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 誰もいない廊下を二人で進む。
 リンは一言も喋らない。
 怒っているのか、傷ついているのか。あるいはその両方か。
 どうしていいかもわからない自分に苛立ち、つい漏らしてしまった舌打ちで怯えさせてしまう始末だ。つくづく己が嫌になる。
 それでも手を離すことだけはしたくなくて、リヴァイは手を掴んだまま私室へと急いだ。
「……」
「…………」
 どうにか部屋へと連れ帰ることには成功した。
 リン、と声をかけようとして、手を離し振り返る。
 けれどリヴァイが手を離すと同時に、リンは無言のままふらふらと寝室へ続くドアへと消えてしまった。
 慌てて後を追うと、リンの姿は見えなかった。
 いや、正確には見えているのだが──ベッドの上でシーツを被り、こんもりと丸くなっていた。
「おい、」
 リヴァイの呼びかけにも答えない。自業自得ではあるのだが地味に堪えた。
 そっとため息を吐いてベッドに腰掛ける。
「なあ……リン」
 こんもりと膨らんだシーツを撫でた。頭か背中かわからないが、手の感触が伝わっていると良いのだが。
「…………」
 依然として返事はない。そのまま撫でたりつついたり。合間に「リン」「おい」「返事しろ」などとぼそぼそ呟いてみるが、反応すら返してもらえなかった。
「さっきのはアレだ……らしくもなく酔っていた」
 深酒が過ぎたと弁解してみる。すると膨らんだシーツの下がぴくりと動いて。
「……か、」
「何だ?」
 か細いながらもようやく声が聴けて安堵する。もっと声を聴かせて、顔を見せてほしい。拗ねても怒っても詰ってもいいからと口には出せず、続きを促すように撫でた。
「……兵長は、酔っぱらうと他の人とキスしたくなるんですか」
 したいわけがない。
 リン以外の誰ともそんなことをするのはごめんだ。
 触れたいのも口付けたいのもリンだけだった。
「……あれは、罰ゲームだとか言ってたろ」
 この期に及んで、己の口からはまだろくでもないことしか出てこない。
「…………わかりました」
 もそもそとシーツの下で身体がうごめいて、そのままシーツからリンが顔をのぞかせた。
 泣いていたらどうしようと思ったのだが、涙は出ていない。それともシーツに潜っている間に泣いていたのだろうか。
 ようやく顔が見られた。後は拗ねられて怒られて、どろどろに甘やかしてやりたい。
 リヴァイが広げた両手を、ちらりと見やるリン。いつもならばにこにこと笑って飛び込んでくるはずが、今日は様子が違った。
 どうしたと問う間もなく、立ち上がってふらふらとドアへと向かっていく。
「……っおい、リン」
 どこへ行くつもりだと慌てて声をかけた。
「食堂へ戻ります」
「何?」
 どうしてあんな場所へ戻る必要がある。お前が居るべきは俺の腕の中であって、他ではない筈だ。頭の中をそんな思いでいっぱいにしながらも、リヴァイに出来たのは眉をひそめることだけだった。

「わ、私だって、私だって罰ゲームで他の人とキスしてきます……っ」

 今夜一番の衝撃だった。
 酔いが冷める、血の気が引くどころの騒ぎではない。一瞬立ったまま気絶しそうになった。
 そのまま部屋を出て行こうとするリンを慌てて捕まえる。あまりに慌てたものだから腕を掴んだり肩を掴んだりという余裕がなく、後ろから抱きしめて──というより縋り付いて肩に顔を埋めるような体勢になってしまった。
「馬鹿いうな」
「ばかじゃないです、だって兵長が罰ゲームって……」
 だったら私だって罰ゲームなら、他の人とキスをしてもいい筈となおも言いつのるリン。
 その言葉だけで他の人間に身を任せる姿を想像してしまって、抱きしめる力が強くなった。
「……だめだ」
「兵長?」
「駄目だ、行くな」
「だって、」
「行くな……頼むから」
 情けなく掠れる己の声が忌々しい。けれどリンの声に躊躇いが生まれた様子に、なりふり構っていられないと思い直す。
「行かないでくれ」
「だって、兵長は……っ」
 責めるような口調で言われても離すつもりはない。今リンを離すくらいなら、殴られた方がよほどマシだ。
 きつく抱きしめて、首筋にぐりぐりと頭をすり寄せる。
 そのまま「行くな」と繰り返していたら、腕の中でリンがもぞもぞと動き出した。一瞬逃げ出されるかと思ったが、そうではないようだった。
 こちらを振り向いた顔は、拗ねたような表情を浮かべているもののほんのりと赤い。思わず口付けようとしたら手で押しとどめられた。「まだ駄目です」などと言う。まだ怒っているんですから駄目です、と。
「……悪かった」
 額をこつんと合わせて、ようやく言えたのはそれだけだった。
「他の人とキスされたら、悲しいです」
「ああ」
「罰ゲームでも、いやです……」
「ああ」
 切なく訴えるリンの声。未だに潤んだ瞳に、思わず目元に口づけた。
「わがままですけど……っ私とだけが、いいんです……」
 可愛い恋人の独占欲が、我儘である筈がない。
「お前としかしねぇ」
「ほんとですか……?」
 不安げに見つめるリンに、当たり前だと返した。
 お前としかしたくない、と続けると、それまでは潤んでいるだけだった瞳に一気に涙が溜まり、ぽろぽろととめどなく溢れ出した。
 辛いことや悲しいことでは出来る限り泣かないように必死で耐える──けれど、嬉しいとすぐに泣くのだ。この恋人は。
 ようやく泣き出したリンを改めて抱きしめて、リヴァイはそっと安堵の息をついた。



「──で、なんでシーツにくるまってんだお前は」
「うううううう」
 あの後仲直り──というよりも泣いて拗ねていたリンの機嫌を取るべく、べたべたに甘やかしていただけだが──を済ませ、念願のリンを味わい尽くし、ようやくひと心地ついてベッドでまどろんでいたというのに。
 とろとろに意識を飛ばしていたリンが我に返ったのか、何やらよくわからないうめき声だか奇声のようなものを上げて、シーツにくるまってしまった。これでは顔を見られないし肌も触れ合えない。甚だ不満な状況だった。
「おい、出てこい」
「だめです恥ずかしいですうわああああ」
 拗ねて怒って我儘を言って困らせた、ともごもご言っていた。
 それが恥ずかしい、と。
「別にお前は悪くないだろ」
「……でも私、」
「いいから出てこい」
「ひゃあああ」
 間抜けな悲鳴も意に介さず、リヴァイの腕には容赦がない。
 シーツを引きはがした下からは、頬を染めたリンの顔が現れて。
「あんまり見ないでください……」
「それは無理だな、諦めろ」
 つい数時間前に恋人に怒られ出て行かれそうになり、慌てて引き止めた男と同一人物とは思えない。
 にやにやと満足そうな笑みを浮かべるリヴァイに、リンがぼそぼそと呟いた。
「焼きもちやきでも、嫌いにならないでくれますか──?」
「──────」
 一瞬、時が止まったのではなかろうか。
 なんだこの生き物は。可愛い。いい加減にしろ。俺をどうするつもりだ。先程まで拗ねて怒って泣かれて、正直死ぬほど興奮した。可愛い。なのに更に煽るかこいつは。ああくそ可愛い、我慢なんて出来るか──「……責任を取れよ」
 瞬時に脳内を駆けめぐった様々な言葉を全て飲み込んで、リヴァイが口にしたのはたったそれだけだった。
 煽った責任を取れと。
「え? なんで? 兵長? えっ」
 唐突なリヴァイの言葉と行動に慌てているリンに、安心しろ、嫌うわけないだろうと言ってやれば、ほっとしたような笑顔を見せた。
 そんな顔を他の奴に見せてくれるなよ。
 リンよりもよほど性質の悪い独占欲を持った男は、自分だけの恋人の唇に噛みついた。


end


(私の書く)兵長が脳内で考えていることの十分の一でも口に出してしまうと、とんでもないバカップルが爆誕してしまいます。
20130920


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