「開けてみて」

 両手を重ねれば包み隠せてしまいそうな小さい箱を、大切そうに私の手の平に乗せて、彼は私に優しく促した。雷蔵さんの視線が私のそれと絡むのが恥ずかしくて、さり気なく視線を外す。すると、彼が穏やかに笑う気配がした。

「なんだか緊張してしまいます、雷蔵さん」
「大丈夫。僕の気持ちを、目に見える形で君に渡しておきたい。たったそれだけのことだから」

 敬語は使わない。随分前に彼とそう約束したはずなのに、つい口調が昔に戻ってしまうのは、この改まった雰囲気のせいだ。私が緊張しているのを察しているらしい雷蔵さんは、それを咎めることなく、ぽんぽんと安心させるように頭を撫でてくれる。それがとても心地よくて、思わず顔を上げると、顔を綻ばせた彼と目が合った。

「雷蔵さんの気持ちを、私が受け取ってしまっていいのかな」
「僕は君に受け取ってほしいんだ」

 君以外に渡すつもりは一切ないよ。今までも、そしてこれからもね。

 そう言って、彼はほんのりと頬を朱に染めながらも、視線を外すことなく真っ直ぐに此方を見つめてくる。その様子から彼の真剣さが伝わってきて、私まで頬が熱い。雷蔵さんが私にくれる言葉はいつだって宝物で、心の中にある棚にひとつひとつ丁寧にしまって、時々振り返っては密かに幸せになる。そういう類の言葉の中でも、今の言葉は群を抜いて耳に残って、私の中で幾度も木霊を繰り返した。これだから、いつまで経っても雷蔵さんには適わない。

「嬉しい!雷蔵さん、ありがとう!」

 顔に浮かんでしまう喜色を抑えることもできず、心のままに声が弾んだ。まるで心に虹と星と太陽がいっぺんに現れたような、不思議な心地だ。色鮮やかで、優しくて、暖かい。そんな情感で満たされる。大袈裟かもしれないけれど、この耳は彼の言葉を聞くためだけに存在しているのではないかと疑う程、私の中で彼の存在は大きな割合を占めているのだと改めて感じさせられる。

 開けるねと一声掛けてから、私は手の平に乗った小箱をそっと開く。蓋を持ち上げた瞬間に瞬いたのは、煌びやかな青い光だった。

「サファイア。君の誕生石なんだって」

 小箱の中に大切に収められている、指輪。その中心にあしらわれているのは、上品な光を放つブルーの宝石だった。大好きな人から、指輪を貰う。それは女の子にとって、子供の頃からの憧れの瞬間だ。

 雷蔵さんは一体、どんな風にこの指輪を選んでくれたのだろう。きっとジュエリーショップのショーケースには、華やかなアクセサリーが沢山並んでいたに違いない。迷い癖のある彼が私のことを考えて、その中から選び取ってくれたシルバーリング。決して派手ではない小ぶりのサファイアの周りに、繊細な装飾が施された、私好みのデザイン。雷蔵さんが私のために選んでくれた唯一の指輪は、私の涙腺を見事に崩壊させた。

「手、貸してくれる?」
「……うん」

 涙が頬を伝う。促されるままに左手を差し出すと、彼は私の右手に乗った小箱から指輪を手に取った。優しく笑って、ゆっくりと薬指にはめてくれる。彼が選んでくれた指輪は、私の指のサイズにぴったりだ。

「僕は誠実に、君を愛しています。誕生日おめでとう、名前」





きみがくれた存在証明
(左手にそっと口付けられて、私の鼓動が益々高まった)





Title:確かに恋だった



H26.9.9




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