04*食べちゃいますよが冗談に聞こえねえ
元来、甘いものをそう積極的に摂る方ではなかった。
疲労回復に飴玉でも角砂糖でも口に放り込めばそれで済んでいたが、お茶にしましょう一緒に食べましょうとやかましい目の前の女のせいで、気付けばちょくちょく菓子を食っている。
バターや卵は貴重品だ。だからそれらを使う菓子も高価なのだと聞かされたことがある。糖分が摂取できるなら原料が何だろうと構わないのだが、兵士長という立場上やたらとそういった菓子を寄越されることもあって、正直持てあましていた。
食えと渡せば「一緒がいいです」と袖を引かれ、面倒くせぇと返しはしたものの結局付き合ってしまっている。
隣でもふもふと幸せそうに菓子を頬張るのを横目で見ていたら、不意に目が合った。こんな時ばかり目ざとい奴だ。
「何ですか?」
「うまいか」
そう問えば美味しいですと頬を緩ませる。だったら自分で全て食えばいいのに、どうして俺にまで食わせようとするんだ。
「兵長だって、甘いもの嫌いじゃないですよね?」
「お前ほどじゃねぇよ」
俺はそんなに蕩けそうな顔はしない。
「同じように美味しいもの食べて、それで兵長が側にいてくれるなんて最高じゃないですか」
「……そうかよ」
恥ずかしげもなく言い放つ様子を見るに、恥ずかしいことを言っている自覚は無いようだった。
「だからたくさん召し上がってくださいね。じゃないと私が全部食べちゃいますよ」
悪戯っぽく笑うのを見て鼻で笑う。別に全て食われたところで俺は構わないのだが、それで拗ねるのはお前の方だろう。
「本当に食べちゃいたいのは兵長の方ですけどね!」
「よし、聞かなかったことにしてやる」
きらりと目が光ったような気がする。食べちゃいますよが冗談に聞こえねえ。
不満げに菓子を食うことに集中している姿を見ていると、そんな場合でもないのに平和を錯覚しそうになる。手を伸ばしてほんの少し頬に触れただけで、ほどけるように笑う姿を見てしまうと、特に。
髪を乱されることも、文句を言いながらいつも嬉しそうだ。触れられるだけで喜ばれる相手など他に知らない。
「それ寄越せ」
お前が食ってるやつ。
同じものが食いたいと要求したら、一種類ずつしか無いみたいですと困った顔をする。わかっていて困らせているのだからそんなことは当然知っていた。どうしてもそれがいいと尚も欲しがればどんな顔をするかと、内心楽しんでいるのだから我ながら性質が悪い。
「もう……はい、どうぞ」
「……っ」
困っていたのは一瞬だけで、食っていた菓子をちぎると当たり前のように差し出してきた。あーんです、との言葉までつけて。
食えというのか。直接。
ここにきて己の潔癖さがどうこうと言うつもりはない。
慣れた相手のものだしその点に関しては大した問題でもないのだ。俺が言いたいのは。つまり。
どの面を下げて「あーん」された菓子を食えばいいんだ。
差し出したまま不思議そうに首をかしげるのを見て、お前はこの状況に疑問を抱かないのかと切に問いたい。いい年の男がそんなことをする敷居の高さをほんの少しでいい、理解しろ。いやしてくれ。頼むから。
かといってこのまま食わずに突っぱねれば、またしょげ返るのは目に見えている。自身が招いたこととはいえ、数分前の俺を張り倒してやりたい。
「兵長?」
差し出した手をそのままに、食べないのですかと問われて覚悟を決めた。
「……食う」
菓子を持つ右手首を引っ掴むと、そのままかじりついてやった。これはフォークだ、フォーク代わりだ。断じて「あーん」などではない。
自分に言い聞かせることに集中していたものだから、味なんて何もわからなかった。きっと甘いのだろうと、それくらいしか。何となく癪に障ったものだから、指についた菓子の欠片をこれ見よがしに舐め取って、ニヤリと笑ってみせる。これならば動揺のひとつもしてみせるだろうと、どうしようもないことを考えながら。
だというのに。
「……私の方が食べられちゃいましたねえ」
ふふ、とほんのり頬を染めて、嬉しそうに笑う。
「……別にお前は食ってねえ」
呻くようにそんなことを言うのが精一杯だった。
何なんだ。何なんだこいつは。
結局はこいつを喜ばせただけで、俺が辱められているだけなのは気のせいか。もっと食べますか、なんて差し出すな。あんなことを二度も出来る気がしない。
休憩時間というのに、逆に疲れ果てているような気さえしてくる。主に精神的に、だが。何処の世界に部下と茶を飲んで菓子を食うだけで、ここまで精神を摩耗させる上官がいるというのか。何が人類最強だ、こんなにも簡単に翻弄されている。
「休憩は終わりだ……片付けて出て行け」
ああ、頭が痛い。