※以前発行した同人誌「ポーカーフェイス・ジョーカー」とほんのり繋がっていますが、単独で読めます
※ヒロインが以前駐屯兵団の図書室に手伝いに駆り出されて、兵長が迎えに来てくれたことがあるという前提です


 大体一ヶ月ほど前から何となく意識し始める。
 三週間、二週間と少しずつ近付いて、一週間前ともなれば傍目にもわかる程そわそわしていたと思う。
 一体何のことかと問われれば、私の返答は決まっていた。
 恋人の誕生日の話だ。


欲しがり恋慕


 今年も十二月がやってきた。
 十年、いやほんの数年前までとはまったく違った意味合いを持つようになった、特別な月。
「兵長、兵長」
「何だ。へらへらしやがって」
 ここしばらく、夜二人きりになると決まって私は兵長の袖を引いた。そして懲りもせず同じ質問を繰り返すのだ。
「決まりました? 欲しいもの」
「またそれか」
「それです」
 お誕生日プレゼントは何が良いですか。
 毎晩のようにそう繰り返す私を、兵長はうんざりとした表情で見つめている。
「今のところわざわざ強請って欲しいものはねぇな」
 私の質問も同じなら、兵長の返答もいつも同じだった。兵長は物欲が無いのかなんなのか、私に欲しいものを教えてくれない。けれどそれでは困るのだった。
「ちょっと素敵なものとか用意して、こいつ気がきいてるなーとか、俺のことわかってるなーとか、好きだなーとか思われたいじゃないですか」
「それ全部俺に言っちまったら意味がねぇだろうよ」
 伸びてきた手にぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられる。悲鳴をあげたところで、兵長の両手からは逃れられない。
「髪の毛がくしゃくしゃに!」
 あちこちはねているであろう髪の毛を手で撫でつけて、唇を尖らせたところで兵長は気にした風もない。それどころか、しれっとした表情で
「別にこの後は風呂に入るだけだ。構いやしねぇ」
 などと言うものだから、私としては何と返事をしていいやら。
「まぁ、考えておく」
「考えておいてください」
 そして結局は、毎晩こうして話が終わるのだった。


 翌日。いつものように兵団本部の資料室に籠もり、せっせと本の分類などしている時にそれは起こった。
 見慣れない顔の男性が顔を出したかと思えば、よくよく見ると手紙を携えている。彼が読み上げた手紙の内容。それは駐屯兵団本部図書室からの要請だった。
「――つまり、年末の蔵書点検の人手が足りないと」
「そういうことです」
 まじめな表情で頷く男性の顔に見覚えがないのも当然で、彼が身につけているのは駐屯兵団の兵服だった。調査兵団の本部で顔を合わせないのも当然だ。
 駐屯兵団の仕事を調査兵団の兵員が手伝うことはよくある。調査兵団だからとはいえ、毎日壁外に出ているわけでも、訓練だけに明け暮れているわけでもないからだ。
 とはいえ年末で忙しいのはこちらも同じ。休暇を前にして張り切って仕事を片付けていた。貴重な休みを潰されてたまるものかと。
「確かに以前お手伝いには伺いましたが」
 駐屯兵団の図書室が蔵書で溢れてどうにもならないと悲鳴をあげた時、私が整理のお手伝いに呼ばれたのだ。
「今回は室長直々に指名されていまして」
「なんと」
 ぺらりと見せられた手紙には確かに私の名が書かれていて、どういうことかと問うとあっさりと答えが返ってきた。
「前回お手伝いいただいた際に勝手はわかっている筈だから、手っ取り早いでしょうとのことです」
 身も蓋もない理由だけれど、確かに一理ある。一理あるけれども。
 問題は、駐屯兵団まで手伝いに行くというのは、つまり調査兵団の本部を留守にしなくてはいけないということだ。
 一日か、いや早く終わったとしても二日か。
 たったそれだけと言われれば確かに返す言葉もないけれど、私にとってはその二日が大きい。特に兵長の──恋人の、誕生日を前にしているのだから。
 まだ欲しいものすら聞き出せていない。仕事の後にでも少しずつ準備を進めたいと思っていたのに、本部を離れてしまえばそれも叶わない。
 とはいえ、これは正式な書面で要請された私への任務だ。
 目の前の男性がここまで入ってきているということは、きっと団長の許可も得ているのだろう。つまり、上と話はついているということだ。
「……出来る限り急ぎで終わらせることになりますが」
 私が引き受けると言うと、目の前の男性はあからさまにほっとした顔をして「よろしくお願いします」と頷いた。


「──なので、明日から駐屯兵団に行くことになりました」
「…………」
 夜、兵長の部屋で二人きりになったので昼間の出来事を報告した。兵長は私が淹れた紅茶のカップを手にしようと腰を浮かせ、そのままの体勢で静止している。
 しばし沈黙。
「俺の聞き間違いか。お前が駐屯兵団へ行くと聞こえた」
「そう言いましたよ」
「明日からとも聞こえた」
「そうとも言いました」
 何だ全部聞こえてるんじゃないですか。私がそう笑って兵長の隣へ腰を下ろそうとして──全力の足払いをくらう。
「ふぎっ」
 変な体勢でソファに崩れ落ちた。背もたれに打ち付けた後頭部が痛い。思わず涙が浮かんで抗議しようとして──思わず押し黙る。兵長の浮かべる表情を見てしまったからだ。
「……あの、もしかして、なんですけど」
「何だ。この上言えることがあるなら言ってみろ」
「怒って……ますか?」
 それに対する兵長の答えは、
「さぁな」
 というあまりにもそっけないものだった。だがしかし怒っているのは一目瞭然で、私はどうしたものかと内心頭を抱えていた。
 再度、しばし沈黙。
 今回も先に口を開いたのは兵長の方だった。
「別に、お前に怒ってるとかそういうんじゃねぇ……ただ、お前の鳥頭っぷりに呆れてるだけだ」
「とりあたま」
 言われた言葉をそのまま繰り返す私に、兵長は深く深く溜息を吐いた。
「お前、前も駐屯兵団に連れ出されたろう」
 前回手伝いを要請された時のことだ。
 あの時は確か滞在期間がどんどん延びて、結局兵長が迎えに来てくれたのだった。
「一人で帰れずにぴぃぴぃしてやがった癖に、また行くのか」
「……任務ですし、それにその、別にぴぃぴぃなんて」
 してないです、と言う前に兵長が口を開く。
「成る程な。お前は俺に会わず俺と話さず俺と触れず俺と眠らずにいても、余裕だってわけか」
「嘘ですぴぃぴぃします兵長無しの日常とか死んでしまいます」
 思わず全力でしがみついた。今度は足払いも背負い投げもされずに受け止められる。
「人間素直が一番だな」
 どことなく暢気な声で、私の背中をぽふぽふと叩いたりしながら、兵長はそんなことを言う。
「……せっかく、ちゃんとできるところ見せようと思ったのに。台無しじゃないですか。また全力で甘えちゃうじゃないですか。うう」
 しがみつきながらそんなことを言ったところで無駄だとわかっていた。けれどたまには私だって、一人で大丈夫ですと胸を張りたいこともある。
「無駄な抵抗はよせ」
「あう」
 でもですね、兵長。
 私が無駄な抵抗をしないということはですよ?
「……行きたくないぃ……」
 駐屯兵団に行ってしまったら、仕事の合間に兵長を見かけることもできない。書類を届けることもできないし、お茶を淹れてあげることもできない。それどころか向こうへ泊まり込みなんてことになったら夜だって離ればなれだ。つらい。ものすごくつらい。いつだって一緒がいいのに。
 ──等々。
 つまりは全力で弱音を吐き出すということだ。全力で泣き言を漏らして、一緒に居たいと我が侭を言うことにほかならない。
 だから出来うる限りの自制心でもって、一人で平気な素振りをしてみせたのに。
「……何ですかその顔は」
 私が恥ずかしいのを我慢して、情けないところをさらけ出したというのに、兵長の表情は明るい。というか、機嫌が良いのが見ただけでわかる。
「別にいつもと同じ顔だが」
「うそつき。言いたいことがあるなら言ったらいいじゃないですか」
「お前が俺のことを好きで仕方がなくて気分がいい」
「意地悪!」
 最悪だ! なのに大好きだから悔しい!


 もしかして兵長は、私をからかう時が一番楽しいのかもしれない。
 本気で思ったのでそう言ってみた。答えは「バカ言うな」だったけれど、しっかりと口角は上がっていたように思う。
「終わったら迎えに来てくれますか?」
「気が向けばな」
「……」
「冗談だ」
 ──精々役に立ってこい。そして早く戻れ。
 部屋を出る前、最後に一度思い切り抱きついてから出発した。
 大丈夫、私は私のやるべきことを終わらせて、大手を振って兵長のところへ帰ろう。
 そんなことを決意しながら。


 久しぶりの駐屯兵団の本部は、どことなく落ち着かない。それはかつて何度も籠もった図書室も同じで、空気や匂いまで知らない場所のようだった。
 高い天井も、少しだけ埃っぽい本棚も、絨毯が敷いてある床も。本に直接光が当たらないように作られた大きな窓から差し込む太陽光。埃に当たってきらきら光る様子に、自然と目を細めるのは懐かしさか否か。
「──やぁ、本当に来てくださったんですね」
「あ、どうも」
 誰もいないのをいいことに室内をぼんやりと観察していたら、後ろから声がかかった。思わず肩をびくりと震わせつつ振り向くと、そこに居たのは予想通りこの図書室の室長だった。兵長よりは若干年下に見えるが、本当のところはどうだかわからない。今は彼がこの部屋を取り仕切っているらしく、私の仕事の都合上、何かと顔を会わせる機会もある相手だった。
 会釈する私に彼も軽く頭を下げ、助かりますとにこやかに言う。
「この年末になって、急に退団者が出ましてね。折り悪くそんな時に限って予算を使い切ろうと大量購入された文献が一気に届いてしまって」
 整理しきれずに溢れるようなことがあれば、上からどんな咎め方をされるかわかったものではない。室長はそんなことを言いながら肩をすくめた。
「お役に立てるといいんですけど」
「いえいえ、来ていただいて助かりましたよ」
 まだ何もしていない。来たからにはきちんと役に立って帰らなくては。兵長に「ちゃんとお仕事してきましたよ」と報告する為にも。それに「でも寂しかったやっぱり一緒がいい」としがみつく為にもだ。


 作業自体はそう難しいものではない。いつも調査兵団でやっているのと変わりなく、目の前の仕事を黙々と片付けていった。
 当然ながら私以外は皆、駐屯兵団の兵員だった。薔薇の紋章の兵服だらけの中で、二枚の翼を背負っている私は目立つ。悪目立ちするだろうかと一旦は脱ごうとしたが、この季節にそれは厳しいだろうと諦めた。
「どうぞ」
「わあ、ありがとうございます」
 お昼を過ぎて、ともすれば襲ってきそうになる眠気を振り払いながら数時間。ひたすら目の前の文献を捌いていたら、休憩にしようと室長から声がかかる。
 差し出されたカップを受け取って、熱いお茶を火傷しないよう少しずつ啜る。ここには火傷をしたと悲鳴をあげても、バカめと罵る兵長は居ない。罵った後に必ずと言っていいほど
「見せてみろ」
 と私の舌を捕まえて、氷を押しつけてくれる兵長は、ここに居なかった。
 まだ半日だというのに、既に兵長に会いたい。
 慣れない環境と慣れない相手に囲まれているから気を引き締めていられるけれど、油断するとすぐ兵長のことを思いだそうとするこの頭は、我ながら困ったものだと思う。
「……随分と捗っているようですね」
 カップを傾けながら、室長は微笑みを浮かべている。大量の文献を前に途方に暮れていた駐屯兵団の面々も、これなら目処がつきそうだと胸をなで下ろしていた。
「そうですね。これなら明日にも終わると思います」
 何せ二日後には兵長の誕生日だ。できたら明日の午後には終わらせて、調査兵団に帰りたい。
 その為には今夜は少し書庫に残って作業を進めておいた方がいいだろうか。他の人達を付き合わせるのは忍びないし、私一人でも。
「いえ、まさか貴女一人にそんなことはさせられませんよ」
「でも」
 早く終わらせたいのは私の都合だ。
 駐屯兵団側からすれば、年末の休暇で人が減るまでに仕上げればよいとのことだったし。そう告げても室長は首を縦には振らなかった。
「これでも責任者ですからね。作業が早く終わるのは喜ばしい」


 結局夕食の後に、室長と図書室に戻った私は作業を再開させていた。
「毎回のことながら、負担をかけてしまって申し訳ない」
「いえ。出来る限り兵団同士の協力はしていくべきだと思っています」
 新しい文献の分類を資料に書き付けながら、室長の言葉に答える。街の人々と直接関わりを持つことが一番多いのが駐屯兵団だ。疎まれがちな調査兵団の人間が駐屯兵団に協力している姿は、そんな人達の態度を軟化させた。
「持ちつ持たれつなんですよね」
 わかったような口ぶりで私が笑うと、室長はなんだか微妙な表情を浮かべている。
「本当に、貴女がこの図書室に来ていただけると助かるんですがね」
「それは……」
 以前私がこの場所へ助っ人に来た時にも、同様のことは言われていた。
「わかっていますよ。無理に誘わないと約束しましたしね」
 ありがたい誘いではあったのだけれど、私が居たいのは兵長の傍だった。それに、調査兵団の資料室にだって私の仕事は残してきている。なくてはならないなんて存在ではないにしろ、少しは役立っていると自惚れたかった。
「駐屯兵団はそんなに人が足りてないんですか?」
 私の疑問に室長は苦笑すると
「そういうわけでも、ないんですが……」
 そんな風に言葉を濁して、目の前の作業に戻ってしまった。
 私は首を傾げながらも、再びやるべきことに集中し始めた。

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