所により恋が降るでしょう
今日は兵長とデートだ。
「兵長、明日お休みですよね?」
「ああ」
「どこか行きませんか」
「箒を新調してぇんだが荷物持ちするか?」
「……デートがしたいんです」
「最初からそう言えばいいじゃねぇか」
昨夜そんなやりとりがあったけれど、とにかく今日は兵長とデートだ。
街まで出て公園で待ち合わせ。昨日からずっとどきどきしていた。だって、この待ち合わせだって実現させるのにはそれなりに苦労したのだから。
「待ち合わせもしましょうね」
「一緒に出りゃいいだろう」
「その方がデートっぽいじゃないですか!」
私の説得に兵長は若干うんざりしたような顔を浮かべはしたものの、最終的には頷いてくれて。
「……何時にどこだ」
時間と場所を決めて、これで完璧ですそれじゃあまた明日、と兵長の部屋から出ていこうとして、最後にまた一波乱あったけれど。
「どこへ行く」
「え、私の部屋ですけど」
「何故だ」
「だって明日外で待ち合わせするんですから、今夜は別々に寝ないと」
「ふざけんな」
そんな理屈があってたまるか、そんなことをするくらいなら待ち合わせなんてしない、と瞬きすらしないで私ににじり寄る兵長がほんの少しだけ怖かったので、昨夜もおとなしく兵長の腕に収まって眠った。それはそれで私としても全く問題ない。暖かかったし。
だから、朝食後にまた後でと部屋を出る際「茶番だな」と兵長に溜息を吐かれたとしても問題はないのだった。
そんな経緯で、今日は兵長とデートだ。
私はとても浮かれている。
待ち合わせに遅刻してはいけないと、早めに兵舎を出た。時間はお昼少し前。街の中心部にある公園内はそれなりに人々で賑わっていて、ちゃんと目的の相手を見つけられるか心配だった。
何せ、ちゃんと待ち合わせてデートなんて初めてだ。その必要がなかったというか、昨日の兵長の言葉通り一緒に出発すればいいから、というのが大きい。同じ場所で寝起きしているわけだし。
これは私の戯れというかごっこ遊びというか、つまりはそういうものだった。それにつき合ってくれるのだから、結局のところ兵長は優しいと思う。そんなことを考えているといつも私の頬は自然と緩み、結果兵長に「何へらへらしてやがる」と怪訝な顔をされるのだけれど。兵長のせいです。兵長の。
(いた)
人待ち顔の男女が佇む噴水前から少し離れたベンチ。私も早めに来たけれど、兵長は更に早かったらしい。いつも通りつまらなそうな顔で地面をはねる小鳥など眺めている。不意に視線を手首にやり、時刻を確認する姿すら様になる。
このまましばらく眺めていたい。待ち合わせ時間まではまだ十分ほどあるし、しばらくこのまま観察していても許されるだろうか。
ああかっこいい。遠くからでもかっこいい。横顔をうっとり眺めていたら、あっという間に時間が過ぎてしまいそう。全世界の皆さんに叫んで回りたい。この素敵な男性が、私の好きな人なんです──あ。気づかれた。
流石にうっとりしすぎた。これだけ見つめていたらその視線に兵長が気づいてもおかしくない。怪訝な顔をしているから何とか誤魔化そう。何食わぬ顔で「お待たせしちゃいましたか?」なんて笑顔で──ああ無理だ兵長が立ち上がってこっちに来る。
「何してんだ」
「見とれてました」
正直が一番だという結論に達した。
「阿呆か」
くしゃくしゃと私の髪をかき混ぜる兵長の手は、出がけに丹念に髪を梳いた私の努力を一瞬で無に帰すけれど、逃れられるはずもない。触られるだけで嬉しい。とても。
「髪の毛くしゃくしゃじゃないですかー……」
「嫌なら嬉しそうに笑うな」
いつもの兵団服でも、たまに見かけるダークスーツでもない。ラフな服装はそれだけで仕事や任務から切り離されている気がして、こうして向かい合って立っているだけでも鼓動が速くなるのだ。
「待たせちゃいましたか?」
今更だけれど考えていた台詞を口にする。いつから待っていてくれたんだろうか。早く来てしまうくらい、兵長も楽しみにしていてくれたのなら嬉しい。
「別に待ってねえ」
「ほんとですかー?」
「嘘ついてどうする……なんだ、足下ひらひらさせやがって」
露骨に話を逸らされた気がしないでもないけれど、この際気にしないことにする。兵長の言葉に、思わず私も視線を落とした。ひらひら、というのは。
確かに今日の私はロングスカートで、いつもの兵団服の白いズボンとは違う。仕事以外の時はこちらの方が楽なのでそうしているのだけれど。兵長はスカートよりもズボンの方がお好みだろうか。それならそれで早く言ってくれたらいいのに。私服を全部ズボンにしたっていい。
「嫌でした?」
「俺にめくらせるつもりがあるなら嫌じゃない」
絶句した。と同時に誓う。私服はこれからもこの方向でいこう。
「……公衆の面前で兵士長がスカートめくりの宣言をしないでください」
照れ隠しの私の言葉にも、兵長は全く動じない。
「別に誰も気付いちゃいねぇが」
「確かに、その恰好だと兵長ってバレにくいからいいですね」
市民の中の「リヴァイ兵士長」像はやはり兵団服に時々マント、という姿だろうから。兵長の言葉を借りるなら、今日は首元もひらひらさせていないし。
「お前がそう呼んでりゃ世話ねぇけどな」
「うっ」
言われてみれば。私が兵長兵長と連呼するのは何かとよろしくないだろうか。せっかく気付かれずにいられる二人きりの休日を台無しにはしたくない。ならば。
「りっ」
「あん?」
「り、りばっ、りっ!」
「オイ、無理すんな」
呼び慣れぬ名前をどうにか口にしようと、精一杯の勇気で声を出した。結果舌を噛みそうな程に緊張せざるを得ない。こんな白昼堂々、そんな、二人きりでもないのに。
無理をするなと言う兵長の口角は、ほんのわずかではあるが上がっている。ああ、面白がられている。
「……リヴァイ、さん」
何度目かの挑戦でようやく呼べた。リヴァイさん、と発音した私に兵長は。
「ん?」
ああ、もう。
優しい顔でそんな声出さないで。
結局、昼食を済ませた私たちは掃除用具も見に行った。
待ち合わせまでは頑張った私も、正直なところデートと言ってもどうするのが「デートらしい」のかわからなかったし、兵長が楽しく過ごしてくれる方が私は嬉しい。
流石に箒はその場で買わず、後日他のものと一緒に引き取りにくるようだ。店先に出たところで聞いてみる。
「私も荷物持ちに来ましょうか」
昨日の兵長の言葉を思い出して聞いてみた。
「本気にするな。お前に力仕事は期待してねえ」
部下でも引き連れてくると言われてほんの少しだけ残念な気持ちになる。荷物持ちくらい、軽々とこなせる腕力を持ち合わせていたら良かったのに。そうしたら、もっと役に立つことができた。
「──使える人間が欲しくてお前を傍に置いてるわけじゃないんだが」
「……超能力ですか」
私の脳内をこうまでも完璧に読みとるとは。
驚きの方が先にやってきたけれど、じわじわと「今とても嬉しいことを言われたのでは?」と実感する。うん、兵長のこういうところが好きなんだと思う。きっと。
「私もですね、……リヴァイさんのことが好きだから傍にいるんですよ」
あえて「私も」と言った。
「……そりゃあ、何よりだ」
「何よりです」
「降ってきたな」
出掛けの空は気持ちよく晴れていたのに、いつの間にか薄暗い雲が増えている。ぽつり、と小さな滴が石畳に落ちると、後は早かった。
あっという間に雨は本格的な勢いで降り始める。どこか雨宿りできそうな軒先でも借りられないかと見回すも、あいにく丁度いい場所はなさそうだった。
濡れていく髪と服に、どうしたものかと途方にくれていたら、頭上にばさりと何かを被せられた。
「被っとけ」
被せられた何かは、他でもない兵長の上着だ。兵長が濡れてしまうと慌てて返そうとしたものの、目線で大人しく被っていろと命じられた。
「ありがとうございます……」
もう随分と寒い季節になってきていて、雨にまで降られてずぶ濡れだ。
なのにあんまり寒くないな、なんて思いながら、兵長に手を引かれて小走りに進む。
「とりあえず入るぞ」
兵長の声に目線を上げたら、いつの間にか見慣れぬ建物の近くまで来ていた。
「連れ込み宿みたいなもんだが、構わねぇか」
言われてみれば裏路地にひっそりと建っているし、どことなく訳ありの雰囲気を漂わせている。
「あ、はい。連れ込まれてもいいです」
「その言い方はよせ」
無事に屋根のある場所に辿り着いたのは良かったけれど、そこからがまた問題だった。
「先に入れ」
先に、とはお風呂のことだ。冷え切っているのだからさっさと湯を浴びてこいと。兵長はそう言っているのだけれど、それなら条件は兵長だって同じだ。
「ダメですよ私よりもリヴァイさんが風邪ひく方が大変です!」
兵士長が寝込む方が何かと大変だ。急な会議があるかもしれないし、どこかから呼び出しがかかるもしれない。
「この程度濡れたからってどうこうなる身体じゃねぇし、お前が寝込むと巡り巡って俺の士気が下がる」
言い合いをしていた筈なのに、そんなことを言われたら言い返せるはずもない。
そんなことを言われたら、私はうつむいてもじもじとするしかないのに。
「じゃああの、一緒に……」
恥ずかしいけれど、そんな誘い方をするしかないのに。
本当は兵長、全部わかっててやっている気がする。
お風呂で暖まって身体はほかほかになったけれど、濡れた服をもう一度着る気にはなれない。干しておいた服はそんな短時間で乾くものではなく、暖炉に火を入れたところで少なくとも数時間は必要だった。
二人とも着るものがないので、自然とベッドに潜り込む形になる。仕方がない。タオルを身体に巻き付けているだけでは、流石にこの季節は寒い。仕方がないことだから、だから。
「もっとこっち寄れ……風邪ひくぞ」
「さっき暖まったから、大丈夫です……そんな、その、くっつかなくっても……」
「いつもくっつき虫なのはお前の方だと思ったが。嫌なら離れてやる」
「や、待って、……っあ、」
そんな会話が行われてしまうのも仕方のないことで。まんまと兵長の腕の中に収まった私の耳元で、兵長が「ようやく捕まえた」などと囁くものだから、私の全身から力が抜けてしまうのも全く仕方のないことなのだった。
「……ぁ、っん、もう、服乾いたんじゃないですか……っ」
「そんなわけあるか……明日の朝まで、乾かねえ」
end
結局朝帰りになっても仕方のないことです
20141031