行き交う人達はそれぞれに目的の場所へと流れていく。
一人でいそいそと、誰かと親しげに。似たような建物が並ぶこの街では当たり前の景色。そんな光景を間近に眺めながら一人止まったままのわたし。通りのオブジェに腰掛けて、携帯に移る時間をちらちらと見ながら動き出す時を待っている。
退屈に自然と脚が揺れ始めた頃、携帯電話から着信を知らせる音が鳴った。
「もしもし? どうしたの、もう待ち合わせの時間過ぎてるけど……」
電話の主の話を聞いてみるとどうやら急用が入ってしまったらしい。彼女からの今日の約束への謝罪が何度も聞こえてくる。
「ううん、気にしないで。また今度遊んでよ」
そう言って声だけは精一杯明るく振る舞っても電話を切った途端しゅんと心は沈む。彼女に悪気がないのはわかっているけれど、今日はわたしにとって特別な日。そんな日に一人ぽつんと街中に放り出されるとより一層寂しさを感じてしまう。
これから遊ぶ相手を探すのも何だか面倒になってそっと携帯電話の電源を切る。何の知らせも受信しないそれをバックにしまい、力の抜けた身体で空を仰いだ。
「今日だけは誰かと一緒にいたかったな……」
溜め息のようにこぼれた声。それは、わたしの中に押し込めたはずの本音。
「今日だけは、どうしたの?」
思いもよらない声に一瞬息が止まる。顔を上げると目の前にはわたしの方を覗き込む尾浜君の姿。
「尾浜君……!」
「俺の聞き違いじゃなかったら誰かと一緒にいたかったって聞こえたんだけど」
「それは、言ったけど……」
「その誰かは俺じゃダメ?」
予想だにしなかったことが次々と起こり過ぎて頭がうまく回らない。
「えっと、その……十分過ぎるというかむしろ申し訳ないというか」
「だったら今日の名前ちゃんのお供は俺ね」
わたしが彼の満面の笑みに見惚れている間にさらりと片手を掴まれてそのまま二人で歩き出す。流されてるような気もするけれど何故だかそれも心地好くて、このままずっとこうしていられたらいいのになんて夢見がちな思考になってしまう。
時折話し掛けてくれる声は弾んでいて、きっと前向く彼の顔はとても楽しげなんだろうと思う。それに比べて1歩遅れて歩くわたしは触れる温もりに戸惑いと胸の高鳴りを隠せずに、俯いたまま身体の熱が上がっていくのを感じた。
ねえ、あのお店なんか君好きそうじゃない?なんて、話の成り行きで入り込んだ雑貨屋さん。人の好みを探るのが上手いのか彼の言う通りわたしの心惹かれるものがたくさんあった。
機嫌良く鼻唄混じりに店の中を歩いていると傍にいたはずの彼がいないことに気付く。店のものを眺めるふりをしながらちらりと覗き込んだ尾浜君は少し離れた場所で楽しそうにあれこれと棚に置かれた小物を手にして。女の子が好きそうな可愛らしいものに溢れた空間にもさらりと馴染んでしまう彼に見惚れそうになる。
プレゼントでも選んでいるのだろうか。先程から何度も尾浜君の方を覗いているけれど彼は店内を物色するのに夢中でその視線に気付く様子はない。真剣な眼差しで、時折誰かを思い浮かべるように目を細めて。ほんの小一時間、彼のさりげない気遣いや優しさに触れて、自分の勝手な想像でしかないけれどもし本当に相手がいるのなら少しだけ羨ましいと思ってしまう。
雑貨屋を出た後も小一時間街を歩いたり途中の店に入ったり。お互い他愛もない話に花を咲かせる。それだけで十分過ぎる程幸せな時間が流れていた。
「いろいろ連れ回しちゃって疲れてない?」
「ううん、大丈夫」
確かに一人ではこんなにあちこち回ることはあまりないけれど楽しい時間はあっという間、なんて言葉通り足取りは軽やかなままだった。むしろこの時間がいつか終わってしまうことに名残惜しささえ感じる。
「ねえ、あそこでひと休みしようか」
指差された先にはガラス張りの明るいカフェ。こくりと頷き歩き出した。
窓際の席、向かい合って二人分の飲み物を待つ。今まで隣にいたせいかすぐ近くにいるのに僅かに開いた距離がもどかしい。
お互い話し出すタイミングが掴めずに静かなまま、目の前の尾浜君はというとさっきより少し居心地の悪そうな顔で時折ガラス越しの風景を覗いていた。
「あのね、一つ謝らないといけないことがあるんだ」
彼がそう切り出したのはどのくらい時間が経った頃だろうか。二口ほど口をつけたティーカップを下ろしその言葉の意味を考えるけれどよくわからない。
「今日君と会ったのはね、偶然じゃないんだ」
「えっ?」
「最初は友達と出掛ける予定だったでしょ、その子に頼んだんだ。名前ちゃんと一緒に過ごさせてください、って」
突然告げられた事の成り行きはまだ上手く飲み込めないけれど、浮かぶ疑問は一つ。
「……どうして?」
「今日は君の誕生日でしょう? 君の特別な日を一緒に過ごせる人になりたかったから」
真剣な眼差しでこちらを見て答える声に胸がどきりと跳ねる。
「今度はこんなことせずにちゃんと約束できるような仲になりたい、って言ったら呆れる……?」
ほんの少しずるい聞き方。でもそれが彼らしい気がして、自然と笑みが零れる。
「ううん、嬉しいよ」
彼もわたしの言葉に心底ほっとしたような顔をして、二人で笑い合う。
「そっか、よかった……。それじゃあこれも渡せるね」
そう言うと尾浜君は小さな袋を取り出してわたしに手渡した。
「腕時計?」
箱の中にはピンク色の文字盤が光る可愛らしい腕時計が入っていた。
「うん、誕生日プレゼント。さっきの店で選んでたんだ、気に入ってもらえるといいんだけど」
「とっても素敵、尾浜君わたしよりわたしの好み知ってるんじゃないのかなって思ったくらい」
「それはよかった、でも――」
不意に尾浜君の手がわたしの手に触れた。そのまま手元の腕時計を抜き取って文字盤を伏せテーブルの上に置いてしまう。
「俺といるときはそれは外したままでいて。今はまだ、時間を気にせず君といたいから」
わたしの方を見て呟くと尾浜君は照れ臭そうにはにかんだ。そんな彼を見ていると心に温かいものが流れ込んでくる。
わたしもこのままでいたいから、溢れ出す幸せな気持ちを伝えるように微笑み返す。目の前にいる特別な人に向けて。
Tea for two この優しい時間がずっと続きますように。
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月に、詠うの弥宵様より、相互記念に尾浜夢を書いて頂きました。嬉しい!ありがとうございます!^^*
透明感のある綺麗な文章を綴る夢書きさんです。大好き!