鼓動をきかせて


「今日も疲れましたねえ」
 夜、リヴァイ兵長の寝室。湯上がりの髪の毛から水分をふき取りつつベッドに座る兵長を見やると、何やら思案顔でこちらを見つめている。
 まさか「やっぱり今日は自分の部屋で寝ろ」とかそういうことだろうか。そんな。もうすっかり一緒のベッドに潜り込む気でいた私は、どう駄々をこねて一緒に寝かせてもらおうかと思考をめぐらせる。
「ちょっとこっち来い」
 言われるがままぺたぺたと近づいてゆく。目の前に立ってなんでしょうかと問えば、兵長の腕が私に伸ばされた。
「ふぉっ!?」
 そのままぐいと引き寄せられた。兵長は座ったままなので、私の胸元に顔を埋める形になる。珍しい体勢に一瞬言葉を失うが、もしかしてこれは珍しく兵長が甘えているというやつだろうか。兵長が、私に! なんだ先程までの心配は全く杞憂だったのだと一気に気持ちは浮き立ち、すぐさま抱きしめ返してつむじに口付けようとしたところで、あっさり引きはがされた。
「な、どうしたんですか兵長」
 今から甘い雰囲気を作りだそうとですね、と口を尖らせる私を無視し、兵長の口から出た言葉は予想もしていないものだった。
「固え」
「はい?」
 かてえ、と言われましてもまさか私の胸がでしょうか。多少の筋肉の他は脂肪で形成されておりますので、そんなはずはないと思いたいのですが。
 などと口ごもる私のことをまたも無視して、兵長は私のシャツをめくり上げた。
「ひゃあ!?」
 待ってください急にそんな。いえ全く構わないし嬉しいのですけどちょっとはムードがですね、
「これだ」
「……何がでしょうか」
 今宵はいつもにも増して会話が成立しづらい気がする。少しの切なさを覚えながらも問いかけると、兵長が指さすのは私の両胸──を覆う下着──のちょうどワイヤー部分だろうか。
「私の下着がどうかなさいましたか」
 もっとセクシー系がいいとか色が気に入らないとかだろうか。
 今まで口を出されたことはないが、兵長が好きな下着があるのならばそれを身につけるのはやぶさかではないというか、どのようなものがお好みですか。
「触るのに邪魔だ。寝る時は外しとけ」
 まさかのノーブラをご所望だった。
「いやいやいや、これはですね、形を維持するために就寝中も身につけているのです!」
「何が維持だ。そんな大したもんじゃねぇだろ」
 ごもっともだけれども!
 恋人からの突然の駄乳呼ばわりに、ちょっと、いやかなり切なくなった。
 確かに湯上がりで身につけたところで、ベッドで兵長に手を伸ばされればあっという間に外されて、その後は意識を飛ばしてしまうので下手をすれば衣服すら身につけないまま朝を迎えることもあるのだが。それでも何もせずただ眠るだけの日も時折あるので、そのときは朝まで私の両胸はしっかりと覆われているのだ。
 (悲しいことに)大したものではないからこそ、少しでも良きものにしてゆきたいというかなんというか。
 そんな私の密かな試みも、兵長は「馬鹿馬鹿しい」と一蹴した。
「別に俺しか揉まねぇんだから構わねえだろ」
 どんな乳でも。
 あまりといえばあまりな兵長の言葉に、思わず絶句した。
「それとも他の誰かに揉ませる予定があるのか」
 あるなら言ってみろ。そんな気起こらねえように両胸削いでやるから。
 ものすごく恐ろしいことを言われているのに、思わずニヤついてしまうのを止められない。
 揉ませるどころか兵長以外に見せる予定もありませんと宣言したら、ニヤニヤするな気色悪いと小突かれた。

 ***

 じゃあ外してきますと脱衣所に向かおうとした私はあっさりと兵長の腕に捕まり、恥ずかしいですとの悲鳴も今更だと退けられ、あっという間にシャツを脱がされて下着を取り去られてまたシャツを着せられた。物凄い早業だった。
 そのまま兵長の胸に抱き込まれて、今に至る。
 今まで意識していなかったが、確かにシャツ一枚のみでくっついていると、より密着感がというか体温が伝わるというか。
 一定のリズムで伝わるこれは、兵長の鼓動だろうか。
 心地よさに更に擦り寄って、ゆったりと訪れる睡魔に身を任せようと──「おい、」なんでしょうか私すぐにでも眠れそうで。
「まだ寝るな」
 無理ですだって暖かくてきもちい、い──
「起きろと言っている」
「ふぎゃっ」
 とろとろと微睡んでいたのに、頬を痛みが襲った。
「いたいれすいたいれすへいちょうっ」
 ぐににに、と音がしそうなほど私の頬をつねり上げる兵長。
 あの雰囲気からどうしてこのようなことに。
「気が変わった。やるぞ」
「はい!?」
 あんまりな宣言に目が覚めた。
 先程まで横で私を抱きしめてくれていた兵長は、あっという間に私を組み敷いていた。
「今日は何もしないで寝る感じだったじゃないですか!?」
「気が変わったっつったろ。それとも嫌か」
 嫌なわけではないというか嫌なわけがないというか。
 ただちょっといきなりすぎやしませんかというか。
「嫌だっていうなら抵抗しろ。倍酷くしてやる」
 与えられた選択肢が選択肢になっていなかった。
「諦めて全部差し出せ」
 私の上に君臨し、獣のように笑う男に抗うわけもなく。

「……やさしくしてくださいね」

 などと、無理だと身をもって知っている言葉を口にした。


end


*きっと、たまには何もしないで眠る夜もあると思うんです。たまには。
*鼓動を感じたいという話になる筈が、兵長がノーブラ好きみたいになってしまって申し訳ないです。
20130604

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