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 本を手にとって、分類を確かめて、必要があればラベルを貼って、書棚へ。
 本を手にとって、分類を確かめて、必要があればラベルを貼って、書棚へ。
 本を手にとって、分類を確かめて、必要があればラベルを貼って、書棚へ。

 黙々と繰り返している内に、気づけば辺りが暗くなっているのに気づいた。
 もうすっかり夕方で、昼食もとっていないことを思い出したけれど、今から食べるのは遅すぎる。
 いいか、晩と一緒で。
 明かりをつけて時計を確認すると、本来の勤務時間の終わりすら通り過ぎていた。
 今日は資料閲覧室全体が休んでいたので、他に誰もいなかったから途中で気づくこともなく作業を続けてしまっていたのだろう。
 流石にそろそろ兵長もお役目を解かれている頃かもしれない。
 だとすれば部屋に戻らないと。
 頭ではそれがわかっているのに、どうにも身体が動いてくれない理由は一つだ。

 ──昼間の光景が、聞いた言葉が、頭から離れてくれない。

 今兵長に会ったら、きっとまた情けなく泣きついてべそべそと我が侭を言ってしまう。できたらそれは避けたい。みっともないところを見せたくないし──既に充分すぎるくらい見られてしまっているというのは、この際置いておくとして。
 もう少し落ち着いて、ちゃんと笑えるようになってから戻ろうか。
 お疲れさまでした、どうでしたかと何も知らないふりができるくらい、心を落ち着かせることができてから。
 そんなことを、考えていたのに。

「……いたか」
「兵長!?」
 まさかのご本人登場だった。
 今、一番顔を合わせられない人が、書庫の扉から現れた。
「なんで、なん……」
「……? 書き置きがあったが」
 そうだった──!
 あの時はまだ何も考えていなくて、だから暢気に書庫にいます、なんてメモを残して。
 隠れていたいのなら、まずあれを回収しなくてはならなかった。愚かにも程がある。
「あ……う……」
「……どっかに逃げて隠れてねぇだけ、いつもより上出来だな──オイ!」
 兵長の言葉を最後まで聞かないまま、慌てて踵を返した。
 書庫の奥へ駆け出す私を見て、兵長の怒声が聞こえる。何だか「逃げるな」みたいなことを言っている気がするけれど、今の私にはとても無理だ。
 書庫の奥へ進んで扉を開けようとして、このまま奥へ進んだところで追いつめられるだけだと気づく。
 この奥には隠し部屋があるにはあるが、隠し部屋というのは隠れる前から見つかっていては意味がないのだ。この場合、扉を壊されて終わる。
 奥の書棚まで進んで、そこで折り返そう。兵長が油断してくれたら、不意をつくことができるかもしれない。
 あと少し、もう少し。
 奥の扉の前にある、最後の書棚を曲がって。
 今度は出口へ向かう──そうすれば。
「誰が逃がすか」
「ひゃああああ」
 私が曲がった、まさにその先に兵長がいた。
 あまりに驚いたものだから、間の抜けた悲鳴をあげてしまう。
 慌ててもう一度別の方向へ駆けようとしても遅い。
 あっという間に距離を詰められて、背後の壁に押しつけられて、両腕はあっさり拘束されて──兵長が、すぐ、傍に。
「この状態から、まさか逃げられるとは思ってねぇよな?」
 無言のまま、こくりと頷く。
 それを確認した兵長は、私の腕を解放した。
 ここで突き飛ばして逃げるという考えも一瞬浮かんだけれど、そもそも私の力で押しのけられる筈もないし、万が一それができたとして兵長が転んで怪我でもしたら大変だし。
「……まだ何か企んでんのか」
 慌てて首を振る。
 私の両腕が自由になった代わりに、兵長の腕が顔の横にある。その上、脚を無理矢理開かされて、その間には兵長の膝が。
 密着しそうでしない体勢に、顔が熱くなる。それどころではないというのに。
「白状するまで、このままだ」
 昼間逃げた理由と、今逃げた理由と。
「まだある」
 昼間逃げ出し姿を見られていただけで衝撃だったのに、まだ何かあるというのですか。
「……何で、泣いてるかを聞かせろ」

 そう言われて初めて、私は自身の頬につたうものの正体が涙だと気づいた。


 ***


「へいちょうが、兵長がっ……美人で、っぅく、すらっとしたお嬢様の方がいいって……うう、私、捨てられ……」
「待てそれはどこの俺の話だ」

 涙混じりというか涙メインというか、つまりはまあそんな声で何とか説明しようとした。
 壁に押しつけられたままの体勢ではあるが、兵長は優しく、かつ忍耐強く私の話を聞き出してくれた。
 とどのつまりは、兵長が私よりもずっと完璧な女性と手を繋いで歩いていたのがショックだったのだ。
 挙げ句の果てに捨てられるかもといらぬ想像力を働かせてしまって、不安で不安でどうしようもなく。
 かといって兵長だって仕事だからああしたのだろうし、このモヤモヤをぶつけてしまうのは申し訳ないし。
 そうだ、書庫に隠れていよう──。
 それが、兵長が辛抱強く聞き出してくれた内容だった。
 自分でも気づいていなかったけれど、この気持ちの正体を兵長が聞き出してくれたのだと思う。
「……………………」
「あの、」
「俺は悲しい」
「!?」
 兵長がぽつりと言った言葉に、今日一番の衝撃を受けた。
「あの、え? 兵長?」
「俺が一度でも、そういう女が好みだと言ったか」
 先程の「悲しい」とどう繋がっているのかわからないけれど、とりあえず首を振った。
 というか兵長の好みを聞いたことがない。
 聞き出せればそれに近づきたいなと思ったことはあるけれど、それは叶わなかった。
「つまりお前は、俺のことを、惚れてる女がいようと他に好みの女が居たらほいほい目移りする男だと、そう思ってんだな?」
「!!!」
 スナップブレードで削がれたような衝撃だった。いや、削がれたことはないけれど、気持ちとしてはそれくらいの。
「そんな、そんなことは、決して」
「ならどういう男だと思ってる」
「へ、兵長はその、目移りとか、浮気とか、そういうのはしなくて、その……」
「続けろ」
 顔から火が出そうだ。
 でも続きを言えと命じられると、私に逆らう術はない。
「…………私の、ことを」
 ちゃんと、愛してくれる、男の人です。
 そこまで言うのが限界だった。
 自惚れるなと言われたら恥ずかしくてその場で消滅する。でも、そう思うこと自体が兵長を信頼していないからだと言われてしまうと、それは違う断じて違うと全力で否定したい。
 愛してもらっていると思う。ちゃんと。
 目の前で私を見つめる兵長の表情が緩んで、ああ、ちゃんと答えられたのだと安堵した。
「そうまで理解してて、毎度毎度飽きねぇな、お前も」
「そりゃあ……兵長は、私の好みの男の人が私と一緒にいても、気にならないかもしれませんけど……」
 私が兵長をこの上なく愛していることは、充分わかってもらえているだろうけれど──あれ?
 目の前の兵長の表情が凍り付いた。
「兵長?」
「……いるのか、好みの野郎が」
「え?」
「誰だ。どこの誰だ。どんな奴だ。背は俺よりでけぇのか。俺があと何センチ伸びたらいいんだ」
「まって」
「顔か? 髪の色か? 声か? 性格か?」
「兵長!」
 息継ぎすらなしにまくし立てる兵長に、とりあえず落ち着いてもらおうと声をあげる。
「例えばの話です。一般論です。私は兵長にめろめろです」
 だから息継ぎとまばたきをしてほしい。
 私の言葉を聞いて、兵長は深く深く息を付くと、私の首筋に顔を埋めて言った。
「……お前のこと言えねぇな……俺も」
 いつになく弱々しい兵長の声に、思わずぎゅう、と抱きしめてしまった。
 そのまましばらく静かに抱き合っていると、不意に兵長が顔を上げた。そのまままっすぐ見つめられてドキドキする。
「……お前のさっきの一般論だが」
「ええ」
「例えばここに、俺好みでその上ちっとも手がかからなくて聞き分けのいい女がいたとする……たとえ話だ。泣くな」
 再び潤み始めた私の目元を、朝にそうしてくれたように兵長の指がぐいぐいと拭う。
 乱暴な仕草なのに今はそれがとても嬉しい。
「例えそんな女が現れたとして、それでも俺は面倒くさくて手がかかって仕方のないお前に惚れてるぞ」

 ──時折、こうして兵長はすごいことを言ってきたりする。

 私の顔を一瞬で赤く染まらせるような愛の言葉を、いともたやすく。
「わ、私……だって」
 だから私も同じように気持ちを返したいと思った。
「私も、兵長がいいです……意地悪だし、恥ずかしいことするし、いじめる時にちょっと嬉しそうだし……でも、そんな兵長がいいです」
「……ひでぇ言い草だ」
 そう言って笑う兵長に、つられて私も笑ってしまった。だというのに、兵長はまたも真顔になって。
「…………何がよくて付き合ってんだ俺と」
 そんなことをぽつりと漏らすものだから、思わず一瞬黙り込んでしまった。別に浮かばなかったからではない。断じてない。だって、全部が好きだし。
 しかし兵長はその沈黙を何か違った方向に受け取ってしまったらしく、再び表情を固くしてゆく。

 ──結果として私はそのまま真顔の兵長に問いつめられて。
「兵長の好きなところ」
 を、兵長が満足するまで挙げ続けることになった。


end


兵長の好みのタイプについて別マガ感謝祭で触れられたというのをネットで見かけて、一通り取り乱した後に
(兵長か諫山先生の言葉を直接目にしてからでも遅くない……)
と悟った末の話です
それと悔いなきOADの予告映像の若リヴァイさんの壁ドンに悶えころがりましたという話が混ざりました
20140915


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