※別マガ2015年1月号の表紙ネタ
※原作世界にお饅頭があるということにしてください
もちもちほっぺは誰のもの?
「……おい何だ、このふざけた代物は」
我ながら不機嫌さの滲んだ声音だと思うが、それも無理はない。
休みの翌日、ベッドから離れたがらない己の身体を無理矢理に引きはがし、執務室に着いた途端呼び出しを食らった。誰かと思えば呼び出された先は団長室で、向かう前からろくなことにならないと予想がつく。
乱暴に扉を開けた俺を出迎えたのは、想像通りの顔ぶれで──エルヴィンとハンジ。七三とメガネの二人組は何やら物言いたげな表情を浮かべて俺を待ちかまえていた。
この場で踵を返して部屋へ戻ってやろうか。
そんなことをすればどうせすぐさま捕まって、結局は面倒な与太話に巻き込まれるに決まっていた。どうせ巻き込まれるのなら逃げる労力が無駄だ。
リンが俺に茶を淹れに来るのも昼飯を終えた午後のことだし、それなら今の内に面倒ごとを片付けてしまいたい。朝に別れたばかりの存在を早くも思い返す己の頭は、相当に茹だっているがこればかりは諦めるしかなかった。
「わざわざ朝っぱらから呼びつけやがって、何の用だ」
「いや何、大したことではないんだが」
「なら戻らせてもらう」
「まあ待て」
大した用でもないのに人を呼びつけるなと言いたい。いや実際吐き捨てるように俺は言った。
しかし目の前の二人は俺の言葉に全く耳を貸さず、薄っぺらい笑顔を貼り付けて退路を塞ぐ。
「そうそう。ちょっと座ったらいいじゃない」
「うるせぇ触んな」
ぐいぐいと二人がかりで肩を押され、本来は来客用である椅子に押し込められる。俺は客になったつもりはないんだがな。
「新商品の開発ができてさ。リヴァイにも見てもらおうと思って」
そう言ってハンジはどこからか白い箱を抱えて戻ってきた。どうぞと示されて、俺の目の前にあるテーブルに置かれたそれを注視した。大きさはそれなりだが薄い紙箱だ。蓋もしてある。
向かいに座るエルヴィンを見やれば、開けてみろと促された。
びっくり箱の類であれば殴り倒して帰ろう。そう決意して蓋を開けた──そして、冒頭の俺の言葉に繋がるわけだ。
「……おい何だ、このふざけた代物は」
「調査兵団饅頭」
チョウサヘイダンマンジュウ。
あまりに聞き慣れない言葉に、思わず沈黙する俺を一体誰が責められようか。
「ひとつ聞きたいんだが、こりゃあ何のつもりだ?」
箱の中にはぎっしりと饅頭が並べられていた。
それも、見知った顔を模した饅頭だ。
この七三はエルヴィンだろう。一つ飛ばして、この顔の半分がメガネで埋まっている饅頭はハンジだろうか。その横に収まっているのは──
「あ、それモブリット。激似だろ?」
何が自慢なのか胸を張るハンジ。確かに似ている。似ているがしかし。
「モブリットは絵が上手いからな。彼に原画を頼んだんだ」
ハンジと同じくこれまたご満悦なエルヴィン。満足気な二人を見ていると、疑問を覚えているのは俺だけなのか? と不安にも似た感情が沸き上がってくるが、そうではないと信じたかった。
「あ、もしかしてリヴァイ仲間外れにされたと思った? よく見なよちゃんとあるじゃない。私とエルヴィンの間に」
「そうじゃねえ」
「ほらこれ。不機嫌そうな顔がそっくり」
「だからそうじゃねえ」
「はは、本当によく似ているなリヴァイ」
「聞け七三メガネ」
俺の言葉に耳を貸す様子がない二人に、苛立った声を出す。
「私は七三じゃない」
「俺はメガネじゃない」
今度は俺が二人の言葉を無視し、箱のフチを指で叩く。よく見れば俺達だけでなく、どの饅頭も見覚えのある顔じゃねえか。どれだけ暇なんだと問いただしたい。
「お前らコイツをどうするつもりなんだ」
「売り出す」
ぴたりと声をそろえて二人は言った。当然のことだそれがどうした──とでも言いたげな二人の様子に、頭の奥が鈍く痛んだ。
「次から次へと、資金繰りの為とはいえよくも思いつくもんだ」
「まあ、そう褒めるな」
「褒めてねぇよ」
兵団の資金繰りに関して、俺は不得手だ。それは自身でも認めている。対して目の前のエルヴィンやハンジは頭脳労働を得意としている。それ故、俺が資金集めのやり方に口を出すことは滅多にないのだが──愚痴くらいこぼしたっていいだろう。勝手に己の顔を商品化されているとなれば。
「……好きにすりゃあいい」
結局は溜息混じりにそう答えるのもお決まりだった。
俺の一言が決定打になったのか、二人の議題は箱のデザインはどうするか、それともシンプルが一番か──と次の段階へ進んでいた。そろそろ俺は部屋に戻っていいだろうか。残っていたってやることは無いと腰を浮かせかけて──部屋にノックの音が響く。
「団長いらっしゃいますか? 文献をお届けにあがりました」
少し堅い声。勤務中だからか、俺と居る時のような甘い響きはない。むしろあってたまるか。
「ああ、入れ」
エルヴィンの声に、一拍おいてから扉が開く。その声の主は、俺が間違える筈もなく。
「失礼します。お待たせしました、ようやく全部揃って──」
中へ入って、執務机ではなく脇のテーブルに居る俺達三人を目にしたリンは、ご一緒だったんですねと笑う。
俺の気のせいでなければ、先ほどよりも雰囲気が柔らかくなったようにも見える。俺がいるからだと自惚れたい。
「ご苦労だった。机へ置いてくれ」
「はい」
「置いたらこっち来なよ。面白いもの見せてあげる」
「え? 何ですか」
命じられた通りに両腕に抱えた本を机に積み上げたリンは、俺達の側へと寄ってくる。ハンジはエルヴィンのソファの肘掛けに腰を下ろしていたので俺の隣もエルヴィンの隣も空いている。どうするつもりかと見守っていたら、リンは迷わず俺の横で立ち止まったので、とても気分が良かった。そんな俺の様子にエルヴィンもハンジも呆れた表情を浮かべているが、リンに見られなければどうということはない。
「別に面白いもんじゃねえ。コイツらがまたろくでもねぇもんを作ったってだけだ」
「わーかわいいですね! そっくり!」
「似てるだろ?」
部下の似顔絵のセンスを褒められて嬉しいのか、満足そうなハンジと楽しそうに箱をのぞき込むリン。その様子を見ていると、これを「可愛い」と評するセンスが心配になるが、口を出すだけ野暮だと黙っておくことにした。
「ふふふ……兵長ってばおまんじゅうなのにこんな顔して……かぁわいい」
「え? 可愛いってリヴァイのことだったの?」
「変わったセンスの持ち主だな……」
「ええええかわいいじゃないですか!」
饅頭とはいえ、自分をリンに褒められるのは良い気分だが、正直俺も二人と同意見だ。
「みっしり詰まってるから、くっついちゃってますね」
ここのところ、とリンが指さす場所を見れば、成る程確かに。饅頭と饅頭が密着している場所の皮が張り付いている。取り出す時にべろりとはがれてしまいそうだ。
「確かに、この部分は再考の余地がありそうだな」
「そうだね……また何か考えてみようか。ありがとうね!」
「いえいえ、そんな、そんなんじゃないんです」
ハンジに礼を言われれ、もじもじと俯くリンに、何かひっかかりを覚えた。きっと俺にしかわからない程の、微量の違和感。
「できあがったらひと箱あげるからね」
「楽しみにしてます。それでは、私はそろそろ」
けれどその違和感の正体に気付く間もないまま、リンは退室していった。
目の前ではエルヴィンとハンジがああでもないこうでもないと未だ話し合っていた。
──いい加減俺も部屋へ帰っていいだろうか。
「兵長っ」
「ん」
むに。
「……おい」
「痛い痛いいたいです」
兵長と、呼びかけて振り向いた頬に人差し指。
子供がするような悪戯は兵長が油断していたからか見事成功し、私の右手の人差し指は兵長の右頬の感触をむにむにと楽しんでいる。
まあ即座に指を握りつぶされそうになったのはご愛敬というものだ。
今日は勤務時間内にも兵長に会えた。
どうせ夜になれば部屋でゆっくり二人きりになれるけれど、好きな人に会える機会は多い方がいい。昼間のことを思い返せば、私がちょっとたわいない悪戯をしたって許される筈だった。
「完成品もらったら、一緒に食べましょうね」
「知り合いに似た面を食うってのはブラックジョークが過ぎねぇか」
「……リアル寄りだったら、そうかもしれませんけど」
あれだけデフォルメされているなら、可愛いの一言で流してしまえる気がした。事実、あのかわいくない表情を浮かべた兵長饅頭はとても可愛らしかったし。
「お饅頭に合う茶葉、探しておきますね」
「……おう」
茶葉と聞いて兵長の目が少しだけ輝いたのを私は見逃さなかった。
さて。無事にソファで読書に励む兵長の邪魔もできたことだし、そろそろいいかな。
「兵長」
とびきり甘えた声で、兵長に腕を伸ばしても、そろそろいいかな。
「転ぶぞ」
「ソファがあるから、大丈夫」
重いとか邪魔だとか言いながら、兵長の腕はししっかり私の背中に回されている。ソファから転がり落ちないように、兵長から離れられないように。
膝に乗り上げて向かい合うように兵長にもたれかかった。先ほど人差し指でしか触れられなかった右頬に、私の頬を擦り付けるように。
部屋を暖炉で暖めているとはいえ、夜ともなればこの季節はどうしたって冷える。けれど私は少しだけひんやりとした頬の温度を楽しんでいた。
「んー……」
「何だ、もちもちさせやがって」
いつもよりも長いこと頬ずりをしていたからか、兵長が喉の奥で笑う。
「もちもちしてたのは、おまんじゅう兵長じゃないですか」
「俺が饅頭みたいな言い方はよせ」
「兵長がもちもちしてたんだから、私だってしてもいいじゃないですか」
「お前何言って……ああ」
兵長が何かに気付いた声を出す。しまった。
「別に、他意はないです」
「そうかそうか」
「何がそうかなんですか。何でもないですってば」
そうかと繰り返す兵長の声は、先ほどよりもずっと楽しそうだ。これはまずい。とてもまずい。
「……気付かなくて悪かったな、まさか──饅頭にまで妬くとは思わなかった」
「──!!」
ちがうとか、そうじゃないですとか、言いたいことは山ほどあったけれど声が出せなかった。
昼間、団長室でみっしり詰まったおまんじゅう達を見て、可愛く思ったのは本当だ。出来上がったら分けてくれると言われて嬉しかった。本当に。
けれどその、私の心のどこかでは「いいなあ兵長と一緒で」と思ってしまったのも事実で。でもそんなこと、流石に子供じみているから口には出さなかったし、顔にも出さなかった──と思う、多分。だからこそあの場では上手くやり過ごせた筈で、なのに。
「……どうしてわかるの……」
顔が上げられずに首筋に顔を埋める。どうして兵長にはわかってしまうのか。この人にだけは、全部。
「どうしてだろうな」
耳元でくすくすと笑い声までも聞こえる。ここまで機嫌の良い兵長は珍しい。私が羞恥で消えたいと思っていればいるほど喜ぶのだ、この人は。
「お前の饅頭も作らせるか」
「やめてください……」
それを頼むに至った経緯を、人に説明されたら死ぬ。
消え入りそうな声で懇願する私とは対照的に、兵長はその夜いつまでも上機嫌だった。
「饅頭の箱に仕切りをつけたらどうだ」
翌日のことになる。
俺の提案にハンジはそれはいいと頷いた。
「それなら個包装より手間がかからないからいいね。どうしたのさ、珍しく協力的じゃない」
ハンジの疑問に、俺はもったいぶって口を開く。
「俺の頬は自分のだって泣く奴がいるもんでな」
昨夜の様子を思い浮かべれば、今も口角が上がりそうだ。人前だと言い聞かせて必死に抑える。
「……大体理解したからいいや。のろけならよそでやってくれ」
余所でやれと言われたところで、元より言いふらすつもりなどない。恋人の可愛らしい嫉妬など、自分一人の胸にしまっておけばいいのだ。
うんざりとした様子のハンジを置いて、さっさと自分の執務室へ戻ることにする。
テーブルの上に置かれた箱には、昨日も見た饅頭が詰め込まれたままになっていた。思わず覗き込むと、俺の顔を模した饅頭が目に入る。
──どことなく、笑っているような気がした。
end
あれはお饅頭なのかお団子なのか
20141205