※FraU8月号の進撃特集関連ネタです


調査兵団兵士長の穏やかな日常


「失礼しまーす」
「お、ご苦労様」
 頼まれた文献を抱え、ハンジさんの研究室へ辿り着いた。ドアは開きっぱなしになっているものの、一応ノックなどしてみる。
 振り返ったハンジさんはいつものように、
「適当にその辺りに置いてね」
 と言うものの、示された机の上には適当に置くスペースすら無い。仕方がないのでとりあえず用意した文献はソファの上に──こちらも文献や書類や脱いだままのジャケットが放ってある──避難させることにして、机の上を一通り片付けてしまうことにした。
「ハンジさん。貸し出している本の内、返却期限が過ぎているものが何冊かあるんですが」
「んー? その山の中にあるかな」
 あったら回収しておくれよと笑うハンジさんに思わず溜息をつくが、これもいつものことなのでお互い慣れきっていた。
 机とソファから頭の中にリストアップしてきた本を発掘して、机の隅に避けておく。今回は運良く苦労せず全て見つけることが出来たので、帰る時に持ち帰ればいい。
「はい、じゃあこっちの本は一週間で返却してくださいね」
「一週間後にまた来てくれると助かるなぁ」
「そうなる予感はしています」
「流石」
 一通り積み上がっていた本を片付けてしまってから、ハンジさんお待ちかねの文献を手渡した。
 閉架書庫のものなので、通常の手続きでは資料閲覧室から持ち出すことができない。とはいえハンジさんの立場であれば申請してもらえればこうして貸し出すこともできるのだが、大抵研究に夢中になったハンジさんに返却期限を忘れられてしまうので、こうしてちょくちょく新しいものを渡すついでに回収しているのだった。
「せっかく来たんだ。お礼にコーヒーを御馳走してあげよう」
 さっき入ったばかりだというコーヒーを、さっき洗ってもらったばかりだというカップに注いでくれる。
 おそらくコーヒーを用意したのもカップを洗ったのも目の前のハンジさんではないのだろうなあと、頭の中でハンジ班のメンバー数人の顔を思い浮かべた。
 甘くしてもらったコーヒーを啜りつつ、とりとめもないことを話していると、ハンジさんの横に見慣れない冊子が置いてあることに気がついた。
「それ雑誌ですか?」
「まぁ、ゴシップ誌だけど……あれ? まだ読んでなかった?」
 てっきりもう読んでいると思っていたと首をかしげるハンジさん。
「ほら」
「ありがとうございま……っ!?」
 思わず言葉に詰まってしまうのも無理はなかった。
 何故ならハンジさんが見せてくれたその雑誌の表紙には。

 ──本誌独占! リヴァイ兵士長独占インタビュー! 兵士長の全てに迫る!!

 とかなんとか、私の目が釘付けになるのに充分すぎる文字が躍っていたのだった。
「な、なんですかこれ……! 兵長の全てって、インタビューって、えっ?」
「わお。やっぱりリヴァイ隠してたんだ」
「隠してたって何ですか!」
 兵長ったらいつの間に。独占インタビューだなんて羨ましい。答えてくれるのなら私だって兵長にインタビューしたい。頼んでみようかな。
「ハンジさん達は知ってたんですか」
「その場に居たからね」
 団長を始め幹部の皆さんが会議で呼び出された時に、たまたま居合わせた記者に捕まったのだという。
「よく兵長が答えてくれましたねぇ」
「場所が場所だったからね。暴れるわけにもいかないし無視して帰るわけにもいかないし」
 それはそれは。その時の兵長の表情と周りの空気を思うと、うっすらと寒気すら襲ってくるようだ。
「物凄い無愛想に適当に答えて、後はごまかしちゃったけどね」
 律儀にも掲載された雑誌を送ってきたそうで、今頃は他の二人の所にも届いているのではないかとハンジさんは言った。
「……どうでした?」
 愛しい愛しい兵長のことが載っていると聞けば、やはり好奇心がうずうずと湧き上がる。私の知らないことが載っているかもしれないし。
 私の表情で色々と察したのだろう、ハンジさんはニヤリと笑って雑誌を差し出してくれた。
「読む?」
「いいんですか!」
「私が持ってても仕方ないからね」
 文献の配達のお礼だと笑うハンジさんを拝みながら、早速ページをめくる。確かに雑誌の冒頭には兵長の似顔絵──あまり似ていない──と共に兵長についてあれこれ書き連ねてあるようだ。じっくりと隅から隅まで目を通し──パタンと雑誌を閉じた。
「あれ、もういいの?」
「え、あ、はい……どうも」
 ありがとうございました、とハンジさんに雑誌を手渡す。すると「あげるよ」と返ってきたので、一瞬迷ったけれど結局ありがたくいただいていくことにした。
「私も貰っちゃったから一応読んだけどさー、読めば読む程あいつほんとに生きてて楽しいのか疑問だよね」
「はは……」
 愛想笑いと苦笑いの中間のような、曖昧な笑みを浮かべることしかできない。
「何食べてもブスっとしてるわ睡眠時間は短いわ烏の行水だわ……」
 まあ最後のは私が言えた義理じゃないかと笑うハンジさんの表情は朗らかだ。私はといえばやはり曖昧に笑うことしかできなくて。
「……何か変だね?」
「そ、んなことは……ないですよ」
 ええ断じて。何もおかしなことなど。どこにも。
「わあ。すごく嘘が下手だ……」
 目を細めて笑うハンジさんは、気付いた時にはじりじりと私との距離を詰めている。逃げようにも背後には積み上がった文献が山になっているし、ただ一つきりの退路は、椅子から腰を上げかけたハンジさんが塞いでいた。
「こう見えて私は好奇心が旺盛なんだよね」
「見るからに、ですよ……」

 さぁ話してご覧。
 何を隠しているのかな?
 大丈夫、怖くないよ。

 相変わらずの笑みを浮かべたままのハンジさんに、私が逃げるのを諦めて白状することになるまで、時間はいらなかった。

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