恋しがりの二人
リヴァイ兵長は意外と頻繁に触れてくる。
他人の体温との接触は出来る限り避けたいのかと思っていたが、以前聞いたところ「時と場合と相手による」そうだ。
私が擦り寄ったり抱きついたりすると、邪魔だとか暑苦しいとか言うじゃないですかと拗ねてみせたら、誤魔化すようにぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜられた。勿論それで私はすぐさま誤魔化された。
兵長に触られるのはとても好きだ。
それは所謂「そういう」類の接触でもかわりはなく。
腕を引かれることもあれば、ベッドや床やソファに押し倒されることも。ただ「来い」とだけ言われても逆らうことはない。
交わりが始まってしまえばあっという間に快楽に押し流されて、貪り尽くされるまで終わることはない。
以前「まるで捕食されているようだ」と切れ切れに訴えたら、兵長は「その通りだ」とニヤリと笑った。
兵長が壁外調査や諸々の雑務で本部を空けるとき以外は、それこそ頻繁に抱かれていて。
求められているのだと思えば歓喜しかなく、ただされるがままになっていた。
だから私は本当の意味では気付いていなかったのだ。
自分の中の情欲というものに。
***
「………………」
おかしい。
最近兵長がおかしい。
一見しただけならば何もおかしなところは無いのだ。壁外調査が終わり次へ向けて調整や訓練の為の期間、机に向かい面倒だと吐き捨てながら書類仕事を片付けていく兵長の様子はいつも通りだ。
「何じろじろ見てる」
「……なんでもないです。まだお仕事終わりませんか」
もう九時も過ぎていた。夕食後までお仕事ですかとぼそぼそ呟く私に、もう終わると返す兵長に、何ら普段と変わったところは無い。
ただ、おかしいというのは。
「これで最後だ」
「おつかれさまでした」
私の入れたコーヒーをぐいと飲み干して、書類の山に最後の一枚を乗せる。
普段ならば、さあお仕事終わりましたよ私を構う時間ですよとにじり寄って、存分に兵長にしがみつくところなのだが。
「お前も昼間はハンジの助手だったか? 疲れてんだろ」
もう戻ってもいいぞ、と私を労るような言葉をかけてくる。
それが、おかしいのだ。
ハンジ分隊長の助手を務めるのは疲れるというよりも命の危険がというか、とにかく色々と大変なのは確かだけれどそれはいいのだ。それも私の仕事だから構わない。
兵長に労られてそれを「おかしい」と感じる自分が大概可哀想になってくるが、今の問題はそれではなく。
最近の兵長はこんな風に夜になっても仕事を続け、それが終わると私を解放してしまう。
残れと命じられてもいないのに兵長の私室に居残るわけにもいかず、そのままとぼとぼと自分の部屋へと帰る夜が、どれだけ続いているだろう。
指折り数えて、二週間。そう、二週間だ。
──もう二週間、兵長に触れられていない。
こういう関係になってから、特別な理由なく二週間も別々に眠ったことなど無い。
暗黙の了解というかその場の空気というか。時には「今日はここで寝ていけ」なんて言葉をもらえることもあって──と思い返すだけで情事を思い出してしまって顔が熱くなる。
兵長はそんな私に気付かず、ペンやインクを片付けている。
もしかして、気付かないうちに私は何かとんでもない不手際を──!
「あの、兵長」
「何だ」
「わ、私、何か兵長を怒らせるようなことを、」
してしまいましたか……と続く声は自然と先細りになってしまう。
「何のことだ」
「兵長はその、私のこと怒っていたりとか」
「怒られるようなことをしたのか」
「覚えは、ないんですけど……」
知らない間に何かしてしまったのならば償わなければならない。
「別に、何もねえよ」
その答えに安堵する。が、ならば何故。
何もしてくれないんですか、とは流石に聞けなかった。その代わりに、
今夜、泊まっていってもいいですか。
そう、小さく呟くのが精一杯だった。
「別に構わない」
少し早いが寝るかと立ち上がる兵長。
向かうのは部屋に備え付けの浴室だろう。
兵長ともなるとそんな豪華な設備が与えられるのかと驚いたものだが、ここに来る条件のひとつとして要求したらしい。
流石というかこの人本当に綺麗好きだな。
***
「空いたぞ。お前も入ってこい」
「は、はいっ」
湯上がりの色気を振りまきながら言われて、正直もう頭がくらくらした。
兵長の禁断症状が出始めているのにこれはあまりにも酷だ。
けれど兵長が自分の浴室を他人に使わせるのは私限定なのだと知っていたので、飛びつきそうになるのを堪えて入浴することにした。
さっぱりと汗を流して部屋に戻ると、兵長は既にベッドに居た。
立てかけた枕をクッションがわりにもたれかかり、本を読む姿はどうやっても様になる。近づくと顔を上げて暖まれたかと聞く兵長は、確かに私に怒りを覚えているとは到底思えなかった。
良かった、私の思い違いだったのだと安堵して、おじゃましますとベッドに潜り込んだ。
(ああ、これで)
久しぶりに撫でてくれるだろうか、触れてくれるだろうかと期待して見上げていると兵長と目が合った。
「なんだ? 先に寝て構わねえぞ」
「!?」
同じベッドに入れて嬉しかった。
優しい言葉も嬉しかった。
だけど、だけどこれは。
ゆっくりと起き上がる。
「兵長は、」
もしかしてもう私のことが嫌いなのですか。
私の言葉が意外だったのか、兵長は目を見開いている。
「……なんでそうなる」
「だって、」
(どうして二週間も何もしてくれないんですか)
(前みたいにして欲しいです)
(兵長)
言いたいことはたくさんあるのに、頭の中をぐるぐると回るばかりだ。
涙まで浮かんできそうで、慌てて下を向いて耐えた。
「お前はどうしたい」
「え……?」
「お前は俺に何をして欲しがっている?」
思わず顔を上げて兵長を見つめる。
私の全てを見透かすような瞳だった。
「それ、は……」
「お前の口から、はっきりと、言葉にして俺に言ってみろ」
兵長の伸ばした手が、私に触れる直前で止まる。
もう、限界だった。
「兵長にっ……触って、ほしいです……っ」
「それだけか?」
触れるだけならいくらでもしてやろうと、頭を撫でられた。
そのまま兵長の指は頬を辿り、唇をなぞられる。
それだけの接触なのに、ずっと触れられていなかった身体はぞくぞくと反応を返す。
欲しい。
兵長が欲しかった。
顔に血液が集まって、このままでは気を失ってしまうそうだ。
あれだけ恥ずかしくて言えなかったのに。
震える唇で、
「兵長と、いやらしいこと、したいです……っ」
たくさん触って、抱きしめて、とそれだけ言うのが精一杯だった。
「……やっと、言ったな」
「え……」
「一週間は覚悟してたが、まさか二週間も粘りやがるとはな」
「はい?」
何か兵長が私のわからないことばかり言っているのは気のせいだろうか。
「お前は長い二週間に感じたかもしれねえが、長かったぞ──俺にとっても」
おまけに何故そんなに楽しそうにニヤリと笑っているのですか。
「素直にねだるまで二週間とはな」
もしかして。いや流石にそんな筈はない。いくら兵長でも。でもまさか。
「兵長……」
「何だ」
「もしかして、この二週間何もしなかったのって、その」
「ああ。お前がどこまで意地張って耐えるのかと思ってな」
見物だったぞ、とそれはそれは楽しそうに笑う兵長を見て。
私の怒りは爆発──ということもなく。
「……おい」
気付けば私の両目からは、ぼろぼろと涙が溢れていた。
「おい、待て、泣くな」
どこか慌てた声の兵長にタオルでがしがしと顔を拭われる。それでも止められない大粒の涙はみっともなく流れ続けていた。
「た、」
「何だ?」
「よかっ……よかったぁあああ……っ」
兵長に嫌われたのではなくて。
飽きられたのではなくて。
不安で不安で、でも聞けなかった。
そう泣きながら繰り返す私に、何を思ったのか。
気付けば兵長に強くかき抱かれていた。
「そんな風に泣くな」
「だって安心したんです」
兵長が意地悪してきただけなら、いつもと同じですから、その方がよっぽどいいです。
「どういう意味だ」
兵長の肩にうずめた頭を小突かれても、ちっとも痛くなかった。それより何より、久しぶりに強く抱きしめられて兵長の体温を感じていることの方が大事だった。
なのに兵長は私から離れてしまう。どうしてですかと言う間も与えられず、視界がぐるりと回って。
気付けばベッドの上、身動き一つ取れないように両肩は両腕で、両脚は両膝でがっちりと固定されていた。
「兵長……?」
「お前も耐えていただろうが、あいにくそれは俺も同じでな」
「え? え?」
「トドメにさっきの泣き顔だ──覚悟はできているんだろう?」
なあ? と下肢に押しつけられた昂ぶりに、ようやく事態を把握した。
「……はい。兵長に……さわって、ほしいです」
私も触りたいですと言い終わる前に、噛みつくように口づけられた。
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