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「てめぇ……」
「全力を出し切りましたぁ!」
「うるせぇよ」
 何が全力だ、とデコピンをくらい、その威力にひとしきり額を抑えてもんどりうつ羽目になった。ひどい。痛い。
「で、今度はどこだ」
「……!」
 先の二勝は手の甲と額にキスしてもらった。まどろっこしい奴だと呆れたように言う兵長は、おそらく私がどうしてほしいかなんてとうにわかっている。
 唇にキスがほしい。そして。そして──
「も、もう一回勝負しましょう!」
「あん?」
 別に勝った方が好きな場所にキスをしてもらえるゲームではない。私がそれを望んでねだっているだけで。勝者が敗者にしてほしいことを求めるだけだ。だから私が兵長とのもう一勝負を願ったところで、何もおかしいことはない。
「……往生際の悪い奴だな」
「そんなことは……」
「セックスしてえならさっさと言えばいいだろうが」
「わー! なんてこと言うんですか!」
 せっかく私が順序立てて、少しずつ事を進めようとしていたのに。
 兵長と私は一応恋愛関係にあるし、身体の関係だってあるし、それを望んでいないかと言われたら全力で望んでいますと叫ぶけれど、自分からあからさまに求めるのがどうにも気恥ずかしくて駄目だった。
「お前の『構ってくれ』は早い話が抱いてくれってことじゃねぇのか」
「違いますよ!」
 そんな風に思われていたんですか。もう言えなくなったらどうするんですか!
 別にそれだけが目的なわけではない。その日あったことをお互い話したり、撫でてもらったり、キスしてもらったり、ぎゅっと抱きしめてもらったり。
「最終的に行き着く先は同じじゃねぇか」
「そ、そんな、ことは……」
 ない筈だ、きっと。
「まあいい。こんな茶番はさっさと済ませて勝っちまえ」
 それでさっさとねだれと兵長は言う。
 勝ち続けているのは私の方だというのに、いつの間にか立場が逆転してしまっているのは気のせいだろうか。
 手札を準備して、はたと気付く。この勝負で私が勝ってしまったら。
 ゲームに勝ったのだから抱いてくださいとねだらなければならない。
「それって恥ずかしいの私の方じゃないですか!」
「今更気付いたのか」
 相変わらず頭の回転が鈍いと鼻で笑われた。
 今になってやめるは無しだぞという兵長の言葉通り、ゲームは着実に進んでしまって、気付けば先程と同じ状況になっいた。
 目の前には兵長の持つ二枚のカード。手元にはスペードのキング。絵札を選べば私の勝ち、ジョーカーを選べば勝負はまだわからない。
 先程までは兵長の表情を見てあっさり勝っていたけれど、今回は状況が違う。
 今までも賭けをして勝っては構ってください、いちゃいちゃしましょうとねだっていたけれど、今回は具体的なおねだりをしすぎたせいで勝負の回数が増えすぎた。今更「構って」なんて具体的な言葉ではごまかされてくれないだろうし、キスしてもらう場所も尽きてきた。
 つまりは今夜こそ「抱いてください」と言葉にしなければならないわけで──無理だ。
「こ、こっちにします!」
「──ほう」
 兵長の手元から抜き取ったのはジョーカー。
「珍しいな」
 良かった、わざとジョーカーを引いたことは知られずに済んだ。兵長に意識して負けようとするのは初めてで、不審に思われないかどきどきした。
 心音が聞こえてしまったらどうしよう。目は泳いでいないだろうか。顔は赤くないだろうか。
 大丈夫、だと思う。目の前の兵長はいつもどおり平然としているし、私のカードしか見ていないし。
「さぁて……どっちにしてやろうか」
「お好きな方を、どうぞ」
 こくりと唾を飲み込んで、ぎゅっと目を瞑った。とても見ていられないと思ったから。
「おい、ちゃんと見てろ」
「別に、目を瞑ってちゃいけないなんて決まりはない筈ですよ」
「往生際の悪い奴だな──こっち向け。俺を見ろ」
 そんな言い方をされてしまえば、応じる他はない。もとより兵長の言うことを自動的に聞く身体にされてしまっているのだ。
「人を調教師みたいに言うな」
「人の頭の中を覗かないでください」
「お前が見せびらかして来るんだろうが」
 心外ですと反論する余裕も無かった。
 兵長の手が無造作に伸びて、私のカードに手をかける。ジョーカーとスペードのキング。どちらに触れても心臓が口から飛び出しそうだった。そうこうする内に兵長の指がジョーカーに触れて。だめですそっちを引いたら、まだ勝負が終わらない。次に私がキングを引いたら、勝ってしまって。そして。
「──────成程な」
 にやりと笑って兵長は。
 私の手元から、スペードのキングを引き抜いた。
「残念だったな、俺の勝ちだ」
「……あ、ま、負けちゃい、ました……」
 流石に兵長がカードに強くないとはいえ、私が全戦全勝できるというわけではない。こうしてたまに負けることもあるけれど、今回の勝負は本当に心臓に悪かった。未だにどきどきしている。
「さぁて。何をさせてやろうか」
 でもこれで安心だ。私が抱いてくださいとねだらされることもない。もしも兵長が私に「部屋に戻って一人で寝ろ」なんて命令を下したら、その時は床に転がって駄々をこねればいい。
「さぁ、では、兵長」
「ああ、そうだな。それじゃあ……」
 何をしてほしいですか兵長。どこにだってキスしますし、いくらでも抱きしめさせていただきます。勿論ベッドへ移動しろと言われればすぐさま飛んでいきますし、一緒にお風呂と言われる覚悟もできていますよ!
「抱いてくださいと俺の目を見て言ってみろ」
「それじゃどっちにしろ一緒じゃないですか!」
 兵長の私をいじめる才能がありすぎてつらい!
 何ということだろう。兵長は初めから私が勝とうが負けようが逃げ道なんてとっくに塞いでいた。その頭脳があって、どうして私にババ抜きなんかで負けるのか本当に意味がわからない。いや、今回は兵長が勝ったけれど。
「勝った方が言うことをきかせられるんだったな?」
「そう、です……」
 表情の変化がわかりにくいようでいて、慣れるとわかりやすい兵長。でもこれは、慣れていない人でもすぐにわかると思う。
 すごく、楽しそうだ。
「あの、兵長」
「何だ」
「その、ですね」
「だから何だ」
 けして助け船は出してやらないと私を見据える兵長。完全に自業自得とはいえ、どうしてこうなった。
 恥ずかしい。どうしよう恥ずかしい。でも勝者に命じられたからには言わなくてはならない。そもそも私の願望でもあるわけだし。勝ったとしても同じことを言わなくてはならなかったわけだし。
「わた、私の……ことを……っ」
 そこまで言って、そう言えば目を見て言えと命令されたのだと思い出した。そうっと視線を上げると、当然といおうか何と言おうか、兵長はじっと私を見つめていた。
「……あ、」
 その視線だけで、もうだめだった。
 ぼわわ、と音がしそうな勢いで顔に熱が集まるのがわかる。耳が熱い。というか首から上の全てが熱い。心なしか頭もくらくらして、視界が滲むこれは涙か。人間、あまりの羞恥に襲われると涙腺がおかしくなるということを、私は身をもって兵長に教えられた。
「おい、何も泣くこたねえだろう」
 恥ずかしくて目を潤ませる私に、少しだけ焦った様子の兵長が腰を浮かせる。泣いてないです、と小さく囁く声が震えてしまって、これでは本当に私が泣いているみたいではないか。
「嘘つけ……そうだな、俺がやりすぎた」
 だから泣くなと顔を乱暴に拭われた。そのままがしりと両頬を掴まれて。
「違う命令にしてやろうか」
 それは願ってもないことだけれど、懸念材料が少し。
「もう、意地悪言わないですか……?」
「──今は言わねぇでおいてやる」
 なるほど、後から言う気はあると。
 まあ意地悪を言わない兵長というのも想像できないし、今は解放してくれるというのだからありがたくお願いしよう。勝ったというのに一歩引いてくれる兵長は、意地悪だけれど少し優しい。
「どんな命令にするんですか?」
「決まってるだろうが『早く抱かせろ』」
 いつまで待たせれば気が済むんだてめぇは、と言葉だけは辛辣に。けれどきつく抱き寄せられた。痛い筈なのに痛くないから不思議だと思う。
「……どうぞ、好きなだけ」
 結局のところ最後の最後は私に甘い。
 そんなところが大好きですよと囁くと、調子のいいことを言うなと小突かれた。




【今回のあらすじ】

・兵長とトランプしたり
・勝って調子に乗ったり
・駐屯兵団に三日間だけ飛ばされたり
・兵長が愚痴っぽくなったり
・兵長に甘やかされたり(いつも)
・結果として兵長の掌の上でころころと転がされたり(これもいつも)

・そんなお話です


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