02*盗撮が犯罪だと知っているか?
「机の上でいいですか?」
「ああ」
俺の部屋まで付いてきて満足したのか、強情にも渡そうとしなかった文献をあっさりと机の上に置いて、目の前の女は満足げに笑ってみせた。人好きのする笑顔に誤魔化されてなるものかと自分を律するのも慣れたものだ。ここで誤魔化されるわけにはいかない。勤務時間内の、上官としては特に。
「よし、じゃあ置いたなら帰れ」
ご苦労だったと一応ねぎらってやったというのに、途端に不服そうな表情を見せる。何が不満だと聞いてやればまた面倒なことになりそうで、このまま無視する方法は無いものかと真剣に考えた。
「何かご用はありませんか」
「ねえな」
即座に返すのも慣れたものだ。ここで甘やかすのは良くない。こいつの為にも、何より俺の為にも。
上官としての威厳云々などと今更言うつもりもないが、今は目の前の仕事を集中して片付けたい。さっさと終わらせたら少しだけ、いやほんの少しだけ相手をしてやってもいい。
「何でもいいんですよ? どんな雑用でもお手伝いしますよ?」
「静かに退室して俺の邪魔をしないのが一番捗る」
勿論「終わったら構ってやる」などと言えるわけもなく、口から出るのは邪魔だどこかへ行けと辛辣な言葉ばかりだ。流石に言いすぎたかとちらりと視線をやると、どことなくしょんぼりとしているようで。
「…………」
やめろそんな目で俺を見るな。
そのままぺこりと頭をさげて、失礼しますなんて言葉を残して部屋から出て行こうとするな。
いつもならもっと粘るだろうが。何を本気にしてめげているんだ。
(ああ、クソ)
「──待て」
「はいっ?」
結局は声をかけてしまう。
瞬間振り向いた顔は期待に満ちていて、自分が呼び止めた癖に早まったかと思ってしまうのも無理はない。
「……休憩時間になったら、茶を淹れに来い」
「お茶菓子もお持ちします!」
雑用を命じられてこんなに嬉しそうにする人間を他に知らない。お前は一体何がそんなに嬉しいんだ。
「兵長と居られるのが嬉しいです」
「……そうか」
「こうやってお話できるだけですごく嬉しいんですけど、本当は見てるだけでも嬉しいです」
照れくさそうに笑う姿。だから照れるくらいならやめろというのは、そんなに無理な相談か。そんなことを言われてしまって、俺は何と返答すればいいんだ。わざとやっているというのなら、たまったものではない。
「兵長をずーっと一日中、映しておく機械とか無いですかねえ」
「あったとしてもやらせるわけねぇだろ」
なんだその機械は。
「兵長が気付かないように、こっそりやりますから!」
「だったら宣言するな」
それにもしそんなことをしたら何らかの法に触れるだろう、きっと。だいたい違法性がなくてもごめんだ。一日中見張られるなんて冗談じゃない。
「ずっと見てられたら幸せだなって思ったんです」
「俺にとっては不幸でしかねえ」
どうするんだお前、逆に俺がお前を四六時中見張るなんて言い出したら。
「……っ」
「おい?」
今の言葉のどこに赤面する要素があった。ぼひゅんと音でもしそうな様子で顔を赤らめてもじもじと身体をくねらせる様子はやはり不気味だ。
「……へ、兵長のえっち……っ」
「────!」
相手の言わんとすることがわかってしまって、不覚にも己が赤面してしまうのがわかった。
「何を想像してんだ馬鹿野郎が!」
「だって兵長が私のことずっと見張るって……」
お風呂も寝るときもずっと一緒だなんてそんな! と一人で勝手に盛り上がっているが、誰もそんなことは言っていない。むしろ言われなければ気付きもしなかった。だというのに。
自動的に想像してしまって、脳内の映像を必死に追い払う。馬鹿なまだ昼間だぞと自分を叱咤する。──ああ、やはりこいつが居ると仕事どころではなくなる。
「見張らねえし見張らせねえ。さっさと出て行け」
顔を直視できずに扉を指さして追い出そうと試みる。このままでは一生かかっても仕事が終わりそうにない。
「お茶はお持ちしますからね、絶対開けてくれなきゃ駄目ですからね!」
去り際に何度も絶対ですよと言いながら、ようやく部屋から出て行った。
まるで嵐のようだ。
去った後の部屋の静けさが嫌でも存在感を思わせて頭を抱えたくなる。居れば煩わしいが居なければそれはそれで気にかかるのだから、少なくとも俺にとっては嵐よりもよほど性質が悪い。
あれだけ何度も確かめながら去っていったのだ。きっと戻ってくるだろう。
時計を見れば、休憩時間まであと二時間弱。
それまでに片付けてしまおうと、机の上の書類に手を伸ばした。