抱き兵長の作り方
兵士長とはいえ、ただ毎日巨人と戦っているだけというわけにはいかない。
日々の雑務として面倒な会議や書類仕事もリヴァイの元へと舞い込んでくる。ただサインをするだけのデスクワークなど、兵士長である自分がこなさねばならないものなのか。以前団長であるエルヴィンに愚痴混じりに零したが笑ってかわされた。まさか奴の仕事の一部を肩代わりさせられてはいないだろうか。
ただ座って字を眺めているなど、本来の己の性格からすればとうに投げ出していてもおかしくない。けれど人間慣れとは恐ろしいもので、今ではすっかり日々執務室に積み上げられてゆく書類をさばくことも平然とできるようになってしまった。
だがしかし夕食後に自室にまで仕事を持ち込み、書類を眺めているのは今日に限ってはわざとだ。
「………………」
身体の左側から、痛いほどの視線を感じる。
あくまで書類は離さず、リヴァイがちらりと視線をやると、面白いほどに反応するリンの姿がそこにはあった。
ソファに座るリヴァイの隣に居たかったようだが、邪魔にならないようベッドに居ろと命じたら不満そうにごろごろと転がっていた。埃が立つからやめろと言ったところで無駄なので放置していたら、諦めたのかうつぶせで枕を抱えて、先程からリヴァイをずっと眺めていたようだ。
「お仕事終わりましたか兵長っ」
きらきらと目を輝かせて問いかけるリン。
尻尾があれば振っているに違いない姿に口元を緩めそうになるが、すんでの所で耐えた。わざわざ今日処理しなくても良い書類を持ち込んで、終わるまで待っていろとリンを焦らしているのだ。こんなに早く構ってやっては意味が無い。
夕食後に部屋に乱入してきたリンに、仕事が残っているから大人しくしていろと言い放ったときの姿。
それまでの笑顔とは裏腹にしょげかえった表情で、せめて終わるまで部屋で待ちたい、邪魔はしないからと言いつのる姿にどれほどそそられたか。
残念ながら、リヴァイはそこで嘘だおいでと抱き留めてやれるような男ではなかった。
まだかまだかと焦らして待たせ、ようやく「待て」を解除すればリンはすぐに胸へと飛び込んでくる。仕方のないやつだと撫でてやるのが目的だなどと、我ながら性質が悪い。
初めから抱きしめてやったところで、リンの反応はきっと似たようなものだろうに。
それでもこうして時々焦らしたくなる自分に呆れるが、今更どうすることもできなかった。
「まだだ」
素っ気ないリヴァイの言葉に、抗議とも悲鳴ともつかない不満げな声が上がる。
「だってもう一時間も、」
「邪魔しないんじゃなかったか?」
「うっ……それはそうなんですけど」
もごもごと言い訳めいたことを呟いている。
淋しいです淋しいですと全身から聞こえるようだ。
(そろそろ限界か)
「……俺の女は仕事が終わるのを大人しく待ってられねぇか?」
思わず口角を上げて、意地悪く問いかける。
これで顔を赤く染めて、待てないと可愛くねだったなら。
仕方のないやつだと、それを口実に散々いたぶって責め立てて泣かせてやろうと思った。のだが。
「……! 待てます! 私待てます!」
「は?」
さっきまでしょんぼりとしぼんでいたリンが、急に元気を取り戻した。
これは一体どうしたことか。
「お仕事終わるまでちゃんと待ってますね! 私、兵長の、お、お、女なので!」
きゃあと両頬に手をやって身をよじるリン。呆気にとられたリヴァイの姿は、既に目に入っていないようだ。
……気に入ったのか。『俺の女』って言い方。
どこまでも想像通りにならないリンに、仕方なく再び書類に目を落とした。正直リヴァイ的にはもう仕事はどうでも良かったのだが、こうなったら最後まで終わらせるしかなさそうだ。
(終わったら覚えてろ)
啼かせて泣かせてやると、固く心に誓いながら。
***
「ちょっと紙を一枚いただきますね」
「ん」
いらなくなった用紙を持ち去るリン。どうせ後は捨てるだけなので気に留めなかった。
「ペンをお借りします」
「ああ」
再び戻ってきて今度は予備のペンを持っていった。
「はさみとテープもお借りします」
「……ああ」
三度やって来て去っていった。あいつは何をしているんだ。
「おい、」
リン、と声をかけたらくるりと振り返って、
「大丈夫です! ちゃんと兵長のお仕事終わるの待てます!」
そう元気に言い放たれてしまったら。
「……そうか」
そう返すことしかリヴァイにはできなかった。
(明日の分まで終わらせちまったじゃねえか)
随分と仕事に余裕ができて有り難くはあったが、この状況は。
「できたー」
小さな声ではあったが、何やら嬉しそうに呟いているリン。
できた? 何が?
仕方なく横目で伺っていると、何やらリヴァイの枕を両手で掲げている。
(何をしているんだあいつは)
「兵長兵長、私ちゃんとお仕事終わるまで待ってましたよ?」
「『ああ、良い子だなリン。こっちへ来い、撫でてやろう』」
「わあほんとですか兵長っ」
「『勿論だ、さあこっちへ──』」
「おい待てそこの馬鹿」
枕を相手に謎の一人芝居を繰り広げるリンに、流石に耐えきれず声をあげた。
(しかもそれは俺の真似か。恐ろしく似てねぇぞ)
「なんだそれは」
頭を抱えたくなりながら『それ』を指さす。
「兵長2号ですよ!」
どうだと見せつけられたそれは、リヴァイの枕に何やら顔らしき絵を貼り付けた物体で。
「俺の顔のつもりか、それ」
描かれた絵はリヴァイのつもりなのだろうが、目つきが悪いというか凶悪な人相だ。一体恋人をどういう目で見てやがると問い詰めたいが、今はそれよりも。
「そうですよー。ねえ兵長?」
言いながら枕を抱きしめるリンが腹立たしい。
「何が2号だ」
「兵長のお仕事終わるまで、淋しいので作ってみました」
抱き枕兵長、略して抱き兵長ですと言い張るリン。ああ誰かこいつの頭をカチ割って中身を見せてほしい。
そしてそれ以上に、リンが抱きしめていると思うと、己の枕にすら苛立ちを覚える自分の頭の中身を見たい。
太股に乗せられ両腕で抱き留められ、胸に押しつけられるように。
──あれは枕だ、枕。
リヴァイが必死に平静を保とうとしているのに。
「結構似てると思うんですけど」
ふふ、と暢気に笑ってリンが枕に口づけた瞬間、リヴァイの中の何かが切れた。
「リン」
「えっ」
もう限界だ、と思った次の瞬間には、リンをベッドに組み敷いていた。
「兵長、お仕事は、」
「もう終わった」
そもそも元々は今日やらなくていい仕事だし、お前を焦らす為の単なる口実だ。とは言えなかった。
「じゃあ私のこと構ってくれますかっ」
嬉しいですと返すリンに、誰か警戒心というものを持ってこいと言いたくなる。
「お前は枕と遊んでる方がいいんじゃねぇか?」
それ、と忌々しく指さす枕は、のしかかる際に床へと放り投げた。
万が一にも枕の方がいいなどと抜かしたら、この世から枕という枕を駆逐してやろう。
「本物の兵長の方がいいに決まってるじゃないですか」
何言ってるんですかもう、などとふにゃふにゃ笑うリンに、今更気恥ずかしくなった。のでとりあえず頭を殴っておいた。
「痛いっ!? ひどいです兵長っ」
「うるせぇ」
手加減できただけ自分を褒めてやりたい。
「……兵長がいいです」
そう繰り返すリンに、焦らしていたつもりが自分まで焦らされていたと自覚して。
「……なら、いい」
嬉しそうに笑う唇へと、ゆっくりと噛みついた。
end
*まさか兵長の抱き枕が発売される日が来ようとは
*欲しいです、抱き兵長
20130720