「じゃあ、またね。鉢屋君」
「……また」

 ああ、今日もまた何も言えずに。私は彼女の背中をただ見送る。すっかり見慣れた光景。いつも見えなくなってもその姿を俺の目は追ってしまうけど身体はそこに立ち尽くしたまま、動こうとはしない。
 このままじゃ何も変わらない。そんなことわかってる。

 あと何度この道を二人で歩けるだろう。何の代わり映えもしない帰り道、それでも彼女と過ごせるだけで毎日が鮮やかで楽しくてしかたなかった。彼女は私と並んで歩くことをどんなふうに思っているんだろうか。
 恋人でもない、所詮友人の一人でしかない私。精々、退屈凌ぎがいいところか。
 私も最初はそうだった、ほんの短い間だったけれど。彼女と話すようになってすぐ私は彼女に惹かれてしまったから。今までだって自分の中にある特別を言葉にしようとしたけれど、いつも臆病さが邪魔して口から出るのは当たり障りのない言葉ばかり。遠回し過ぎる告白は彼女への想いを微塵も伝えることはなかった。
 そして、今日も。

「好き、なんだ。お前のことが」

 彼女と別れると一瞬で褪せていく世界。まるで全て灰で出来ているようにどんどん白んで、何の価値も見出だせなくなる。

「何、やってるんだよ……」

 このままじゃ駄目だ、駄目なんだ。頭の中はただ一人のことでいっぱいで、はち切れそうな心が悲鳴を上げる。
 伝えなきゃこの恋は終われない。いいや、まだ始まってもいないから、傷付くには早過ぎる。

 早く走れ、今ならまだ間に合う。踏み止まろうとする足にそう言い聞かせて前を向く。

 迷いまで吹き飛ばしそうな向かい風を合図に思い切り駆け出して。
 もう立ち止まりはしない。私はお前に全ての想いを告げる、そう決めたから。

 さっきまで踏み出すこともできなかったのに今は不思議なくらい時間が惜しい。お前だけが大切なんだ、お前だけは他の誰にも渡したくないんだ。
 一秒でも早く伝えたい、その想いが生み出す加速度に身を任せて彼女の元ひた走る。


「名前――」

 やっと見つけた背中に向かって思い切り叫ぶ。驚いた彼女が声を上げる暇もなく、その腕を引き抱き寄せて。

「好きだ」

 ただ一言、ありったけの感情を頼りない声に乗せた。






 どうかこの想いよ、届け。





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いつもTwitterでお世話になっているやよいちゃんに、曲を題材に鉢屋夢を書いて頂きました。ありがとうございます!脳内でぐるぐる思考を巡らせてる鉢屋くんが素敵すぎて幸せです。宝物にするね!