「兵長、猫って好きですか?」
「なんだいきなり」
 とある昼下がり。
 デスクワークに勤しむリヴァイ兵長の執務室へと訪れた私は、入口からそっと中の様子を伺った。
 書類に目を落としたままこちらを向かない兵長も、いつもならば構ってほしいと突撃するところだけれど、今日に限ってはその方が都合が良い。
「いえ、ちょっと気になって」
「……動物は毛が落ちるだろ」
 大体予想通りの答えが返ってくる。
「ですよねー」
「それより、いつまでそこに突っ立って……」
 しまった。目が合った。
 一瞬目を見開いた兵長が立ち上がる。そのままこちらへ近づいてこようとしたので、ここは一旦退却すべきかと──「いいか、そこを動くなよ」──思ったが無駄だった。はい。おとなしくしてます。
「お前、なんだそれは」
 私の目の前に立ちはだかる兵長。ああ、視線が刺さるほど痛いです。
「色々と事情がありまして……」
 その視線の先には、頭巾のようにタオルを巻き付けた私の頭部。
 がしりとタオルを掴まれ、抵抗しようとしても無駄だった。
「あの、まずは説明をですね、」
「うるせぇ。手をどけろ」
 勢いよくタオルが取り去られ、そこには。
「……なんだ、それは」
 驚愕に目を見開く兵長。いつになく動揺した姿に、無理もないとため息を一つ。
「──猫です。……にゃん?」
 思わず誤魔化すように両手でポーズを取ったが、当然のように殴り飛ばされた。


耳としっぽは口ほどに


 ──数刻前のことである。

「あ、ちょうどいいところにちょうどいい子がいた!」
「ハンジさん……」
 なんですかその、どう足掻いても嫌な予感しかしない声のかけ方は。
 嫌な予感に忠実に、逃げだそうとした襟首をがっしりと掴まれ捕獲される。
「そんなに急いで逃げることないじゃない」
 ふふ、と優しげな笑みを浮かべつつ肩を組まれて、どうやらそう簡単に逃がしてはもらえないようだと悟ってしまった。そのまま廊下から、手頃な部屋の中へと引きずり込まれる。誰もいない室内でハンジさんと二人きり。これ以上危険な状況があるだろうか。ある意味兵長以上だ。
 そんな私の心中を知ってか知らずか、怪しげな笑みを浮かべたハンジさんは、内緒話でもするかのように囁いた。
「ね、リヴァイに可愛がってほしくない?」
「────詳しく聞かせていただけますか」
 思えば馬鹿だった。
 兵長の名前を出しただけで即座に釣られた私に、満足げにハンジさんが頷いた時点で気付けば良かったのだ。

 ***

「──それでその始末か」
「はい……」
 隠していたタオルから飛び出した猫の耳。そして兵長から見えないよう後ろに隠していた長いしっぽは、じっくりと検分された。
 因みにしっぽを調べられる際に、
「ズボンの上のとこから出してんのか……痛くねぇのか?」
「ちょっと窮屈ですけど、なんとか」
 なんて返答をしてしまったために、すぐさまはぎ取られた。
 何するんですかと抵抗した腕は一瞬で絡め取られて、穴を開けてそこから出すのとどっちがいいなどと脅された。元に戻ってから穴の開いたズボンなど穿けるわけもない。下着まで脱がされそうになって、それだけは阻止した。布地が柔らかいから、少し下げれば大丈夫ですと言い張ったら、どことなく残念そうな顔をされた。
 そんなこんなで大変心許ない状態の下半身にされてしまった。仕方がないので頭に巻いていたタオルで隠そうとしたら、タオルは兵長の手に渡ったままで。
「兵長?」
「返したら、いつ逃げるかわからねぇからな」
 説明が終わるまでそのままでいやがれ。
「風邪ひいちゃいますよ!」
「よかったな、もうすぐ夏だ」
 寒さで風邪を引く季節ではないとバッサリ切り捨てられた。上半身はシャツにジャケットを纏い、下半身は下着だけ。おまけに耳としっぽを生やしている。頭を抱えたくなる状況だった。
「今更ハンジに捕まる間抜けだったとはな」
 散々被害に遭ったろうがと咎められ、返す言葉もない。
 私だって、普段ならばハンジさんの怪しい誘いに乗ったりはしない。今までの経験則で身に染みてわかっていた。ただ今回は、兵長の名前を出されて食いついてしまったというか、全力で釣られてしまったというか。
 ほんの少し実験したいだけなんだ、なんて言葉に唆された。
 唐突に生えた耳としっぽを交互に見つめ、呆然とハンジさんを見つめた。やった成功だよ! などとはしゃぐハンジさんに、何でこんなことになっているのですかと泣きついたら、人体に新たなパーツを付けて自在に動かすことができれば、巨人の再生能力の秘密を云々ともっともらしい主張を並べ立てていたが、間違いなく嘘だ。

「ああ、嘘だろうな」
「はい……」
 幸か不幸か、耳もしっぽも一晩経過すればなくなってくれるらしい。流石にこれを生やしたまま兵団内で生活はできないので助かったというか何というか。
「それで、だ」
 次に何を聞かれるかがわかってしまって身構える。ああ、今からでも逃げられはしないだろうか。
「あいつに何言われてこうなった」
 正直に話せとにじり寄られる。これに抵抗できる人類なんて、果たして存在するだろうか。
「そのう……ええと、」
「何だ、早くしろ」
「兵長のお耳に入れるまでもない事情と申しますか」
「俺が聞かせろって言ってる」
 どうあっても退いてくれる気はないらしい。
 こうなれば覚悟を決めるしかない。
 とても兵長の顔を見ていられなくて目を逸らす。
「ハンジさんに、その……『猫になったらリヴァイが可愛がってくれるかもよー』って……言われて……」
 まんまとひっかかりました……
 言葉にすると我ながらあまりにも酷い。
 ちらりと横目で様子をうかがうと、目を見開いて固まっていた。
「あの、へいちょ、う……?」
 恐る恐る声をかけた。呆れているのか怒っているのか、せめてどちらなのかだけでもヒントをいただけませんか。
 私の願いも虚しく、足音荒く壁際へ向かう兵長。まさか助走をつけて跳び蹴り!? と怯える私をよそに、そのまま壁を向いて黙って立ちつくしている。

 一分経過。
 さらに三十秒経過。
 さらに、

「あの……兵長……?」
 痺れを切らしてこわごわ声をかける。こちらを振り向かないまま、深く深くため息をついた兵長は、そのままどかりとベッドに腰を下ろした。表情は全くのいつも通りで、何が起こったのかさっぱりわからない。困惑しながらもただ黙って見つめていると、兵長はすっと両手を広げて。
「来い」
 とだけ。
「え、あの」
 そう言われましても、何がどうなってそうなりましたか。
 その場から動かない私の様子に、いらいらとした口調で「さっさとしろ」と告げる兵長。これは言うとおりにした方が良いのだろうと判断し、ベッドまで移動する。広げられたままの両腕にどうしたものかと思案していると、そのまま強く腕を引かれて兵長へと倒れ込んだ。
「うひゃっ?」
 あっさりと受け止められたのはいいけれど、依然として兵長の思惑が全く理解できない。まあでもせっかくの機会だしと擦り寄っていたら、新しく増えた方の耳に唇の感触が伝わる。
「くすぐったいですよう」
 そのままそっと唇で挟まれるようにして、もぞもぞと逃げようとするがしっかりと捕らえられていて無理だった。
「クソメガネの実験台になるな」
 可愛がって欲しいなら、はっきりとそう言え。
「──────っ、ええと、はい……」
 可愛がってもらえるかも、との言葉にあっさりひっかかった私を叱咤すると共に、何だかとんでもなく甘い言葉を囁かれて、一気に体温が上がった気がする。
 赤らむ顔を見られないよう、首筋に顔を埋める。そのまま耳としっぽをさするようにされて、力が抜けていくのを感じた。
「気持ちよさそうにしやがって」
 兵長に撫でてもらいやすいように、耳がくったりと倒れているようだ。とろんとした顔を見られるのは恥ずかしいのに、撫でてもらう手を追いかけていたら、自然と兵長と目が合う体勢へと持ち込まれていた。
「どうだ、満足してるか」
「ふぁい……」
 長く伸びたしっぽをゆっくりと撫でられる。垂直にピンと立てているしっぽと、甘えるように倒れた耳。撫でられているだけでこんなに気持ちいいなんて、とうっとりしていたら、兵長が口を開いた。
「そう言えばお前、さっき猫は好きかと聞いていたな」
 耳としっぽを生やされ、これで兵長が猫嫌いだったらどうしようかと心配だったのだ。毛が落ちるとかそういった返答はもらっていたが、結局のところどうなのだろうか。
「お好きなんですか?」
「嫌いだ」
 そんな!
 撫でてくれているので、多少なりとも動物好きかと思っていたのに。
 やはり耳やしっぽなど生やすものでは無かったのだ……と俯く私の耳を、再び兵長の唇がそっと挟み込む。
「冗談だ」
 あっさり騙されるな。
「ひ、ひどいです兵長!」
 からかわないでくださいと抗議するも、何故か兵長は笑いを堪えるような表情をしている。
「まあ、なかなか似合ってるぞ」
 本当ですか!
「嘘だ。全く似合っていない」
 持ち上げられて一気に叩き落とされた。
「それも嘘だ」
 どっちなんですか!
 私をからかって面白いのですかと問い詰めるが、悪くないと撫でられたらすぐに懐柔されてしまう。
「嬉しいか?」
「はい……」
 それは勿論。
 うっとりとされるがままになっていると、相変わらず兵長は何か笑いをかみ殺している様子で。
「どうしたんですか兵長……さっきから変ですよ?」
「耳増やして尻尾生やしてるお前に言われたくねぇよ」
 ……ごもっともです。
「あまりにもわかりやすくてな」
 お前のここが。
「うひゃうっ?」
 ここ、と言いながら耳としっぽを強めに弄られて、思わず声が漏れた。わかりやすいとは何なのでしょうか。
「さっきからお前の表情と完全に動きが同調している」
 頭の中が丸見えだと言われているようで、何だか気恥ずかしい。
「元々顔に出やすいけどな」
 それはどういう意味ですか。
 拗ね気味に見つめるとゆるゆるとしっぽを撫でられる。ああ、ですからそうされると弱いんです。
「変に駆け引きなんざ覚えてくるより都合がいい」
 言いながら機嫌が良さそうに撫でてくる兵長に、もっとして欲しいと擦り寄った。
 駆け引きなどできなくて当たり前だ。だって。

「変な嘘ついたりして、兵長が私のこと嫌いになったら生きていけません」
 だからいいんです。恥ずかしいけど私の心の中の、兵長が好きだという気持ちを全部わかってくださいね。

「……駆け引きよりよっぽどタチが悪ィよ」
「え?」
「なんでもねえ。大人しく撫でられてろ」
 兵長の言う意味がよくわからずに聞き返すも、説明はしてもらえないようだった。撫でられていろと言ってもらえるのに否やがある筈もなく、そのままゆっくりと身体の力を抜いた。

 ──その後。
 結局のところハンジさんの言う「兵長にかわいがってもらう」は色んな意味で実現した。
 だまし討ちのように実験されたことを怒るべきか、おかげさまで可愛がってもらえましたと感謝すべきか、悩む私を兵長はあきれた顔で見つめていた。


end


*とりあえず一度は生やしておこう、というけもみみ話でした
*今回兵長が赤くなった顔を何とか元に戻すまでにかかった時間=一分四十秒
20130628


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