「三郎次はもう少し、肩の力を抜いても良いのに」
「……先輩は肩の力を抜きすぎです」
「そう?」


 少しでも楽しく生きなきゃ、人生って損だもん。自身に向けられた唐突な言葉に呆れ顔で応じれば、ヘラリと笑った名前先輩にそう返答された。僕には未だに、この人の行動原理が理解できない。まさに楽観主義者の典型である名前先輩は、何事に関しても緩い。彼女曰く、気の抜きどころというものがあるのだそうだ。言われてみれば彼女は思慮が浅いわけではないし、委員会で火薬を扱う時の危機管理もきちんとしている人だと思う。しかし彼女の場合、いつも気を抜いているように見えて仕方がなかった。


「ほーら三郎次!先輩がりんご飴をおごってあげよう」


 人混みの向こう。丁度僕たちがいる反対側に、りんご飴の屋台。それを指差して名前先輩は口元を綻ばせる。そんな先輩に、思わず尋ねた。


「名前先輩はどうしていつも、そんなに楽しそうなんですか?」
「どうしたの、急に」
「今日だって、本当は火薬庫の備品の確認を行うはずだったのに」


 屋台に向けていた視線をこちらに戻し、小さく首をかしげる先輩。きょとん。今の表情を一言で表すとすれば、まさにその一言に尽きる。質問の内容にとまどっているというよりは、予測していなかった質問に驚いている。そんな様子だった。


「なーに、怒ってるの?委員会中止にしちゃったこと?」
「違います。ただ、先輩が何を考えていらっしゃるのか僕には理解できません」


 そう、僕にはその意図が理解できなかったのだ。

 先輩が言う通り、今日の委員会活動は先輩の言葉によって中止になった。


――兵助、今日は村で夏祭りがあるんだって。私は別に行かなくても構わないけれど、こんなに可愛い後輩たちが委員会活動を理由に祭りに参加できないのは可哀想だと思わない?ねえ、今日の活動内容は”皆で祭りに行くこと”にしましょう。ね、決まりっ!

 名案だとばかりに、胸元で両手を合わせて提案する名前先輩。対する久々知先輩と言えば、先輩の言葉に呆れる様子も見せず、了承の意を見せた。一年生の伊助や四年生のタカ丸さんはとても喜んでいたけれど、僕は委員会の活動より夏祭りの方が重要であるとはとても思えない。だから現在も、本当にこんな風に遊んでいて良いのかわからず思い悩んでいる。

 しかし、鋭利な言葉をぶつけても尚、先輩は怒らなかった。どこか悪戯気な表情を浮かべて、先輩は僕の頭に手を乗せる。


「そうね。真面目で何事にも慎重になれるのが、きっと三郎次の良いところなんだと思う」


 でも、と言葉を続ける名前先輩。


「たまにはこういうのも悪くないと思わない?」


 行き交う人々の方へ視線を向ける先輩につられて、僕もそちらを向いた。活気ある祭りの様子。子供と手を繋ぐ母親。息子を肩車して笑う、父親。屋台で自慢の料理の腕を振るう店主に、穏やかな笑みを浮かべる老夫婦。どこからか太鼓や笛の音が聞こえ、それに合わせて手を叩いて喜ぶ子供たち。祭りというこの場では、皆が等しく笑顔になる。その様子に思わず目を丸くすると、私が大切にしたいのはこういうことだと先輩は笑った。


「ね、三郎次。忍術学園を卒業するまでに、たくさんの笑顔を見なさい。そして、自分も目一杯楽しむこと。それがこの先、きっと君の糧になると思う」


 忍びの道は、暗く険しい。二年生である僕はまだ、生死に関わるような過酷な実習や任務に携わったことがない。人を殺すということ。その背後に存在する、死への恐怖。人と接する機会が増えれば増えるほど、敵の死が辛くなるのではないか。それでも、先輩は人の笑顔に触れろと言う。数多くの死線を潜り抜いた先輩は、人の笑顔に何らかの価値を見出したのだろうか。深く考え、何かに価値を見出さなければ自己を支えられなくなる日が、いつか僕にも訪れるのだろうか。


「貴女は本当に、不思議な人ですね」


 変わらず笑う名前先輩に、僕も笑って言葉を返した。





胸にそっと忍ばせて








いい子ちゃんでいるのはやめて


たまには生きてるって実感して




嫌いだった人ごみも

万華鏡のようにキラキラと光って

吸い込まれてく




♪Tonight,the Night - BONNIE PINK









曲でリクエストしあいっこしました。
ちづるちゃんのみお持ち帰り可!返品も可!

H24.7.17