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「今夜は、今夜はその、」
 泊まっていっても良いでしょうか……と消え入りそうになりながら許可を求めた。自分から言い出すのはどうにも勇気が要って、でも兵長が言いだしてくれるのを待てなくて聞いてしまった。
 兵長は少し目を見開くと
「帰すとでも思ってたのか」
 なんて言葉をくれたし、勇気を出して良かったー! と拳を突き上げたくなった。流石に自重したけれど。
「疲れてるって言ってたな。すぐに寝るか?」
 風呂を使えと、一見気遣ってくれるような兵長を、恨みがましい目で見上げてしまう。
 昨夜も別々に眠って、昼間も会えなくて、今私がどうしたいかなんて兵長はわかっているに違いないのに。いやむしろ、分かっているからこそそんなことを言うのだろう。
「……冗談だ。そんな顔するな」
 一体どんな顔だというのか。
 頬を軽くつままれて、むにむにと引っ張られて逃げようとしたところを捕まった。
 腕を背中に回されて、ぐいと引き寄せられる。
 そのまま兵長の顔が近づいてきて、軽く口づけられると一瞬で私の機嫌は治った。
「目を瞑ったらどうだ」
「兵長こそ」
 キスしてくれる時の兵長の顔を見ていたかった。触れる瞬間には反射的に目を閉じてしまうことが多いし、深く口づけられている時はそれどころではなくなってしまう。だからさっきのように、意識して目を開けていられる時はチャンスだったのに。
「ほら、目を閉じろ」
「ひゃっ」
 兵長の手のひらで両目を覆われる。当然目を瞑ってしまうけれど、これだと目隠しをされているようで落ち着かない。次に何をされるのかもわからないし、兵長の表情を伺うこともできないし。
「兵長、これ、や……んっ」
 手を離してほしいと口を開くと、そのタイミングを待っていたとでもいうように唇を塞がれる。そのまま侵入してきた兵長の舌に、咥内を好きなだけ蹂躙された。
「……っん、んぅ……っや、だぁ」
 息が苦しいし身動きはとれないし、もがく私に兵長は喉の奥で笑う。
「嫌なのか」
「……」
 嫌じゃないから困る。
「……こういうのも『身体は正直だ』って言うのか?」
「知りませんよ……!」
 今は恥ずかしいから兵長の顔を見たくないのに、こんな時に限ってあっさりと手のひらをどかされる。熱の籠もった兵長の瞳と視線が合って、耳まで熱くなった。
「何で意地悪ばっかりするんですか……」
「多少つついてやった方が、お前の感度が良くなる気がしてな」
「!!」
 天の邪鬼なことばかりする兵長に一矢報いるつもりだったのに、返ってきたのは更なる反撃で、私は思わず呼吸すら忘れて口をつぐんでしまう。
 そんな、そんなことがあってたまるものか。だってそんな、意地悪言われて気持ちよくなるなんて、そんな。
「嫌だと言うのをしてやった方が喜ぶだろう」
「……!」
 身に覚えがないとは言わない。
 だからといって、それを素直に認められる程私はまだ人間ができていなかった。
「へ、兵長の方こそっ意地悪すると楽しくなっちゃうんじゃないですか……!」
 そんなかわいくないことを言う私に、兵長は少し動きを止めて。
「それもあるかもしれん」
「認めた……!」
 あっさりと己の性的嗜好を認めた上で、兵長は更に私を追いつめる。さぁ、お前はどうなんだ──と。
「兵長は、抵抗された方が興奮するんですか……?」
「そこまでは言ってねぇよ」
 話を兵長の方へ逸らそうと試みる。結局無駄なような気もするけれど。
「じゃああの、私頑張って抵抗してみますので」
「しなくていい」
 兵長の言葉に耳を貸さず、一度深く息を吸って、吐いた。更に一度息を吸ってから、兵長の目をまっすぐ見つめて宣言する。
「きょ、今日はしません!」
 このまま何もせずに眠りましょうと宣言した。
 兵長はしばらく黙って、押し倒されたままの私を見つめている。そして数秒後、口を開いて。
「そうか」
 あっさりと身を引いた。
「嘘ですよぉぉお……!」
 即座に泣きついたのは言うまでもない。
「頑張って抵抗するって言ったじゃないですか!」
「しなくていいって言ったじゃねぇか」
「確かに!」
 それでもいくら何でもあっさり引き下がりすぎだと思う。私が恥ずかしくてやめてほしかった時は嬉々として色々してきたのに、頑張って演技してみた途端にこれだった。
 何だろう、もしかして兵長って実は私のことをそんなに好きではないのかもしれない。執着することも、本当はなくて。
「またろくでもねぇこと考えてるだろう」
「……そんなことないですけど」
「嘘だ」
 確かに嘘だった。
 どうして兵長は私の考えていることが次から次にわかるのか。不思議で仕方がない。
「さっきのも嘘なんだろう?」
 さっきの、とは「今日はしません」と言ったことだろう。恥ずかしいけれどこくりと黙って頷いた。
「本当はどうしたい」
「……よりによって、今言わせますか……?」
 今夜は本当に言葉でいじめられすぎて、耳だけでなく頭の芯まで茹だって熱い。これ以上なく恥ずかしいのに、兵長に「早く」とせがまれると口が自動的に開いてしまって。
「本当は、兵長と……」
「俺と?」
「昨夜の分も、いやらしくて恥ずかしいことを、たくさん……し、したい、です」
 やだもう恥ずかしい逃げたい。
 この場から今すぐ走って逃げようか。
 もしも兵長に笑われたら、今度こそ私は逃げ出したと思う。けれど。
「そうか……なら、するか」
 返ってきたのは兵長の熱い視線と、吐き出した言葉ごと飲み込まれるような熱い口づけだった。

***

▽兵長の心変わりを疑ってしまって、そわそわハラハラする話です
▽ちゃんとハッピーエンド


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