その唇を奪うのは誰だ


 酒宴だからと羽目を外すことなどそうそう無い。
 そう思っていたのは自分だけだったのか。
 廊下を急ぎながらリヴァイは思わず舌打ちを漏らす。それが聞こえてしまったのか、繋いだ手がびくりと反応するのが解った。すぐ後ろから怯えた気配が伝わってきたものの、手を離すわけにはいかない。
 いや、離したくなかったのだ。リンの──泣きそうな恋人の、手を。



 そもそも何故こんなことになったのか。
 ここ数週間、監査だ何だと兵団内が立て込んでいて──それがようやく一段落ついたのだ。それで打ち上げと称して食堂で酒盛りが始まってしまった。リヴァイとしてはリンを連れてさっさと自室へ引っ込み、ここ数日はまともに触れられるのは眠っている時だけ、という有様だった鬱憤を晴らしたかったのだが。
 一緒に眠れるだけで充分ですなどと、らしくもなく殊勝なことを言うものだから。
 嘘をつけこの構われたがりがと小突いても、忙しい兵長の邪魔をしてしまってはとか何とかもごもご言っていた。忙しかろうと何だろうと、俺の邪魔をするのがお前だろうと言い放ったらむくれていた。
 拗ねるなと胸に抱き込めば一瞬で機嫌を直すのはいつも通りで、内心胸を撫で下ろしたことはリヴァイだけの秘密だ。
「お仕事早く終わらせて、たくさん構ってくださいね」
 そんなことは言われるまでもないのに、己の口からは「気が向けばな」などという言葉しか出てこなかった。自分の性質の悪さに呆れるが、それでもリンが好いてくれるというのならばそれで構わない。
 だから、もう邪魔が入らないとなれば早く二人きりで部屋に籠もりたかったというのに。
「ちょっと顔出すだけでもいいから! 兵士長様からのありがたーいお言葉をいただきたいって兵士達の為にもさ! ね!?」
「上の者が居るのは堅苦しいだろうから、途中で抜けて構わない。一応顔を見せておいてくれ」
 ハンジとエルヴィン、二人がかりで説得された。
 ならばリンを先に部屋で待たせておこうと思ったのに、リンがいないとつまらないなどと絡んだハンジのせいで連れてくる羽目になってしまった。
 確かに今回の監査で書類仕事に駆り出されていたのだから、酒宴に参加する権利はある。だからといって。
 腰でも抱いて常に横に座らせておこうとしたがそうもいかず、結局は兵士長と一介の兵士らしく席が離れてしまった。クソがといくら毒づいても足らない。
 どうして自分以外の人間がリンの隣に座るのか。これで野郎でも側に座ったならその場で攫おう。リヴァイはそう決意していたが、幸か不幸かリンの両隣には同期らしき女が座ってくれた。
 これならばそうそう手を出されることはないだろう。が、攫う口実もなくなってしまったことに内心苛立ちを隠せない。
 だからだろうか、注がれた酒を中身も確かめずに一気にあおってしまったのは。
 熱く喉が灼けるようだった。随分と度数の高い酒を用意したものだ。思わず目を眇めるが、強い酒は嫌いでない。ただ普段ならばこの後のことを考えて、控えていただろうが。連日の疲れと苛立ちがリヴァイの判断を鈍らせた。
 流石兵長ですねなどと次々に酒を注がれ、それをいちいち飲み干していく。
 酒に弱い方ではないとはいえ、頭の芯がぼうっとしてきたと自覚する頃には全てが遅い。自制も抑制もきかず、そうしてリヴァイは酒をあおり続けたのだった。



 その後も酒宴はどこまでも盛り上がり続け、酷い有様だった。
 普段の張り詰めた雰囲気の反動か、妙なゲームまで始まる始末で。
 誰それが誰それと罰ゲームでキスをするとかなんとか、馬鹿馬鹿しいと一蹴するようなものだった。普段のリヴァイであれば。
 強いアルコールと溜まっていた疲労、それによって判断力が鈍っていたのだと。後から言ってもそれこそ言い訳にしかならないのだが、その時のリヴァイは気付かない。
「あっははは! リヴァイが罰ゲームだよ!」
 手を叩いて馬鹿笑いしているハンジにちらりと視線を向ける。罰ゲーム? いつのまにそんなことになっていた。
「罰ゲームはキスだよー! リヴァイとなんて相手も気の毒に……っくく」
 けらけらと笑う眼鏡が腹立たしい。蹴りのひとつも繰り出してやろうとリヴァイが足を上げるとすかさず逃げるのは流石と言おうか。
(罰ゲーム? キス? 誰とだ? 終わったらもう抜け出していいのか?)
 いい加減、頭の芯が痺れてきていた。
 判断力の低下。注意力の欠如。
 だからこそその時のリヴァイは、
(何でもいい、さっさと終わらせて引っ込むか)
 などと思ってしまったのだ。
 酒の席でのこと。何とも思っていない相手と口と口が触れるだけで、そこに何の意味も感情もない。男だか女だか知らないが、早く終わらせてリンと部屋に戻りたい。
 リヴァイにとって不幸だったのは主に三つ。
 ひとつ目はいつになく酔っていたこと。もしもあとほんの少しでも冷静な判断力が残っていたならば、他人と罰ゲームでキスなんて即座に却下していた。
 二つめはハンジの「なんてね! 冗談だよリヴァイ、あの子の前でそんなことさせるわけが──」という言葉がかき消されて、リヴァイの耳に届かなかったこと。
 そして三つ目は──一瞬でもリンから目を逸らすべきではなかったのだ。ハンジにからかわれようとエルヴィンに含み笑いをされようと、片時も側から離すべきではなかった。
 さっさと終わらせるぞ相手はどこだと言い放ち、辺りを見回していて──見えてしまった。
 目を見開いて、こちらを見つめるリンの姿が。

「おい、」
 声をかけようとしたが、この距離ではまともに声も届かない。
 けれどリヴァイが口を開いたことには気付いたのだろう、見開いていた瞳が揺らいで。
 泣くと思った。──ああ、泣かれる。と。
 けれどリヴァイが見つめるその先で、リンは。
 泣きそうな顔のままで、笑ってみせたのだった。

(────────!)

 一気に酔いが冷めた。
 ついでに血の気まで引いていたと思う。
 いつの間にか隣に戻ってきていたハンジが「……馬鹿」と額に手をやってうめいていた。誰が馬鹿だと言い返す余裕もない。実際、己を馬鹿だと罵倒したい。
 そもそもハンジが、リンの前でリヴァイが誰かと口づけるような真似をさせる筈がないのだ。
 罰ゲームだなどと水を向けて、馬鹿馬鹿しいと一蹴したリヴァイが酒宴を抜け出す為の口実を作るつもりだったのだろう。リンに甘いハンジのことだ。リヴァイと共に連れてきてしまったことを詫びて「早めに抜けられるようにする」とでも言っていたに違いない。
 酒に溺れたリヴァイはそれに気付かず、あまつさえ他の人間と口づけるのを了承するような素振りを見せた。
「……後は任せる」
「了解。たくさん怒られなさい」
 黙れと言いたいがこの際それは後だ。
 そのまま足早にリンに近づく。逃げ出さずにいてくれただけでも僥倖だ。それとも動いたら涙がこぼれそうだったのか。
 固まったまま動かないリンの手を掴むと、有無を言わさず部屋から脱出した。部屋に残った人間達が何を言おうが知ったことか。ハンジ達がうまく丸め込むだろう。

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