007
「あっ……あっ、んんっ、やあっ」
「ほら、もっと腰振れ」
「や、無理、ああんっ」
「どこが無理だ、上手くできてるじゃねえか」
後ろから貫かれる体勢で、ぐりぐりと腰を押しつけられる。いつもと違う場所を擦りあげられると、それだけでぞくぞくと這い上がる快感に声を抑えることができない。
「も、だめ、だめ、です……っ」
我慢できないと締め付けると、兵長が低く呻く。道連れにするなと咎められても、気持ちがよすぎて身体が勝手に反応してしまうのだ。
「も、いっちゃ、あぅ、────ッ」
びくびくと身体を震わせて達する。ひときわ強く締め上げると、兵長の形を余計に意識してしまって。ぐっと大きくなったと思うと引き抜かれ、背中に熱い飛沫がかけられる。
「ぁ、あ……」
荒い呼吸が整わないまま、兵長が後ろから覆い被さってきた。首筋に顔を埋め、私と同じくゆっくりと呼吸を整えているようだ。
「どろどろだな」
「あつい、です……」
お互いの体液で、身体はどろどろだしシーツもしっとりと濡れている。後始末をしなければとても眠れない。
「も、今夜はダメ、ですよ……っ」
これ以上したら明日起きあがれなくなる。不満げな顔を浮かべる兵長に、これが「あの」兵長と同一人物かと疑いたくなった。
三ヶ月前。
兵長がその潔癖さのあまり他人の肌に触れられないということを知った私は、気づけば兵長と肌を重ねることになってしまった。
それ自体は私が兵長のことを好きで好きでたまらない為、全く問題はなかったのだが。
お互い性行為に不慣れ──というか私はあれが初めてだった。兵長はどうだったのかそういえば聞いていない。教えてくれるとも思えないけれど──だった為、行為には二人に痛みが伴いながらも、何とか最後まで無事に終わることができて。
終わった後に痛かったと嘆く私に、慣れれば痛みはなくなると教えてくれた兵長に丸め込まれ、気づけばこうして何度も兵長と行為に及んでいる。
(確かに、痛くなくなったけど)
何度か繰り返す内、初めのような痛みは嘘のように消えてしまった。というよりも、今では最初から最後まで気持ちよさしかない。
そのこと自体にも問題はないのだ。兵長のことは好きだし、抱かれるのも気持ちがいいし。時々……というかほぼ毎回無茶をされて泣かされるけれど、それでも幸せなのだ。私自身は。
「立てなくなったら仕事に支障が出ます」
「根性で何とかしろ」
「何とかできるものとできないものがあるんです!」
確か最初は「不慣れな兵長の練習台」だった気がするのに。
どういう学習速度だと言いたくなるほどに、今の兵長は行為に慣れきっていて。
「兵長、もう十分すぎるくらい上手だと、思うのですが」
それでもまだ練習必要ですかこれ。
「……お前はもうやめてぇってことか」
「そ、そんなことないです!」
私は兵長のお役に立てるならば、いつまででも。
大好きだから抱いてもらえて嬉しいのだとは恥ずかしくて言えなかった。
「ならいい」
「でも今日はもう無理です」
兵長と違って私のような凡人には、体力の限界というものがあるのです。
「……今度の休みの前は、覚悟しろよ」
「覚悟しておきます……」
唇に噛みつかれ、兵長は私を抱きしめたままではあるが目を閉じた。どうやら今夜はおしまいにしてくれるらしい。
私が痛みを訴えなくなった頃から、回数が増えた。それだけお互いの身体が馴染んだということなのか、はたまた兵長自身の性欲が増したのか。
それでも私の体力をほんの少しではあるが気遣ってくれる。だからこそ私も兵長との行為に溺れてしまっている感があって。
問題は──この日々が、一体いつまで続くのか。ということだった。
始まりは練習で、その後は二人が慣れるまで──そのどちらも、今の私たちはクリアしてしまっていた。いつか兵長が私以外の人間にも性的欲求を覚えるようになったならば、この関係は終わってしまうのだろうか。
そうなったら、私はどうしたらいいのだろうか。
引き続き抱いてくださいと言ったならば、兵長は抱いてくれるのか。
そんな淫らな欲求を覚える自分が恥ずかしい。
それでも、それが目下の私の心配事なのだった。
「やあやあ、浮かない顔だね?」
「ハンジさぁん……」
一日の職務を終え、夕食も済ませた午後八時。食堂から引き上げるも、今日は兵長の部屋に行く予定もなかった。明日は休日で、前回兵長の部屋で「休みの前は覚悟しろ」と言われていたのに。どうして呼んでくれないのですか、などと聞ける筈もない。恨みがましく思ったところで、今日の私はひとりぼっちだ。
かといって他にやることもなく。もう部屋に戻って寝てしまおうかと考えていたところだった。
そんな所に通りがかって声をかけてくれるだなんて、もう今夜は逃がしませんよハンジさん!
「とりあえず……私の部屋、来る?」
ジャケットの袖を握りしめ俯いたままの私に怯むこともなく。優しい言葉と声に、なんだかもう泣きついてしまいたかった。
「兵長のばかぁあああ……!」
「うんうん、よくわからないけどリヴァイが悪いね、馬鹿だねあいつ」
ハンジさんの部屋に通されると、内緒だよと言って秘蔵のお酒が出てきた。飲酒を禁じられる年齢ではないとはいえ、普段それほど飲む方ではない。慣れていないアルコールを勧められるままにぐいぐいとあおってしまえば、こうなることは必然で。
「兵長が、兵長が何を考えてるのか、私ちっともわからないんです……っ」
「うんうん、私も全くわからないよ。何でこんな状態のあなたを放っておくんだろうね。酷いね」
かわいそうにと頭を撫でてくれるハンジさんも、私以上にお酒を飲んでいるはずなのに普段とちっとも様子が変わらない。お酒が強い人というのは、こういう人のことを言うのだろうか。
ハンジさんは私と兵長に、何があったのかを無理に聞き出そうとしない。二人の関係が表沙汰になると兵長に迷惑がかかるかもしれないと、今まで誰にも言えないままだった。
「リヴァイのことが、好きなんだよね」
「はい……っ」
それはもう、自信を持って断言できます。好きです。大好きですとも!
「まあ飲みなよ」
とくとくと注がれるお酒を更にあおる。これは完全にやけ酒というやつだ。私は何にやけをおこしているというのだろう。兵長に? 私自身に? それとも不安なこの現状にだろうか。
「聞いていいのかわからないから詳しく聞かないけどさ、胸くらいなら貸してあげるから」
意外と包容力のある胸だよと腕を広げてくれるハンジさんに、本当は今にも泣きついてしまいたいほど。
「ありがとうございます……でも、今はやめておきます」
今度兵長に会えた時に、はっきりと聞こう。いつこの関係は終わってしまうのですかと。できたら終わらないでほしいのですと頼むのは、流石にハードルが高すぎて無理かもしれないけれど。
もしそこで、兵長がもうやめたいと言ったならば。
「その時はハンジさん、胸で泣かせてくださいね」
一晩中泣き上戸の絡み酒を覚悟していてください。
「ははは! わかったわかった。いつもお世話になってるから、それくらいなら付き合ってあげるよ」
頼もしいハンジさんの言葉で、勇気が沸いた。きっと大丈夫。言えるはずだと自分に言い聞かせた。
そんな威勢のいい決意とは裏腹に、翌日の気分は最悪だった。慣れてもいないのにお酒をあおりすぎた。これは俗に言う二日酔いという状態に間違いない。ずきずきと頭が痛むし胸と胃のあたりが気持ち悪い。休日なのだから朝食をパスして眠っていても良かったのだが、いつもの習慣とは悲しいもので、気づけばきちんと着替えて食堂へ向かっていた。
朝食の席についたところで、食べ物がまともに喉を通るはずがない。死人のような顔色だと同期達に揶揄されながら、それでも気遣って運んできてくれたお茶だけでもと無理矢理飲み込んだ。熱い液体が喉を通り抜けていく感覚に、少しだけ気分がましになったようだ。食堂を後にする頃には、ふらつかずに歩けるようになっていた。
今日はまっすぐ部屋に戻って、回復するまで寝ていよう。でもその前に、外の空気を吸ってこようかな。そんなことを考えてしまったせいで、いつもと違う道を通ることになった。その結果。
(間が、悪すぎる……っ)
己の不運をどこまで嘆いたらいいのか。
三ヶ月前にも見た光景。
どこかの誰かが、兵長と立っていた。姿形からおそらくあの時の女性とは違うようだけれど、兵長はやはりもてるのですね──などと達観している場合ではない。この場から早く立ち去らなければ。愛の告白現場を邪魔してはいけない。そう、邪魔してはいけないのに。
脚が、動かない。
一刻も早くどこかへ行かなければならないのに。見つかる前に。そうしないと万が一にも邪魔してしまったら。
邪魔を、しなかったら。
兵長が、受け入れたら。
私との行為に慣れた兵長が、他の人との接触ができるようになっていたら。
今兵長の目の前に立つ、あの女の人と恋人同士になったのなら。
おそらく、私が兵長に抱かれることは二度とないのだろう。それだけでなく、兵長兵長とまとわりついたり、声をかけることすらきっと許されない。
それを想像しただけで、全身が石化されたように固まってしまって。
はやくはやく、逃げないと。
──逡巡している内に、目が合った。
三ヶ月前のように。今一番目を合わせてはいけない人と。
あの時のように驚いた表情を浮かべた兵長が、口を開く前。あの時以上の早さで、私は逃げ出していた。
──ああ。もう。どうしたらいい。
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