踏むか蹴るかそれとももう一つは


「兵長、私のこと踏んでください」
「お前の頭はろくでもねぇことしか思いつかねえのか?」
 リヴァイ兵長の私室に入るなり告げた真剣な私のお願いは、真顔で却下された。

「次から次へとよくもまあてめえの脳みそは俺の理解を超えることばかり考えつくな」
「お褒めにあずかり光栄です……」
 えへへ、とはにかむ私の頭は兵長の指でぎりぎりと締め上げられる。
「褒めてねえ」
「痛いです兵長」
 鷲づかみにされた頭蓋骨から、みしみしと音が聞こえてきそうだった。手加減を。せめて手加減をお願いします。
「充分すぎるくらい手加減してやってんだよこれでもな」
「このままだと頭が変形しちゃいます」
「面白え形になっていいじゃねえか」
 酷いです酷いですとうめいていたら、ようやく手を放してくれた。ちょっと頭がへこんだかもしれない。
「お前が馬鹿なことばかりのたまうからだろうが」
 呆れた顔でどかりとベッドに腰をおろす兵長。視線が隣に来いと言っているのですぐさま従った。
「で、今度はなんでそんなことを思いついた」
 くだらない理由ならただではおかないと目が語っていた。兵長は眼光が鋭いというかハンジ分隊長に言わせると「単純に目つきが悪い。顔が怖い」らしいが、私はかっこいいと思いますと兵長本人に言ったことがある。その時は「妙なことを言うな馬鹿が」と一蹴されただけだったが。後からそれをハンジ分隊長に話したらのけぞって笑っていた。あれは何がそんなにおかしかったのか。
 ともあれ、兵長に睨まれているにも関わらず、私は
(かっこいいなあ……)
 と暢気に考えてしまうのだった。

「オイ、聞いてやがるのか」
「はいっ えーとですね、」
 いらいらと眉をしかめる兵長に、慌てて姿勢を正す。
「私、聞いたんです」
「何をだ」
「審議所で、エレンのことをアレしたって」
「ああ、あれか」
 躾にきくのは痛みだとか、教育じゃなくて教訓だとか、私はその場にいなかったけれどそれはそれは凄かったらしい。
 ハンジ分隊長に言わせると「あれは趣味だね、趣味。リヴァイのドS」だそうだ。エルヴィン団長はにこやかに笑っているだけで「コメントは差し控えさせていただくよ」なんて言っていたっけ。
 気になったのでエレン本人に聞いてみたら「あれは必要な演出で」と言いつつも完全に怯えていた。
「それで? まさか同じことしてくれなんて言い出すつもりか」
 同じことはちょっと困る。エレンは折れた歯がまた生えてきたそうだけど、私の歯はきっと生え替わらないだろうし。
 そう思うのと同時に、蹴られて踏まれて消えない傷をつけられることを想像する。
 所有の証のようで、それは。

「……馬鹿なこと考えんな」
 手のひらで目を覆われて、兵長の顔が見えない。
 いつになく優しげに聞こえる声で、耳元で囁かれる。
「踏まれるより蹴られるより、もっといいことがあるだろう?」
 なあ? と言い聞かせるように耳元に落ちる声は、甘く低く。
 思わずぞくり、と身を震わせると兵長が笑う気配がした。
「選ばせてやるよ」
 踏まれるのと蹴られるのと──嬲られるのと。
「最後のって『いいこと』なんですか」
「お前は好きだろう?」
 ……否定できない。
「──兵長が、したいやつで……」
「駄目だ」
 ばっさりと切られた。
「お前のその口で、どうされたいかはっきり言ってみろ」
 これはもう私が選ぶ前から既に始まっているような気がする。
 いつものように責められ苛まれいたぶられ。
 それがけして嫌だというわけではない自分も大概だとは思うが、兵長はやはり間違いなくサディストの気があると自信を持って言える。
「エレンにちゃんと兵長は意地悪だって教えておかないと」
「……おい」
 なんですか、と返事をする前に、私の身体が軽く宙を舞った。
 ぼすんと音を立てて後頭部からベッドに沈む。いくら柔らかい布団の上とはいえ、それなりの衝撃が後頭部を襲った。つまり痛い。
「へ、へいちょう……?」
 私をベッドに沈み込ませた兵長は、気付けば立ち上がってこちらを見下ろしている。
 その表情には先程まであった若干の甘い雰囲気などどこにもなくて。
「ベッドで他の男の名前を口にするなんざ、いい度胸してるじゃねぇか」
 どうしよう。これはものすごく機嫌を損ねていらっしゃる。
「ほ、他の男って」
「大体お前はいつからあいつとそんなに親しくなった?」
 あいつとはエレンのことだろう。親しいと言っても、仲間なのだから顔を合わせれば世間話くらいするし、お茶を飲むくらいは普通に……
「お前は自分が誰のものか、全く理解していないようだな」
 どうやら更に怒らせてしまったらしい。目が据わっています、兵長。
「そういやお前は俺に踏まれたいんだったか──?」
 躾に効くのは痛みだからな。
 そう言った兵長がどことなく楽しげに見えたのは──気のせいだと信じたい。
「あの、私踏まれるより蹴られるよりいいことの方が、」
「もう遅ぇ」
 仰向けに寝転がったままの私の腹部。兵長の脚が狙うのはおそらくそこなのだろう。──さようなら私の内臓。
 覚悟を決めてぎゅっと目をつぶった──が、いつまで経っても衝撃は訪れない。
「……?」
 そっと目を開けると、そこには心底呆れた兵長の顔が。
「馬鹿が」
 ぐに。
「うひゃうっ!?」
 思い切り踵落としでも食らうと思っていたのに、兵長の足は想像よりもずっと弱い力で私のお腹の辺りをぐにぐにと踏んでいる。
「何だこの柔らかい腹は。お前腹筋どこに置いてきた」
「あ、ありますよ腹筋くらい! 兵長と比べないでください!」
 鍛え抜いた兵長の身体と一般人を比較しないでほしい。
 私の抗議も全く意に介さず、引き続き踏み続ける兵長。
 痛くも苦しくもないのだが、これは。
「ひゃ、へいちょ、くすぐったいですっ」
「思いっきり手加減してやってんだ。感謝しろ。痛いよりいいだろうが」
「そ、ですけど、ひゃあん、それだめです、ひゃは」
 身をよじって逃れようにも、器用に足指まで使ってくる。
「ひ、ほんとだめです、や、や、ひゃあああっ」
 息も絶え絶えにやめてほしいと懇願するも、兵長は先程までの不機嫌さはどこへいったのか、やけに楽しそうで。
 私はそのまま兵長の気が済むまでくすぐられ続けたのだった。



 ***



「……………………」
 ひぅひぅと喉がなる。呼吸すらままならない有様だった。
 ぐったりとベッドに横たわる私の横に腰を下ろした兵長は、汗でしっとりとはり付いてしまった私の前髪をもてあそんでいる。
「……ひ、ひどいめにあいました……っ」
「踏めとか言ったのはお前だろう」
「想像してたのと違う……!」
 結果として言う通りにしてやったのに何が不満だと言われてしまえば返す言葉もないが、あんな風にいたぶられるとは誰が予想できようか。
「だったら撫でてくださいとかだっこしてくださいとかイチャイチャしましょうとか言えば良かったです……」
「その場合叶えてやる補償はないけどな」
「酷いっ!?」
 虐める系しか実現不可能なのでしょうか。
 ようやく息が整ってきた──と、思ったらそれまで横に座っていた兵長の顔がすぐ眼前に迫っていた。
「あの、兵長?」
「踏まれただけであんなにいやらしく鳴きやがって。当然覚悟はできているんだろう?」
 覚悟って何がですか!? いやらしくって誰がいつ!?
「自覚もねえのか。まあいい。今日はとことんまで躾に付き合ってやるよ」

 そのまま覆い被さってきた兵長を、拒むことなど出来るはずがなかった。


end


*飛んで火に入るなんとやら


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