。」

俺のことを愛してない夢なんていらない


そこからはもう何も覚えてはいない。銀ちゃんの振り下ろした刀が身体を斜めに走って、それで私の人生は幕を下ろしたのだ。だけど最後に伝えたかったな

「(銀ちゃん…今までありがとう、愛してたよ…さようなら…そして……)」



「…ごめん…な…。」

ただ最後に、綺麗な雫が彼の頬を伝った様な…そんな気がした


狂気的独占欲
(離れていくなら壊すから)
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