透ける肌色


 照りつける太陽にうだるような暑さ。
 爽やかさとは無縁の陽気に、もう少し太陽も手加減してくれればいいのにと恨み言を吐きたくなりながら空を見上げた。
 昨日は雨が降っていたので洗濯ができなかった。人間には手厳しい太陽も、洗濯物にはうってつけだ。気持ちよく乾いてくれることを期待しながら干し終わる頃には、すっかり汗をかいてしまった。ジャケットを脱いでシャツも腕まで捲っているのに、この暑さには太刀打ち出来ない。
(水浴びしたら、気持ちいいんだろうなあ……)
 物干し台ではためく洗濯物の横に立ち、洗濯を終えた大きなたらいをじっと見つめてしまう。
 石鹸の泡などはすっかり洗い落として、あとは乾燥させるだけになっている。
 この陽気なら洗濯物同様、すぐに乾いてしまうだろう。
(ちょっとだけ、手足をつけたりするだけでも……)
 冷たい水の感触をうっとりと想像し、早速たらいに水を張ってみた。
(気持ちよさそう)
 本当は川にでも泳ぎに行きたいくらいだったけれど、この時間からでは少し遅い。今度の休みに兵長に一緒に行きましょうと駄々をこねようかと考えていたら、近づく気配に全く気付かなかった。

「おい、何してんだ」
「わっ」
 声をかけられ振り向いた先に居たのはリヴァイ兵長で、今ちょうど兵長のことを考えていましたと答えたら嫌そうな顔をされた。ひどい。
 けれどせっかく兵長が来てくれたので、ぱたぱたと走って近づく。飛びつきたいけれど洗濯していて汗ばんだ身体では気が引けてしまったのでぐっと耐えた。結果そわそわと落ち着きなく兵長の周りをくるくる回っていたら、鬱陶しいと頭を掴まれ捕獲される。
「暑いから水に浸かりたかったんです」
「あれでか」
 怪訝そうな表情の兵長に、手足だけですよと弁解する。流石にいつ誰が来るかわからないこんな場所で、行水じみた真似はできない。
「お前ならやりかねない」
 兵長の中の私のイメージはどんなことになっているのですか。
「聞きてぇか」
 謹んで辞退させていただきます。
 何だか聞いたら心が折れてしまいそうで。
「兵長もいかがですか」
 冷たくて気持ちが良さそうですよ。
「いらねえ」
 そっけなく断られた。
 こんなに暑いのにあまり汗もかいていない。流石にジャケットは脱いでいるとはいえ、兵長の身体は一体どうなっているのですか。
「お前とは鍛え方が違う」
 確かに、と納得するほかない。
 言われてみれば、兵長が汗をかいているところなどそうそう見ない気がする。
 よほど激しい訓練の後か、或いは──
(────────!)
 途端に夜の情事を思い出してしまって、一人で顔を赤らめる。
 何を考えているのだ、私は。昼間から。
 薄明かりしかつけていない部屋とか、そこに浮かび上がる兵長とか、顎からしたたる汗とか、しっとりと吸い付くような胸板とか、私は何を!
 頭を抱えて言葉にならない声をあげる私を、兵長が怪訝を通り越して不審そうな顔で見つめている。なんでもありません。なんでもありませんから。
「おい、どうした」
 言いながら腕を伸ばされて、思わず避けてしまう。今捕まったら、きっと洗いざらい白状してしまいそうで。私が避けたことで不満げな顔になった兵長が更に腕を伸ばしてきたもので、思わず後ずさる。
 そのまま何歩か後ろ向きにじりじりと逃げていると。
「おい、馬鹿──」
「えっ」
 今頃足下に注意を向けても無駄だった。
 いつになく慌てた兵長が、私に腕を伸ばしても間に合わなくて。
 自分で用意したたらいに盛大に足をとられた私は、中にたっぷり入っていた水ごと思い切りひっくり返していた。

 ***

「…………ごめんなさい」
 これ以上ないくらい下を向く。
 どうしよう。怖くて顔が上げられない。
 私を掴み損ねた兵長を巻き添えに、二人揃って頭からすっかりびしょ濡れになっている。
 滴る液体は、水かそれとも冷や汗か。
 お前は馬鹿かと罵る兵長が目に浮かぶようだった。否、罵られるだけで済む筈がない。
 とはいえ全て自分が引き起こしたことに間違いはなくて、何をされても甘んじて受けるしかないと覚悟を決めた。
「……おい」
「はいぃっ」
「お前は馬鹿か、いや、馬鹿だ」
 断定された。
「すみません……あ、は、早く拭かないと」
 タオルがあった筈ですと立ち上がろうとする私を、腕を掴んで止める兵長。
「え、」
 まさかこのまま投げられたりしますか。
「しねぇよ馬鹿」
 いいから座れと命じられ、兵長の前に座り直す。
「変に打ったりしてねえか」
「大丈夫だと思います……あの、兵長は」
「俺は平気だ。怪我してねえならそれでいい」
 別に怒っているわけじゃないと返されて、ほっと胸を撫で下ろす。
「呆れてはいるけどな」
 反省しております……
「さっさと戻って着替えるぞ。お望み通り水かぶれて良かったじゃねえか」
「はぁい……────っ!」
 立ち上がる兵長を見上げて、思わず目を見開き固まってしまった。
「どうした」
「いえ、あの……っ」
 先程まではうなだれていて気付かなかった。
 水を盛大に(私のせいで)被ってしまった兵長は、頭からびっしょりと濡れていて。
 白いシャツが透ける姿は、何と言うか。すごく。
(直視できない……!)
 何ですかその謎の色気は、男の人なのに、いや、男の人だから!?
 髪の毛からは未だ水が滴っていて、煩わしげに前髪をかきあげる仕草にすら動揺してしまう。
 それだけでもどうしていいかわからないのに、濡れて肌に貼り付いたシャツからはうっすらと肌色が透けていて、目のやり場に困ってしまう。
 濡れた髪も見たことがあるし、シャツの下の肌も知っている。それなのにこんな昼日中に見せつけられたそれは、私を混乱させるのに充分すぎるほどで。
 昼間から一人、そんなことを考えてしまう自分に呆れるほかないが、兵長の色気が炸裂しているのが悪いのだ。そうに違いない。兵長め! 兵長め! 大好きです!
「おい百面相」
「ふぎっ」
 頬をつままれて我に返る。
「何を考えて──ああ、そうか」
 ニヤリと笑う兵長。何ですか私は別に何もいかがわしいことなんて考えていませんよ!
「昼間から何を考えている」
「だから私は何もー!」
 言外に淫らだと匂わされて顔が熱くなる。
「そんな目で見ておいて、何言ってやがる」
「どんな目ですか!」
 私の抗議も虚しく、さっさと戻るぞと腕を引かれる。
「それ被っておけ」
「わぶっ」
 頭からばさりと大きなタオルを掛けられる。
「私よりも兵長が使ってください」
「うるせぇ、さっさと歩け」
 前がよく見えませんとの訴えを無視されながら、兵長の私室へと連れ帰られた。
 無理やり連行されているような形なのに、一緒に歩けてちょっと嬉しいと言ったら呆れられそうだったので、そっと胸にしまっておいた。

 ***

「……どうしてこのようなことになっているのですか」
 お風呂場に連れ込まれ、濡れた衣服をさっさと脱げと命じられたところまでは良かった。
 すぐに着替えて、濡れてしまった衣服を洗いに行こう、そうすればまだ今日中に乾くはずと思っていたのに。気付けば床に組み敷かれていた。
「自分の状態をわかってなかったのか」
「えっ」
 ニヤリと笑った兵長が、濡れたままの私をシャツを辿る。思わずびくりと身を竦ませると、更に兵長は笑みを深くして。
「透けたシャツなんて見せつけやがって」
 ──言われてみれば。兵長のシャツが透けているのだから、同じく水を被った私の状況も推して知るべし。
「み、見せつけてなんてないですよ!」
 そして見ないでください、何だか今更恥ずかしいです。
「お前もいやらしい目で俺を見ていたからおあいこだろうが」
 良かったな、お互い様で。
「…………!」
 そんな、とても認めることなどできない事実を突きつけながら、兵長にシャツのボタンを外されてゆく。
「なんならシャツ着たままやってやろうか?」
 どこまでも意地の悪そうな表情を浮かべる兵長に。
 抵抗する意思すら全て奪い去られ、せめてものお返しにと、近づいてきた顔に私の方から口づけた。


end


*兵長がアニメ雑誌でシャツを濡らしていたので
*鎖骨の影が見えそうだったので
*うっすらと肌色が透けていたので
20130713

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