眠りの海を彷徨う。

 疲労と倦怠が底なしの海のように身体を飲み込んで、延々とどこまでも沈んでゆく。

 沈殿した疲れを取り払おうにも、眠った瞬間に朝がきて、演技の練習へと勤しみ、それが終わったら仕事へ行って、帰ってきたらまた稽古。それから趣味の時間を充分に堪能して、再び眠った瞬間に朝がくる。そんな繰り返しの毎日に、茅ヶ崎至の体力は底をついた。

 安易に入団したことを後悔したところで、後の祭りだ。不純な動機で入団すべきではなかったと、至は小さく溜め息をついた。

 家賃食費無料。廃ゲーマーを釣り上げるには、充分すぎる謳い文句だった。固定支出が大幅に削減できれば、本格的に己の給料をゲームに注ぎ込むことができる。学生時代に比べてゲームに掛けられる時間が減った分、時間をお金で買わなければ、昔と同等の熱量でやり込むことができない。趣味と呼べるものがゲームしかない至にとって、それを取り上げられることは生きる意味を見失うことと等しい。それ故、端役を卒なくこなしながら劇団の福利厚生を堪能して、ゲームの更なる深みにはまってやろうという算段だった。

 その不純した動機のせいで、周りの団員との温度差を感じて悩むことになるだなんて。とんだ誤算だ。

 そんなことをぼんやりと考えていると、不意に腹の虫がぐうと鳴いた。そういえば今日は残業で帰りが遅かったから、食事も済ませないまま稽古に顔を出して、まだ夕食をとっていない。

(……疲れた。食料取りに行くのもだるいけど、このまま寝付ける気がしないな)

 ワンルームで生活していた頃は、冷蔵庫もトイレも風呂も目と鼻の先に在った。建物の規模が違うのだから比較すべきではないと解ってはいるが、寮に移り住んでからというもの、あらゆるものが自室から遠い。今宵は食料補充係の亀吉が珍しく部屋にやって来なかったから、食料を確保しようにも自分で談話室まで足を運ばなければならなかった。

(全自動食料供給機がほしい……。今度ケトルとカップ麺買い置きして部屋で食事できるように、……あー、それだけだとお湯沸かすために水取りに行く必要があるな。ペットボトル追加)

 惰性と言えば聞こえは悪いが、こちとら仕事とゲームに加えて稽古も行っており、何かと多忙な身である。忙しい中で多くのことを成すには、効率よく取り掛かるしかない。それが例え自室から談話室までの多少の距離だったとしても、削減できるものは削減した方が好きなことをする時間が増える。時間をお金で買うことは悪ではない。

 そうは言っても、まずは今宵の食料をなんとかしなければならない。春が訪れたとて、夜はまだ冷える。薄手の黒いTシャツの上から、部屋着として使っているスカジャンを軽く羽織って、自室の外へと繰り出した。

 部屋から一歩でも出れば、床がひたりひたりと冷たい。足先から伝わる温度がより一層孤独感を強めて、至は怪訝そうに眉を顰めた。一刻も早く食料を確保して、ゲームの世界へと戻らなければ。一度MANKAIカンパニーという現実から離れてしまえば、余計なことなど考えずに済む。彼らと同じように舞台に打ち込めない、人と深く関わることを避けている孤独など早く思考から追い出して、ゲームという快楽を追求しなければ。