それは昼下がりの午後のことだった。本日の授業を全て終えた私は、夕食の時間まで一体何をして過ごそうかと思考を巡らせていた。外に足を向けるのも良いが、日向で読書に勤しむのも捨てがたい。そういえば、今読んでいる本が丁度山場だったっけ。一度思い出してしまえば、徐々に読書への関心が高揚していく。よし、今日はどこか暖かい場所でゆっくり本を読もう。

 そう心に決め、自室へ愛読書を取りに戻ろうと踵を返した。


 ――刹那。


「……花吹雪?」


 風に乗って、花弁が舞った。

 目を奪われるような深紅。


 もう冬も半ば。この凍えるような気候の中で舞う花弁たちは、一体どこからやってくるのだろう。

 そういえば幼い頃、冬に咲く花というもの耳にしたことがある。当時はそのような花の存在に想像力を掻き立てられたものだ。いつか探したいと本気で思っていた時期もあった。しかし、あれから長い年月を生きてきたが未だそのような花を目にしたことはなく、恐らく空想上のものなのだろうと自己完結をしてしまっていた。


(冬に咲く花、か……)


 こうして風に乗ってやってくる花弁を見ていると、今頃になって冬に咲く花は本当に存在しているのではないかという考えが頭をよぎる。冬の澄んだ空気の中で咲く花々はさぞや美しいことだろう。


「名前!」
「うわ…!」


 冬の花に思いを巡らせていると、背後から私の横を駆け抜ける深緑の制服。そのまま手を引かれ、前のめりになりながら私も走り出した。


「な、七松くん?」
「一緒に探しに行こう」
「は?」
「冬に咲く花、見に行こう!」


 唐突に放たれた言葉に問い返せば、彼は再び意気揚々と述べた。恐らく私一人では、歩を進めることはできなかっただろう。憧れて、それでもきっと以前のように幻想だと決めつけて、想像を膨らませるだけだった。そんな私の手を引いて連れ出した彼の背に、心が弾む。そうだ、私は見たかったのだ。誰かの作り話だと決めつけていたけれど、心のどこかで信じていたい気持ちがあった。冬に咲く花はどこかに在るのだと、思っていたかった。幼い頃に達成できなかった夢を叶えられるかもしれない。彼と一緒に、探しに行きたい。


「行く!」
「よし」


 彼は横目で満面の笑みを見せ、再び前方に視線を送り速度を上昇させる。手を繋いで風上を目指す。まるで童心に返ったようだ。

 抑えきれないこの胸の高鳴りは、本当に例の花に対してなのだろうか。それを判断する術を、私はまだ持ち合わせてはいなかった。


それはまるで物語のような
(いけいけどんどーん!)(うわ、待って七松くん…!)




親愛なるヤシキたんに捧ぐ。

2011.12.25 執筆
2011.12.30 加筆修正