空中庭園の黄金林檎


01

「金色の林檎があるんだって」
 興奮に頬を上気させながら、同僚である変人──ハンジは瞳を輝かせる。
 それを聞いて視線を前にやると、そこにも同じく変人であるところのエルヴィンが胡散臭い笑みを浮かべていた。その隣にはミケが澄まし顔をしている。なんだこの状況は。

 一時間ほど前のことだ。ようやく面倒な書類へサインをし終えたと思ったら、見計らったようなタイミングでノックの音が響いた。入れと声をかければ部下の一人がおずおずと口を開き「団長室へ来ていただきたいとのことです」と、俺にとっては嫌な予感しかしない伝言を伝えてきたのだ。
 面倒ごとの予感しかしないとはいっても、無視するわけにもいくまい。先ほど安心しきって帰って行った部下が、俺への伝言をし損ねたと思われても心が痛む。エルヴィンの野郎、自分で直接来いと言えば俺が無視をするとでも思っているのか。その通りだった。
 仕方なしに団長室まで向かって、形だけのノックをした。返事を聞かずにドアを開ければ、部屋の中には案の定エルヴィンだけでなくハンジと、普段見かけないミケまで揃っていやがる。
「何の用だ」
 単刀直入にそう言った。
 大した用事でないのなら、勿論その場で踵を返すつもりで。今日の仕事は全て片付けてしまっていた。終業にはまだ早いが俺とて暇ではない。仕事が早く終わったと突然訪ねたい場所がある。どこにとは言わないが。
「まぁまぁまずは座りなよ」
 後ろに回り込み、俺の肩を押すハンジに眉をしかめる。さっさと退室したい俺の様子に、きっと三人とも気づいているに違いない。あえて無視しているのは嫌でもわかった。
 団長室に設えてあるテーブルとソファは、普段は来客用のものだ。そこに大の大人が四人も膝をつきあわせているとどうにも窮屈でいけない。
 目の前のエルヴィンとミケなど、どちらもでかいから余計だ。
「いやぁ私は隣がコンパクトだから助かって、」
 俺の手の甲に何かがぶつかったようだ。
「裏拳っていうんだよそれは!」
 顔面を押さえたハンジが何やらわめいているが、気にする必要はないので聞こえないことにする。
「お前を呼び出したのは他でもない」
 悪の組織のボスみてぇな台詞回しだな。
 思わずそう一人ごちるが、エルヴィンからそれへの返答はない。代わりにうすら笑いを浮かべたまま俺の隣のハンジに意味深な視線をやった。
「あ、じゃあ私から説明するとね」
 途端に目を輝かせ、生き生きと口を開くハンジ。嫌な予感しかしない。

 ──そして話は冒頭の
「金色の林檎があるんだって」
 に繋がるというわけだ。

「エルヴィン、こいつは今なんと言った」
「金色の林檎がある、と」
 そうだな、俺の聞き間違いではないらしい。
「もうひとつ聞くが、てめぇは林檎の色が何色か知っているか」
「赤だな」
「種類によっては青リンゴっていうのもあるけどね!」
 エルヴィンの返答に補足するハンジはどこか自慢げだった。俺だって青リンゴくらい知っている。そうではなく、俺が言いたいのは林檎が赤いか青いか、そんなことではない。
「何だその怪しげな代物は」
「そうだろう!? 怪しいだろう!?」
 なんで嬉しそうなんでてめぇは。
 このままでは埒があかない。諦めてエルヴィンへと視線をやると、奴は肩をすくめて口を開いた。どうやら自分で説明することにしたらしい。
「林檎の色は通常赤か青──まぁ黄緑だが。あとは黄色味を帯びたものくらいしかないのは、お前も知っていると思うが」
「ああ」
「先程ハンジが言ったように『金色の林檎』があると囁かれているのは知っていたか?」
「いや……」
 知らなかったので正直にそう答えた。金色? 聞いたこともない。
「あくまで噂話でしかないが」
 空へと続く庭園の。
 金色に輝く林檎の実。
 中を割ってみた者は誰もいない。
 きっと中まで黄金に違いない。
 そうだ、皮も実も全て黄金でできている──
「一部ではそんな噂になっているらしいぞ」
「はっ」
 思わず鼻で笑ってしまうのも仕方がない。
「バカバカしい」
 真面目に聞こうとしたが無駄だったようだ。背もたれに思い切り体重をかけるとソファが軋んだ。気にせず脚を組んで、正気になれと吐き捨てた。
「それで? まさかてめぇらはそいつを信じちゃいねぇよな」
「俺としては興味深いが、そう易々と信用すべきではないと思っている」
「私は信じていいと思うよ。面白いし」
「……」
 遠回しな否定、前のめりの肯定、無言の審議拒否──目の前の三者三様の反応を見て、俺は頭の隅が鈍く痛むのを感じた。
「それでだ、その林檎がどうした」
 まさか「そんな噂があるらしい」という世間話の為だけに俺をここへ呼び出したわけではないだろう。もしそうだとしたら軽く暴れても許されるに違いない。最近少しばかり身体が鈍っていると感じていたから丁度いい。
「残念ながら暴れてもらうわけにはいかないな」
「……まどろっこしい野郎だな。何が言いたい」
 遠回しにのらりくらりと話を進めていくやり方はよそでやれと睨みつけると、ようやく詳しく話す気になったのか、エルヴィンは居住まいを正していつになく真剣な顔で言った。
「噂だとは言ったが、それはあくまで一般市民の間での話だ。しばらく前から各兵団にはもう少し詳しい話が伝わってきている」
 金色の実をつけるという林檎の木。
 その噂はとある山間の、あまり他と交流を持たない村から広まったらしい。
 その存在を聞きつけてならず者が村へと向かったけれど、帰ってこなかったとか。終いには林檎の木に取り込まれて養分になったなんて話まで飛び出して、そこまで行くと一種のオカルトだ。
「……成る程な」
 今までも似たような噂話は広まっていたが、今回も同様だろう。
「それで、何だっててめぇらは揃いも揃ってそんな話を俺に聞かせるんだ」
 昼間から幹部だけを集めてこそこそ話すには、あまりにも荒唐無稽に思えた。まるでおとぎ話だ。
「調べてきてくれ」
「……あん?」
 エルヴィンが事も無げに発した一言を、脳が理解するのにしばらく時間がかかった。調べてきてくれ? 誰がだ? 何を?
「噂の出所はわかっている。何日か暇をやるから、その村まで行ってほしい」
 できることなら真実を、それが無理なら「あくまで噂はただの噂に過ぎなかった」という確証がほしい。それは各兵団共通の意思だ──エルヴィンは次の壁外調査の陣形を説明しているかのようによどみなく話す。
「調査兵団ってのは、いつから探偵の真似事をするようになったんだ」
「お前に命じるのは今回が初めてだな」
「俺達が調査するのは壁の外だろう。壁の中の怪しげな村へのこのこ出かけていってどうする」
「嫌か」
 嫌だとか嫌じゃないとか、これはそういう類の問題ではないだろう。ただ、必要性を感じない。どこから出た命令なのかはわからないが、そういった調べ物ならば俺以外にいくらでも適任者がいる筈だ。例えば──そこまで考えて、一人の女の顔が浮かぶ。俺にとって最も身近な人間だ。そいつは調査兵団でも資料庫を根城にしている。いつも大量の本と戯れている人間だ。そいつのような人間の方がよほど向いているだろう。まぁ勿論、そんな怪しげな場所へあいつを行かせるつもりはないが。そんなことを一瞬の内に考えて、俺は会話を打ち切ろうと口を開く。
「面倒ごとはごめんだ」
「嫌なの?」
 今度はハンジが嫌なのかと聞いてくる。しつこい野郎どもだ。
 別に、あえて命令に背きたいわけではない。普段ならば判断に従うが、今回はあまりにも話が荒唐無稽に過ぎる。別に、数日間本部を空けるのが気が進まないというわけではなかった。壁外調査や会議で数日かかるなんてのは日常茶飯事だ。ただ、こんなどうでもいいことで本部を空けるとなると、しょんぼりと肩を落とす存在に心当たりがあるとか、そういったことでもない。代わりがいない任務なら仕方がないが、他で代わりがきくのなら、俺はとある人物の傍に居られる方を選ぶとか、そういった事情は全くないけれど。
「ならば仕方ないな。他の人間を護衛につけるとしようか……ミケ」
「……問題ない」
 エルヴィンが水を向けると、それまで黙っていたミケが静かに頷いた。何だ、想像した通り俺でなくてはならない任務じゃねえんだな──護衛?
 今こいつは何と言った。
「護衛ってのは何だ」
 調査をしてこいという命令ではなかったのか。
「流石に一人で行かせるような真似はしない。お前に命じるにしても分野が違いすぎる。調査は他の人間がメインだ。お前はその護衛が主な任務だった」
 成る程、頭脳班だけを怪しげな村に放り込むわけにはいかないという話だったか。それならばそうと言えばいいのに、あえて口を閉ざしていたエルヴィンにどことなく怪しいものを感じる。こいつは何を企んでいる?
「まぁミケもリヴァイほどじゃないけど強いもんね。あの子のことよろしくね」
「ああ」
 訳知り顔のハンジにも再び頷くミケ。あの子? このメガネは調査を命じられている人間が誰か知っているのか?
「おいハンジ」
「ん?」
「その調査にはそもそも誰が同行するんだ。てめぇの知り合いか」
「あれ言ってなかったっけ」
「言い忘れてしまっていたか」
 わざとらしい会話が目の前で繰り広げられる。嫌な予感しかしない。
「彼女に頼もうと思ってね、お前もよく知っているだろう──」
 そうしてエルヴィンの口から飛び出した名前に、一瞬にして頭が真っ白になったのも無理はないことだと思う。なぜならば。
「……よく聞く名だが、同名の奴が居たのか」
「何言ってんのさ。あなたの彼女で合ってるけど」
「な」
「書庫の番人みたいなものだからな、適任だと思うが」
「でもリヴァイが行きたくないなら仕方ないさ。ミケも快く同行してくれるって言うし。あの子のこと守ってもらえるからリヴァイも安心だよね」
「ああ、数日──何日かかるかわからないが、責任を果たそう」
 人をからかう時特有の、どこまでも楽しそうなエルヴィン。
 肩が震えて笑いを隠そうともしないハンジ。
 鼻を鳴らして半笑いのミケ。
 ──そんな三人を目の前にして、俺ができることなど一つしかない。

「……仕方ねぇな、俺以外適任がいねぇだろう」

 俺が行く。
 三人に同時に爆笑されるという屈辱を耐えてでも、前言を思い切り撤回しなければならなかった。


※人里離れた村に兵長と二人で調査に出かけることになる話
※名前有りオリキャラが出てきます
※以下R-18部分サンプルです

 抗うことを諦めた私の身体はどこまでも兵長に素直で、後ろから抱え込まれて背中にしっとりとした兵長の胸板を感じると、それだけでぞくぞくと震えるのがわかった。
 足の力が抜けてぺたんと座り込んでしまった。冷たいタイルの感触が、熱をもった肌にひんやりと伝わる。兵長は手桶でバスタブの湯をすくい上げては私にかけて、暖めようとしてくれているのだろうか。
「掴まれ」
「ん……」
 抱き上げられて、二人揃って湯の中に沈み込んだ。兵長からはふわふわと石鹸のいい香りがする。抱えられた腕とお湯の浮力にゆったりと身を任せて脱力していると、うっかり眠ってしまいそうになる。
「オイ寝るな」
「きもちいい……」
「……」
 そのまま目を瞑りそうになった私ではあったが、急に兵長が体勢を変えるものだから驚いた。
「ひゃ、」
「寝られてたまるか」
 ざぶん、と音を立てて私を両腕で抱え上げる兵長。そのまま膝の上に乗せられて、慌てたのは私だった。
「これ、恥ずかし……っあ、」
「どうした」
 どうしたもこうしたも、大きく脚を開かせておいて後ろから抱き込まれてしまっては。その、あらぬ所にあらぬものが。
「あ、あたっ……て……」
 そう言った瞬間に私の脚の間にぬるりとした感触が伝わって、思わずびくんと肩を震わせた。それだけにとどまらず、ゆるゆると優しく擦りつけられて。
「ぁ、これ……っだ、め」
 けして中まで潜り込んできたりはしないのに、過敏な場所を何度も往復されて腰が震えた。背中に舌を這わされて、逃げだそうとしたのにがっちりと腰を掴まれていて身動きを許されない。
「ん、ん……っ」
 性器同士がやんわりと触れ合っているだけなのに、兵長のものだと思うとそれだけで耳まで熱くなる。せめて声だけでも我慢したいのに、小さく声を上げてしまうのも止められない。
 気持ちよくなっている。まだほとんど触られてもいないのに。
 淫らな自分の身体が恥ずかしくてたまらないのに、兵長は楽しそうに腰を使って私をいじめていた。お湯の中だからか動きもゆったりとしていて、自然と焦らされる形になっていた。
 このままでは、自分からもっと動いてとねだってしまいそうで怖い。もっと触って、強くして、気持ちよくして。そんなことを叫んでしまいそうで。
「湯の中でも、濡れてるのがわかるな」
「……っ」
 そんなこと、私が一番わかっていた。
 兵長の熱が私の秘裂を行き来して、その度にとろりと奥から溢れさせていることくらい。
 お湯の中でも兵長の性器は熱く、かたく勃ちあがっていた。それが私の秘裂に擦りつけられて、時に先端が女芯に触れるとそのまますがりつきそうになるのだ。
 はやくいれて、熱いこれでたくさんつきあげて。
 粘膜同士を擦り付けて気持ちよくなりたい。頭の中がそんな言葉でいっぱいになる。
「……そう焦るな」
「ァ、あっあっ」
 私を支えていた兵長の右手が、ゆるりと前に回される。下腹をくすぐって、茂みを弄ぶように何度も行き来する指に自分からそこを押し当ててしまいそうになるのを必死に堪えた。


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