センチメートルアイロニー
己の身長について、気にしていないと言えば嘘になる。
けれどそれは手足が伸びれば攻撃範囲が増えるだとか、蹴り技が容易になるだとか、そういった理由が大部分を占めていた。
人相の悪さに身長が不釣り合いだとでもいうのか、街を歩けば無駄な喧嘩を売られることもあるが、昨日今日の話ではないのでいい加減慣れた。
三十を超えて今更生まれ持った体格について思い悩んだところで仕方あるまい。そう思っていた。
──筈だった。
「兵長デートしましょう!」
「しねえ」
「兵長とデートします!」
「オイ」
その日も唐突に俺の部屋に現れたリンは、理不尽な誘い方で俺を街へ連れ出すのだと息巻いていた。とりあえず反射的に断ったものの、当然こいつがめげることはない。昼飯を食い、紅茶を飲みたいのだという。
なら別にこの部屋でいいじゃねぇか。
しかも不可解なことに場所と時間を決めて落ち合いたいのだそうだ。同じ場所から別々に出かけて、わざわざ街で落ち合う理由は何だと問いただせば、リンは朗らかに言い放つ。
「その方がデートって感じがします」
それを聞いた俺は右手を伸ばし、ひとしきり頭を締め上げる。十分すぎるほど手加減をしているにも関わらず、痛いと涙を浮かべる姿をたっぷり堪能してから離してやると、先ほどまで散々酷い目にあわされた男(俺だ)の腕の中に自ら収まりにきた。
警戒心の欠片もない姿にコイツは全く学習しないと嘆息するが、俺相手なので警戒しなくても特に問題はない。
「駄目ですか? 嫌ですか?」
「別にそうは言ってねぇだろう」
デート、などという甚だこそばゆい響きの単語も一蹴できないのは、結局のところ俺だって惚れた女に甘えられるのを悪くはないなと思ってしまっているからだった。我ながらどうしようもない。
「何時だ」
己の声がやけに甘ったるく響くのが、気のせいであればいいと祈りながら。
街まで出かけて飯と紅茶だけで満足かと問えば、きっとリンは頷くのだろう。
芝居を観たりサーカスを見物したり、そういった目的がなくてもただ食事だけで楽しいと笑う姿を思い起こすと、自然と足早になってしまう。指定された時刻まではまだ余裕がある筈だが、普段のあいつを思えば既に待っていてもおかしくはないからだ。
帰りにどこかの店で好きな菓子でも買ってやろう──そんなことを考えていると、見慣れた姿が立っているのがここからでもわかった。
「──」
声をかけようとして足が止まる。
リンの前に、見知らぬ男。
少なくとも調査兵団の人間ではない筈だ。
何やら話しかけられているが、様子を見るに男が一方的に喋り倒しているようだ。よく動く口だな。縫いつけてやろうか。
いや、まだどんな状況かも俺は理解していない。あれがリンの知り合いで、とても話好きという可能性だってある。偶然出くわして知り合い同士が立ち話。とてもそうは見えないが、もしも二人が友人同士だというのなら、俺が縫い針と糸を手に襲いかかるわけにもいくまい。きっとリンに怒られる。
しかしながらそんな俺の想像(妄想)は見当外れだったらしく、歩を進める俺にリンが気付いた。
「兵長……!」
いざ近くまで来てみればリンの表情は困惑そのものといった感じで、もたもたしていた自分に腹が立つ。ほっとした様子で俺に近づくと、そのまま俺の背に隠れてしまう。まあちょっとした都合上、頭まで隠れ切れていないのはこの際仕方がない。
「ちゃんと待ち合わせの相手が来ましたので、失礼します」
俺の後ろからもごもごと口にするのは、今まさに俺の目の前で面白くなさそうな面をしている野郎に対しての拒絶だろう。
俺の衣服の背中をきゅっと掴み、隠れながらもきっぱりと断る姿は正直言って気分がよかった。
先ほどからリンが何故声をかけられていたのかなど、流石に俺でも理解ができる。連れがいることを示せば流石に諦めたのだろう。男は何か言いたげな表情を浮かべてはいるものの、俺がちらりと視線をやると何故か身をすくませて、それ以上何も言ってくることはなかった。
「悪いな。おい……行くぞ」
「はいっ」
背後のリンを見ればすっかり油断しきったいつもの面になっていて、呆れるやら可愛いやらでどういう顔をしていいのかわからなかった。
迂闊に口角を上げてしまったら格好がつかない。唇を強く引き結んだまま、リンの手をとり歩き出す。
数歩歩くと背後で吐き捨てるような男の声がした。
「……何だよ! あんなチビオヤジの何がいいってんだ!」
舌打ちまじりの捨て台詞だ。
相手にするのもバカバカしい。
軽く嘆息して本来の目的地へ進もうとしたが──おいどうした。
「……」
隣でリンがわかりやすくむくれていた。
何だ。今までの流れでお前が機嫌を損ねる箇所がどこにあったというんだ。
「何が言いたい」
「だって」
「あん?」
そのまましばしの問答の末、つまりこいつが言いたいのは。
「何がいいも何も、全部に決まってるじゃないですかね」
あの人何にもわかってないですよね。
そう言って唇をとがらせている。
「…………」
「何ですか? そんな顔して」
「…………いや、何でもねぇ」
恋人の言動によって降って沸いた性的欲求を鎮める方法を模索している俺と、どうにも無理そうなのでこの辺りに女を連れ込める宿はあっただろうかと脳内地図を検索する俺。その二人が戦っていたんだが、たった今後者が圧勝したところだ。
そんな心の声を気付かせることもなく、俺はリンの手をけして逃がさぬよう強く握りしめた。
(続くかもしれません)
20150406
→2※続きました