03*その笑顔、怪しすぎるぞ

「兵長、お顔が怖いです」
 せっかく格好いいんですから笑ってください。
「俺は元々こんな顔だ」
 誤魔化そうとしても無駄だと宣言し、じわじわと壁際に追い詰めた。
 目を逸らそうとするのを許さず、両側からがっちりと顔を固定してやった。至近距離まで顔を近づけて、逃げられないとわからせるように。
「素直に白状する準備はできたか?」
 でなければいつまでもこのままだ。
「それはそれで……ちょっと素敵だなとも思ってしまうんですけど」
「馬鹿言ってると頭突きするぞ」
 目の奥の本気を見て取ったのか、観念するようにぼそぼそと話し出した。曰く、
「──兵長がくれたものだから、取っておきたかったんです。部屋にあるだけでも、何となく元気が出るような気がして。……今日のこれだって、兵長が私の為にって買ってくれたものなわけじゃないですか。ちょっとだけでも私のこと考えてくれたんだなって、そういうことなわけじゃないですか。あ、例え違うって言われてもそう思いこんでしまいますからね! ……だからその、嬉しくって、つい。出来心で」
 ──長い。
 よくもまあだらだらと言い訳を並べ立てられるものだ。嬉しい? こんなものが? たかだか硬貨一枚分の水のボトルが? 後生大事に部屋へ持ち帰って、保存しておきたいと思うほどにか。
 他にもあるだろうと脅せば、いつかくれてやったキャンディの空き瓶や、茶葉の缶を出してきた。確かに以前気まぐれに渡してやった気もするが、他人からしたらゴミだろう、どう見ても。それを
「……宝物なんです……」
 などとしょんぼり言われてしまって、俺はどうしたらいいというんだ。
「……さ、流石に気持ち悪いですよね、重いですよね、はは……あの、やっぱり捨てないと、駄目ですか……?」
 まて。どうしてそっちの方向へ話が進むんだ。
 俺は何も重いだとか気持ち悪いだとか、一言も言った覚えはない。そもそも別に思ってもいない。思っているとするならばきっとこれは、罪悪感というやつだ。
 こんな下らない物を後生大事に取っておく程に愛されて、何も返せていない自分への。
 それなのに、更に落ち込ませてどうする。
「兵長が嫌だったらちゃんと処分するので、その……」
 嫌いにならないでください。
 消え入りそうな声が聞こえた瞬間に何かが切れた。
「阿呆か」
「えっ」
「何を一人で勘違いしてんだてめえ」
「えっ」
「別にお前が取っておきたいなら俺は止めない。そんなもん大事にしておく意味はわからねえが、お前がそうしたいならすればいい。重いとか気持ち悪いとか、ねえよ別に。だから、その、あれだ」
 歯切れ悪く言いつのりながら、がしりと頭を掴んで、そして。
「……兵長」
「うるせえ少し黙っとけ」
 顔を見られずに済むように、きつく抱きしめた。

 あの後、しばらく抱きしめたままでいた俺はじわじわと羞恥心のような物が沸き上がってきて、思わず無言で引きはがした。
 ぽかんとした目で見つめられて、ああそうだろうなと自分でも納得する。突然部屋に乱入されたかと思えば私物を暴かれ、文句をつけられるかと思えば抱きしめられる──これで混乱するなと言う方が無理だ。
 己の言動を振り返ってみるといたたまれないが、表面上は何事もなかったかのように取り繕って、部屋から連れ出した。
「ここじゃ落ち着かねえ。俺の部屋に行くぞ」
「はい、あの……これ……」
「……捨てなくていい」
 大事そうに抱えたボトルやら瓶やらを一瞥して言ってやれば、あからさまにほっとした顔をするものだから呆れてしまう。
「行くぞ」
「待ってください!」
 置いて行かないでと後ろから慌てる声がしたが、足早に廊下を進んだ。

「えへへへへ」
「笑うな」
「だって嬉しいんですよう」
 これは既視感というやつだろうか。
 似たような会話を昼間もしたような気がする。
 昼間と違うのはここが外ではなく、俺の私室だというところだった。
「兵長のお部屋で二人きりですよ」
「俺の部屋なんざ、毎日入ってるだろ」
「毎日じゃないです!」
 確かにたまに俺が兵団本部を留守にする時など、顔を合わせない日はあるが、それは例外としてもほぼ毎日だろうが。
 執務室とは別に、私室と寝室、簡易な風呂場などが区切られている幹部用の住居スペース。兵団本部内でもわざわざ一般兵士たちの兵舎とは離されているのは、一種の隔離か何かなのか。以前から疑問が残る。
 ご丁寧に一人では持てあましそうな広さの私室を与えられていた。必要ないと申し出たが、立場上こういう部屋を与えられておかなければいけないのだと諭された。その時は「掃除のしがいがあるな」と嫌味を言うくらいしか出来なかったが。
 こうして人を招き入れるようになって、広いですねとかベッドがふかふかですね等とにこやかに言われて初めて、与えられた環境に感謝したような気もする。
 ──そうか。気に入ったのか。ならまた来ればいい。
 あの時は珍しく素直に告げてやれたんだった。
 そんなことを考えていたら、今すぐに目の前の女が欲しくなった。
 この場で床に組み敷いてやろうか。多分駄目ですよとかなんとか言いながらもしがみついてくるに違いないが──今はまだ、駄目だ。
 わざわざ場所を移してまで連れてきたのだ。その目的を果たさなくてはいけない。
「さっきのお前の、あれだ」
「何ですか?」
「あのガラクタについてだが」
「ガラクタじゃないですよ! 兵長がくれたものですよ宝物ですよ!」
 反論を食らうが、今の論点はそこではない。
「……今度、出かけるって言ったろ」
「私とデートしてくれるって話ですよね。覚えてますとも」
 だからはっきりそうデートだとか何だとか言うな恥ずかしいだろうが!
 口元まででかかった言葉を飲み込んで、何とか次の言葉を探す。きっと今を逃したら言えそうもない。
「そんなに大事か、あれが」
「もちろんです」
「他人から見たらガラクタだぞ」
「私にとっては宝物だからいいんです」
 にこにこと笑う姿に嘘は見えない。
「だったら、」
「はい?」
「もう少しマシなものをやるから──せめてそっちの方を宝物にしろ」
 出かけた時に、好きなものを選べばいい。
 言った。言い切った。
 一度口から出してしまった言葉は取り返しが付かない。目を見て言うことはとても出来なくて、明後日の方向を向いて、ぼそぼそと早口ではあったが確かに言った。
 相手の反応を伺うのにも勇気が必要なのだと、今更になって知る。しかしながらこのまま顔を背けていても埒があかない。どうにでもなれと視線を戻して──思わず笑ってしまいそうになった。
「何て面だ」
 その笑顔、怪しすぎるぞ。


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