「好きだよ」

 そう言って唇を寄せる勘右衛門の言葉の中に、何の愛情も含まれていないことを私は理解していた。しかし、私はそれを受け入れなければならない。それは、私と彼の間で課した取り決めだった。

「私も愛してる、勘ちゃん」

 落とされる口付けに何の抵抗も見せず、口元で弧を描く。そんな私に気を良くした勘右衛門に、腕を引かれて抱き寄せられた。

 空虚な愛の言葉を囁く彼に夢中になってしまったのは、一体いつの頃からだっただろう。恋人ごっこ。彼から持ち掛けられた、ただの遊び。しかし遊びにも関わらず、彼のくれる数々の言葉や仕草は甘く優しい。それ故に、誓約違反と理解しつつも惹かれていったのは私の方だった。

「……名前?」

 戸惑いがちにかけられた言葉に、顔をあげる。眉を寄せ、私の頬に手を伸ばす勘右衛門。ああ、私は泣いていたのか。頬を伝う涙を拭って、彼は穏やかに言った。

「どうしたの、名前。俺、何か悪いことした?」
「ごめん、何でもない」

 首を緩く左右に降って、彼の問いかけを拒絶する。すると、勘右衛門は寂しそうに笑って、子供をあやすように私の背をぽんぽんと叩いた。よーし良い子良い子、俺が癒してあげるよ。頭上から降ってくる言葉に、堪らず彼の胸に顔を埋める。駄目だ、それ以上言わないでほしい。優しくしないでほしい。涙に濡れた顔を見ないでほしい。そんな願いも虚しく、彼は私の背に回した手にやんわりと力を込め、まるで壊れ物を扱うかのように私を腕の中に閉じ込めた。

「っ、好きなの…」

 ああ、止まらない。

「勘ちゃんが好きだよ…!もう、恋人ごっこなんて嫌だよ。好きなの。私たち、ちゃんと付き合おうよ」

 気付いた時には、遅かった。溢れる想いを口にすれば、背に回された手を解かれ、体を優しく放される。

「……ごめん」

 淡く微笑む、勘右衛門。

「俺さ、本気の恋愛、できないんだ」

 ごめんね。再び謝罪の言葉を向けられ、私はその場に崩れ落ちた。





きみの温度を忘れたい
(一度言葉にしてしまえば、取り消すことはできなくて)










Title:確かに恋だった


H24.7.20