04
「……………………」
兵長の部屋の前。
どうにか辿り着いたその場所は、今まで何度も来たことがあるのに、今や私を阻む壁となって存在していた。
ノックをする勇気が出ず、数分。
このままでは朝になってしまうと覚悟を決めた。
……筈が、やはりドアを叩けない。勇気が出るようにと、胸ポケットから髪飾りを取り出した。
兵長が、私にくれたもの。
宝物で、お守りだった。
そっと口付けを落として、左手に握りしめた。そうすると心強くなったような気がして──とうとうノックした。
反応はない。
室内に居るのは確かなのだが、聞こえなかったのだろうか。心配になりながら、もう一度。
やはり部屋の中から返事はなくて、途方に暮れてしまった。この場合どうしたら良いのか、全く考えて来なかった。
「兵長……」
そっと、ドアに向かって声をかけた。
ノックが聞こえなかったのだから、これも聞こえる筈はないのだけれど──
「……っ」
──と思っていたら、物凄い勢いでドアが開いた。
「兵長……っ」
びっくりした。とにかくびっくりした。
ドアの開く速度と、何より兵長の様子に。
驚きと戸惑いと困惑と──そんな色々が混じった表情だった。きっと私も同じような表情を浮かべているに違いない。
このまま黙っていたら、部屋に逃げ帰りたくなってしまう。そうしたらもう溝が修正不能なまでに深まってしまいそうで、左手の髪飾りをぎゅっと握りしめる。
「……入っても、いいですか」
やっとそれだけを言うのに、心臓が壊れてしまいそうだと思った。
その瞬間に、腕を掴まれて引き寄せられる。
「あっ」
油断していたのでバランスを崩しかけ、手から髪飾りが滑り落ちる。かつん、と固い音がして壊れてしまっていないか心配になった。拾い上げようとしたところで、
「……もう、いらねえのか」
「えっ?」
「突っ返しに来たのか、それ」
それ、とはの髪飾りのことだろうか。
いらない? 誰が? この髪飾りを?
「そんなわけないです!」
いらないわけがない、宝物でお守りで──とにかく大切で大切で大切なものなのに。
一息で言い切ってしまってから、恥ずかしさが襲ってくる。勢いでとんでもないことを言ってしまった。
「……なら、いい」
引かれるかと思ったものの、流してくれたことにほっとする。ソファへ座れと促されて、その通りにした。
三日間来ていないだけなのに、とても恋しかった。
隣に座られただけで熱が上がりそうなことは、きっと知られてしまっているのだろう。
兵長に触れられたくて、くっつきたくて、いやらしいことをされたくて、したい。
どう誤魔化しても、それが私だった。
引かれても呆れられても、それが本心だった。
それでも、伸びてきた兵長の手を受け入れて、そんな自分を認めてしまうのが怖い。
「や、駄目です……」
ゆるゆると首を振る。
「まだ駄目か」
「だって……っ」
こんな恥ずかしい私を知られて、兵長に嫌われてしまうのが怖い。
それがどうしても怖いと必死に訴えたら、兵長は一瞬目を見開いて。
「……馬鹿が」
と目元を覆って吐き出すように呟いた。
「すみません自分でも馬鹿だと思うんです。でも、どうしても」
「てめぇだけじゃねえ。俺もだ」
「え」
どういう意味ですかと聞くことすらできぬまま、真っ直ぐに視線を合わされる。もう逃げられないと、頭の芯で理解した。
「まだ耐えるつもりか」
「それは、」
「我慢できるのか」
触れて、触れられることを。
我慢できるかどうかと聞かれたら、答えなど始めから決まっている。
「できないですよう……!」
だって、兵長が好きすぎて身体がおかしくなりそうだ。
本当は一日だって離れて眠りたくなんかない。
「……もう、降参しろ」
頼むから。
掠れた声で手を伸ばされて、頬に触れる直前、手が止まる。頼むから限界だと言ってくれと、懇願されて。
「……抱きてえ」
切なげな顔と声で、完全に落ちた。
「も、無理です。駄目です」
我慢できません、降参ですと、そう言い切る前に唇を塞がれた。